「トレミーの汚染状況、44%を超えたですっ!!」
  「GNフィールド再展開不能!!」

  「総員、退艦の準備を      
  「嫌です!!」
  スメラギの言葉を遮って、フェルトが叫んだ。
  「クリスの時みたいに、また除け者にする気ですか?! そんなの嫌です! 今度こそ、全員で生き残るんです!!」
  まるでスメラギの心を読んだように       そうだった。フェルトがとても強いことを思い出した。
  決意を滲ませたフェルトの後ろでミレイナも頷いた。
  「ミレイナも残るです!!」
  若い二人の決意に思わずスメラギが苦笑した。

  あのときも、クリスティナやリヒティがいたあのブリッジでも、フェルトの強さが皆の怯えを拭い去った。

  「全員で生き残るんです!!!」

  「最後の最後まで、信じるですっ!!」

  希望は刹那に託した。
  今は、生き残ることを考えて       スメラギはもう一度前を見据えて頷いた。

  「そうね! 信じるわ、刹那を!!」











共に歩む未来をあなたが思ってくれただけで幸福でした











  【・・・・・・懐かしい・・・】
  思わず呟いたが、困ったように息をつく。
  【・・・戻りたいな、トレミーに・・・・・・】
  吐息と一緒に呟かれた言葉をノイズの合間に聞き取って、ラッセは頷いた。
  「戻ればいい。帰ってくればいい」
  【そうだね・・・ありがと、ラッセ・・・・・・】
  乱れがちなモニタの向こうで、がかつてと同じ笑顔を浮かべている。


  「・・・・・・諦めんなよ、・・・」
  急に不安になった。
  思わず口を突いて出た言葉は、途切れがちな回線では、に届いたのかさえ分からない。

  トレミーの状況も、決して楽観視できる状態ではない。
  ELSの侵食は刻々と進んでいる。
  操舵は何とか働くが、火器への汚染が酷い。
  このままの状況が続けば、早刻トレミーは、ELSに完全に侵食されてしまうだろう。


  「・・・・・・また、お前と呑みたいな・・・」
  呟いて、ラッセは苦笑した。
  こんな状況のときに言うことではないかも知れないが、今が一番相応しいように思えた。
  またのいる日々が日常になる       そのときのことを考えるのが、一番必要な気がした。

  「・・・たまには、皆を誘ってもいいが・・・・・・、俺はあの時間を結構楽しみにしてたんだぜ? 知ってたか?」
  少しおどけて言えば、も笑みを零した。
  【・・・知ってた・・・・・・けど、それ以上に、アタシが楽しんでたけど】
  「そうだったな」
  あの頃のことを懐かしく思い出して、互いに笑いあう。

  些細なことをぽつりぽつりと話しながら、グラスを傾けた。
  あの時間がなかったら、と恋人同士になることなんてなかったかも知れない。
  いや、あの頃から既に惹かれていたのか       どちらが先かなんて、どうだっていい。意味なんてない。
  どっちにしても、歩んだ道は今に繋がっていたに違いないのだから。

  懐かしく、楽しい時間だった。
  取り戻したい、あの心地好い時間を。
  旨い酒を呑みながら語り合う、あの日々を       ラッセは、しまったと眉を寄せた。

  「そういえば・・・・・・開け損ねた酒、全部処分しちまった・・・」
  【・・・勿体ない・・・・・・いいのも残ってたはずなのに・・・】
  「悪いな・・・」
  すまない、と続ければ、が首を振った。
  【うぅん・・・・・・当然だと思う。アタシでも、そうするかも・・・】
  「俺は、お前に黙って消えたりしないぞ」
  【そうだね・・・ゴメン】
  素直に謝ったに、今度はラッセが首を振った。

  何故だろう、不安な気持ちが拭い去れない。
  知らず知らず操縦幹を握る指に力が入る。
  目の前に映っているのに、実際にはが離れたMSのコックピットにいる      .
  この距離を悔しく思いながら、触れられないことに歯噛みしながら、ラッセはを見つめた。


  「俺は、お前が居れば何だって楽しいんだろうが・・・」

  さっきよりもノイズが酷くなってきたような気がするモニタに向かって、ラッセは語る。


  「このブリッジで、隣に座ってるってだけでも・・・・・・」

  最後にその姿を見たのはいつだっただろう? つい最近だったような、遥か昔だったような      .


  「また、一緒の日々を過ごす、それだけでも・・・・・・」

  モニタの向こうで、が淡く微笑んだ気がした。


  「一緒に生きていけるだけで、俺はきっと幸せなんだ・・・!!」

  昔と同じように微笑むに、何故か不安な想いを膨らませながら、ラッセはこの声が届くように願い続けていた。











  まるで夢みたいだと、そう思っていた。

  【二度と離、ない・・・らなっ!! ・・・・・るのか、っ・・・】

  ラッセの口からそんな言葉が聞けるなんて、まだ自分のいる未来を望んでくれるなんて。

  【・・・のじんせ、に・・・が必要な、だ・・・・・・】

  ノイズが酷い。
  アラームが点滅している。
  これは、接近してくるELSのことを伝えているのか。
  それとも、もうこの機体が限界だということを伝えているのか。
  もしくは、自分の体の状態のことを伝えているのか      .

  は笑った。
  どれでも同じだと思った。
  そっと、途切れがちなモニタに指を伸ばす。


  「・・・・・・ねぇ、ラッセ・・・嘘ついて、ごめん・・・・・・」

  もうこちらの声もちゃんと届かないのか、訝しげに眉を寄せたラッセに、は儚く微笑んだ。

  「アタシ、ラッセのこと、愛してる・・・今でも・・・きっと、これからも」
  【知って・・・さ】
  「なら、良かった・・・・・・」

  まだ時間はあるだろうか。
  残っているだろうか       血の塊を飲み込んで、は乱れるモニタの向こうのラッセを見つめた。


  「・・・ねぇ、ラッセ・・・・・・」
  自然と微笑んでいた。

  「・・・ありがと・・・」
  【?】
  「アタシ、幸せだった・・・・・・」

  どうしても伝えておきたかった。
  この先の未来でラッセが自分を思い出してくれたとき、そのときの自分が笑っていればいいと思った。
  そのために、ラッセの中で自分は幸福な記憶でいるために、どうしても伝えておきたかった。

  「ほんと、ラッセと会えて・・・」

  アラームがどんどん大きくなる。
  すぐそこまで、ELSが迫っているのが感じられる。
  侵食するELSに飲み込まれるのが先かも知れない。
  だから、その前に、何としてでも      .

  「ラッセと、過ごせて・・・・・・」

  操縦幹を握り締め、ほとんど制御不能になっている機体でナイフを構える。
  ELSに飲み込まれた脚先も、侵食された腹部も、既に感覚はないけれど、固まりかけた金属片を裂くようにすれば、まだ腕は動くから。
  まだ自分は、戦えるから。

  「・・・アタシ、幸せだったよ・・・・・・」

  昔と同じように微笑んで、はラッセにこの想いが届くことを、ラッセの未来を願っていた。











  【・・・から、ありがと・・・・・・】

  「諦めるなっ!! !!!」

  怒鳴るラッセの声を、もう通信は伝えていないのか、モニタの向こうのはただ微笑んでいる。

  【・・・・・・りがと・・・・・・ッセ・・・・・・】
  一際大きくノイズが走り、歪んで、ざらついて       そして唐突に黒く染まった。


  「・・・・・・・・・?」

  雑音交じりのの声も、プツリと途絶えた。
  呼びかけても、通信機はノイズすら返さない。

  ・・・・・・・・・」

  握り締めた拳を叩きつけて、ラッセは体の底から、大切な人の名を叫んでいた。

  !!!!!!」
















     serenade / 分かれ道まで歩こう より 「共に歩む未来をあなたが思ってくれただけで幸福でした」

Photo by Microbiz

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