「あ〜、もう! 分かってるって!! じゃぁね、また後で」
受話器の向こうではまだ何か言っていたようだが、乱暴に通話を切った。
「カイウス・中佐か・・・いや、もう今は中佐ではないか」
振り返ればそこに当たり前のように上官の姿があった。
「失礼。盗み聞くつもりはなかったのだが、聞こえてしまったのでね」
「いいえ。勤務中に私用電話を受けた自分に問題がありますから」
「しかし今は休憩中だ。家族の心配をしても何も問題はない」
真面目な顔で嘯く彼に思わず笑ってしまった。
「その休憩中にすまないが、ヴィクトルがもう一度フォーメーションの確認をしたいそうだ。頼めるか、少尉?」
「分かりました。すぐに向かいます」
端末をロッカーに放り込んで、ミーティングルームへ向かおうと踵を返せば、すでに去っているはずの上官がまだそこにいた。
問いかけるように眉を上げれば、小さく溜息を吐かれてしまった。
「・・・少尉、失礼を承知で尋ねよう。大丈夫か、と」
その言い方が可笑しくて苦笑を浮かべてしまった。
「問題ありませんよ、少佐」
「戦場では一瞬の迷いが命取りになる。だから、我々パイロットは精神的にも強くなくてはならない」
「知ってますよ、少佐・・・アタシを誰だと思ってるんですか?」
冗談めかして言い返せば、了承したというふうに頷かれた。
「・・・無粋なことを言ったか。君もかつてエースと呼ばれていた存在だったな・・・レジーナ・少尉」
「あなたもですけどね・・・ミスター・ブシドー、グラハム・エーカー少佐」
「嘗ての栄光には興味がない」
はっきりと切り捨てたグラハムの潔さに、羨ましささえ覚えてしまう。
レジーナは、にっこりと微笑んでみせた。
「少佐、そろそろ行かないと、ネフェルどころかアキラにまで文句言われちゃいますよ?」
「うむ。急ごう」
グラハムの後姿に、気付かれないように小さく溜息を付いて、レジーナもその背中を追いかけた。
空白と不自然と現実
「切りやがった!! くそっ!!」
「・・・相変わらず、だ」
端末を床に投げる寸前で腕を止めたカイウスに、ギロリと睨まれた。
「健在で何より、だよ」
付け足してチラリと視線をやれば、カイウス・の仏頂面があった。
「ったく・・・あの頑固さは誰に似たんだか」
「鏡、持って来ようか?」
再び睨まれて肩を竦めた。
この話題は一先ず置いておいた方が無難そうだ。
「・・・とりあえず、仕事の話を」
矛先を変えて、というより元に戻して、アーサーはカイウスに椅子を勧めた。
今日、カイウスが社を訪れたのは、仕事の話をするためだった。
地球連邦軍の軍人で、数々の戦闘でエースとして優秀な成績を残したカイウス・中佐(先の対アロウズ戦時は、軍を抜け反アロウズ派として行動していたため、中佐ではなかったが)は、再編された地球連邦軍に加わらず、軍を退役した。
卓越した能力と(一部には強烈にある)人望のため、軍に留まって欲しいと数多の誘いがあったのに、あっさりとそれらを断って(その辺りの我道を突き進むところは、さすがにカイウスらしい)、一般人となった。
今までずっと軍人として生きてきたカイウスが、次に何をするつもりなのか 彼を知る全ての人が僅かな期待と、大きな恐怖を持って、その動向を注目していた。その彼が選んだのが 農業だった。
これには皆が驚き、皆が反対した。
だが、カイウスは頑として聞き入れず、退職金で広大な農地をさっさと購入し、自ら土を耕すことに専念した。
大方の予想に反して、カイウスの農場は順調に成果をあげ、人を雇うまでになった。
この成功はカイウス自身の努力と才能によるところが大きい。
その軽そうな外見に似合わず忍耐と向上心を持ち、尚且つ勉強熱心だった彼は、土のことや植物、天候、果ては市場価格の動向まで調べつくし、農場を成功に導いた。
カイウスが農場を経営し出してから、社はずっとその援助をしてきた。というか、させられている。
社社長のアーサーは個人的に援助なんてしたくなかったのだが、カイウスの計画した運営プランは綿密だったし、失敗する要因も見当たらなかったし、社の今後の事業展開とも重なる部分もあり、利益も利害も一致していたから、問題はないのだが 結局最後はカイウスに無理矢理承諾させられたようなもので、アーサーの気分的には“している”ではなくて“させられている”だ。
カイウスは遠慮なく社の資金を使い、社の開発した農業機器を使用し、社の流通経路で商品を売った。おかげで社は、農業関連機器の性能が飛躍的に向上し、製品が売れて収益が増収し、高評価を受けた株価が高騰し、まさにカイウス様様な状況だ。
「・・・・・・で、姉貴については?」
仕事の話が一息ついたところで、アーサーは尋ねた。
カイウスなら電話の一つで済ませる“たかが仕事”の話のためだけに、わざわざ出向いて来たと思い込めるほど、付き合いは浅くない。
勘繰っていた通り、カイウスの眉が不機嫌そうに持ち上がる。
「何か愚痴でもあるんじゃ?」
溜息半分に尋ねれば、カイウスの唇が片方だけ皮肉気に持ち上がった。
「ほぅ・・・お前も随分と偉くなったな?」
「家族のことだからね」
アーサーの言葉に、カイウスの顔が不器用に歪んだ。
「今度はどんな我侭を?」
「・・・・・・・・・俺はもう分かんねぇよ・・・」
深く深く溜息を吐いて、カイウスがどこか遠くを見つめながら呟いた。
「・・・あいつにとって家族って何なんだろうな・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「俺は大事なこと、伝え損ねたか・・・・・・」
どこか自嘲気味に笑ったカイウスに、アーサーも小さく溜息を吐いた。
「・・・あんたにとって、家族って?」
尋ねれば、カイウスの視線がアーサーに向いた。
肩を竦めてカイウスが苦笑混じりに口を開く。
「・・・・・・俺にとっちゃ、守らなきゃならないもの、かな・・・だから、お前は最初から家族じゃなかったよ」
「褒めてくれて、どうも」
冗談めかした口調で、アーサーも肩を竦めた。
「今更、僕が言うことじゃないけどさ 」
窺うようにカイウスを見る。
「 あんたと姉貴は家族だよ」
一瞬、驚きに目を丸くして、カイウスが繕うように破願した。
「だけどよ?! あいつ戻る気なかったんだぜ?」
「まぁ、会い辛いのは分かるけど」
「全部一人で抱え込みやがって・・・・・・下手したら今だって、こっちは知らず終いだったかもしれないんだからな」
その可能性が高過ぎる。
二人は同時に溜息を吐いた。
「ほんと、頭の痛い妹だぜ・・・・・・今更、地球連邦軍に復帰希望なんか出しやがって・・・」
「軍なんかに戻んなくても、姉貴一人の就職口くらい、僕なら何とでも出来るのに」
「働かなくても俺が食わせてやるって! 医者嫌いじゃなく、軍人嫌いになってくれれば良いものを・・・」
「軍人嫌いだと、元軍人の僕らだって嫌われたかも。それに、あんたが養ってるの、姉貴一人だけじゃないだろ?」
アーサーの言葉に、カイウスが幸せそうな、だが、どこか意地悪気な笑みを浮かべた。
「羨ましいか?」
「キツクなったら、いつでも僕に言って下さい。代わってあげますから」
「冗談!!」
はっきり否と告げられても、アーサーは諦め悪く食い下がった。
「僕にも紹介してください。今日、一緒に来てくれても良かったのに・・・」
「やなこった!! お前に合わせたら、余計なこと吹き込むに決まってる!!」
カイウスが本気でそう思っているのが、よく分かる。
同じ立場なら、間違いなく自分もそう思うだろう。
悔し気なアーサーに、カイウスが時計を確認して立ち上がった。
「あんまり待たせると可哀そうだしな、俺は帰るぜ」
幸せの証だとばかりに笑みを浮かべるカイウスが、かなり気に食わない。
告げる言葉が負け惜しみ染みているような気もするが、うきうきと去っていくカイウスの背中を、アーサーはそれでも苦笑を浮かべて見送った。
「精々仲良くやってください」
serenade / 喪失 より 「空白と不自然と現実」
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