最後のナイフを構えて、の乗るブレイヴはELSの攻撃を受け止めようとして      .

  「・・・ごめん、ラッセ」

  呆気なく折れ、弾き飛ばされたナイフに、は苦笑を浮かべて呟いた。
  衝撃とともに、ELSが機体に突っ込んでくる。ざわめきが広がり、パキッと侵食が進む。

  「・・・幸せだった・・・ありがと・・・・・・」

  すでにELSに呑み込まれた通信機にラッセの姿はない。
  それでも、の霞んで滲んだ視界には、かつてのように笑うラッセが見えていた。

  「・・・・・・ラッセ・・・」

  重たい腕を伸ばす。
  ほんのささやかな抵抗でも、しないではいられなかった。
  今、機体に取り付いているELSだけでも道連れに      .

  「・・・あぁ、でも      

  自爆スイッチへと指を伸ばしながら、は自嘲の笑みを浮かべた。

  「      戻りたかったなぁ・・・」

  隣にラッセがいた、あの場所が思い浮かんだ。
  不意に振り向いて笑う       その顔も、真剣な横顔も、大きな手も、広い肩も、温かな胸も、腕の中も、香りも、低い声も、優しい眼差しも、無骨な口調も、真摯な言葉も      .

  「・・・・・・一緒に、生きたかった・・・・・・ラッセ・・・」

  眩い光が、を呑み込んでいった。











唯一無二のこの愛をどこにやればいいというの











  (このガラスが割れたら、一瞬で死ねるな・・・)

  通路の窓の外に広がる漆黒の宇宙を眺めながら、そんなことを考えていた。
  ガラスに映るツインテールがぴょんと跳ねた。

  「さん! 緊張してるですか?」

  振り返って、意識して口角を持ち上げる。

  「そうね、少し緊張してるかも」
  「大丈夫です!! 皆さん、いい人ですから!!」

  にっこりと笑う彼女に、自分も笑顔を作って頷いてみせる。
  だけど、本当は、どうだっていい。いい人たちかどうかなんて、興味ない。

  「トレミーに仲間が増えて、嬉しいです!!」

  (仲間、ね・・・・・・)

  “社”の“女王”だと知られたら、疑心の目で見られるに決まっている。
  元AEUのエースパイロットであるレジーナ・だと知られたら、嫌悪されるに決まっている。
  PMCの兵器開発者で、しかも味方殺しの元エースなら、当然だろう。
  仲間なんかには、なれるわけがない。

  イアンに、母艦でのシステム調整を依頼されたから来ただけだ。
  ラボには自分の経歴を知る人間ばかりで、ちょうど嫌気がさしてきたところだった。
  それに      .

  (・・・ラボにいるよりも、死が近い・・・・・・)

  これから戦いになれば、この艦も前線に出ることになる。
  そうなれば、ラボにいるよりもずっと死にやすくなる。

  死にたいのか、と訊かれたら否と答えるだろう。
  だけど、生きていたいのか、と訊かれても自分は否と答えるだろう。


  「あっ!! いたです!!」

  ぴょんとツインテールを弾ませて、彼女が走り出す。
  その先に、二人の人影       背筋のすらりと伸びたサラ髪はティエリア・アーデだと分かったが、もう一人のガッシリとした背中の人物は初めてだ。

  「アイオンさ〜ん!! アーデさん!!!」

  呼ばれて二人が振り返る。

  (鋭い目・・・・・・)

  隣にいるティエリア・アーデとは対照的に全体的にシャープな印象だった。
  余分な肉のない削げた頬、高い鼻、心の中まで突き刺すような眼差し       ティエリア・アーデに初めて会ったときにも、人の心を読むようなその眼差しに内心舌を巻いたけれど、まだ眼鏡というフィルターがかかっていた分、ここまで刺さってくるような感じは受けなかった。

  「さん、アーデさんとアイオンさんです!!
   二人とも、こちらの美人さんが、新しくトレミーに乗ることになった、さんです!!!」

  「おいおい・・・」
  「ミレイナ、それでは紹介になっていない」
  「ん〜」

  頬を膨らませるミレイナ・ヴァスティに、二人が呆れたように笑う。

  (!?)

  さっきまでの鋭さが嘘のように、その人が笑っていた。
  穏やかな眼差しで       そして自分に手を差し出してきた。

  「ラッセ・アイオンだ」
  「・・・、です・・・・・・」
  「これからよろしくな」

  しっかりと握手をされた。

  (・・・・・・大きな、手・・・)

  不思議な気持ちで、はその相手       ラッセを見つめた。

  疑われている様子も、嫌悪されている感じもしない。
  向けられる笑顔にも偽りはない。
  嘘ならすぐに分かる。
  嘘も欺瞞も、自分は知りすぎているから。自分がいつも使ってきたものだから・・・・・・

  「あなたの活躍に期待している」
  「よしっ! トレミーも徐々にクルーが揃ってきたな!!」

  ティエリアに向かって頷くラッセの顔に走る傷に、は気付いた。
  そう古いものではない。まだ塞がって間もない・・・

  「これでまた、戦える!」

  ラッセの言葉に、はソレスタルビーイングの先の戦いの話を思い出した。
  詳しくは知らない。
  知ろうともしていない。だが、耳にはしていた。
  ガンダムマイスターを含め、ソレスタルビーイングのメンバーが何人も戦死した      .


        生き抜くんだ・・・今度こそ、みんなで・・・・・・


  空耳だったのかも知れない。
  だって、周りではミレイナが皆のアドレスを交換しようと騒ぎ出し、彼もそれに巻き込まれていっているし       けれど、そう言ったようにには聴こえた。

  (・・・どうして、そんなふうに・・・・・・?)

  不思議に思った。
  どうして、そんなに強いのか。
  どうして、真っ直ぐに笑えるのか。
  どうして、前を向けるのか。
  どうして、そんなに優しい目が出来るのか       胸の奥深くに痛みを抱えたままで      .

  (・・・・・・ラッセ、アイオン・・・・・・ラッセ・・・・・・)

  もっとラッセのことを知りたいと思った。
  ラッセに、仲間と認めてもらいたいと思った。
  ラッセと一緒に生きていきたいと       確かに、は思ったのだ。






  今、分かった       彼は信じていたから強いんだと。
  願っていたから笑えるんだと。


        っ!!

  感じられるはずがないのに、ラッセの嘆きを感じた。


       .

  聴こえるはずがないのに、ラッセの鼓動を聴いた。


        っ!!!

  届くはずがないのに、ラッセの声が伝わった。


  大切なことを、思い出したような気がした。
  どうして、忘れることなんて出来ると思ったのだろう?

  掴みかけたものを確かめたくて、溺れるように息を吸った。


  「・・・生きたい・・・・・・ラッセと、一緒に      
















     serenade / 喪失 より 「唯一無二のこの愛をどこにやればいいというの」

Photo by Microbiz

ブラウザバックでお願いします。