【!】
とうとう幻聴まで聴こえるようになったのか ELSの侵食が先に脳に回ったかな、とぼんやりと思った。
思考回路はとっくに麻痺して、さっきから引鉄を引く指だけの存在になったような気がしていた。
その指だって、引鉄を引こうという思考の結果なのか、単なる反射なのか、それとも筋肉の痙攣によるものなのか、それすらも朧気だ。
ただ 幻聴なんて、自分はよっぽど彼に未練を残しているんだな、と他人事みたいに思った。
【!!】
幻聴でもいい、大好きなあの声をまた聴けるなんて 自分はなんて幸せなんだろう、そう思った。
気付けば微笑みさえ浮かべていて、そのことに正直自分で驚いた。
表情筋が痙攣したわけじゃなく、無理矢理笑ってるわけでもなく、自分は嬉しくて笑ってる。
どうやらELSの侵食は、心にまではまだ達していないらしい。
なら 最後まで自分の心だけは侵させたりしない、自分は自分のままで死んでやる、と纏らない思考の狭間で呟いた。
信じることをあなたは恐れないのですね
【勝手なことばかり言ってんじゃねぇぞ、!!!】
「・・・・・・えっ・・・?」
急に目の前がクリアになった気がして、は一瞬ここが戦場であることを忘れた。
愛機には無いはずの通信モニタがノイズ交じりの人影を映してからやっと、今自分が乗っているのがGNSでないことを思い出した。
自分専用にカスタマイズされたMAではなく、地球連邦軍支給のソルブレイヴスであること。
そしてELSと戦闘中なことも思い出す。
と同時に、火器を侵食し始めていたELSをそのビームガンごと叩き切る。
これで、唯一残った武器はビームナイフだけだ。
もう大群を相手にするのは難しいだろう。単体で襲い掛かってきたELSを撃退するので精一杯だ。
【おい! 聞こえてるか?! !!?】
ずっと詰めていた溜息を吐き出して、はモニタに目を向けた。
ノイズ交じりでも、見間違えるはずがない。
この声を聞き違えるはずがない。
「・・・・・・聴こえてるわよ」
【やっと届いたか・・・】
ふっと肩の力を抜いたその様子が以前と変わりなくて、は思わず緩みかけた口元を誤魔化すため、モニタから視線を外して、戦場を見渡した。
レーダーが映し出す通り、友軍機はその数を大幅に減らしている。
カティのいる司令部も、ELSに侵食されてしまっているようだ。
今から向かっても間に合うかどうか・・・それよりも、ビームナイフ一本でこのELSの群れを突破出来るかどうかが問題だ .
【おい!! いったいどういうつもりだ?!!】
ラッセの声に引き戻されて、は訝し気に眉を寄せた。
「・・・何のこと?」
どうしてラッセから通信が来るのか分からない。
自分が乗るソルブレイヴスをどうやって特定したのか .
【何のこと、じゃねぇだろっ!! このメッセージはどういうつもりだ?!!】
「・・・・・・」
言われてみれば、トレミーに宛ててメッセージを送ったような気がする。
内容は覚えていないけれど。
そのメッセージから、この機体を特定したのか。
さすが、優秀なクルーが揃っているソレスタルビーイングだ。
だが、いったい何と送ったのか記憶にない。送らなくては、という想いは憶えているのだが。
大量に摂取した薬のせいで、バッドトリップでもしていたのか .
どうして、ラッセはこんな通信を繋げてきているのだろうか .
【どうして、トレミーを降りたんだ?!
あんな言葉で、あんな別れ方で、俺が納得出来ると思ってたのか?!!】
「・・・」
納得して欲しかった。
納得してくれないと、困る。
だって、そうしてくれないと、本当のことを言わなきゃいけなくなる ラッセから逃げたんだ、と。
ライアンのことをラッセに話すのが怖かったから。
細胞異常の進行が止まらなかったから。
ラッセの重荷になりたくなかったから いろんな理由をつけて誤魔化した。
けれど、本当は逃げたんだ。
本当は恐かったから。
ラッセが優しすぎて。
失うことが恐かったから。
妊娠したと伝えたら面倒がられるんじゃないか。
死期の迫る自分なんて不要なんじゃないか。
知れば知るほどラッセは自分を嫌うんじゃないか 結局、ラッセの愛を失うことが恐かったのだ。
やっと見つけた自分の場所を失うのが恐かったのだ。
だけど、今更 .
【俺が一番腹を立ててることが何だか分かるか?! 俺に相談しなかったってことだ!!
一言も話してくれなかったことだ!! どうして一言も無しにトレミーを降りた?!!】
「・・・・・・アタシの、勝手でしょ」
【・・・おい・・・】
の答えに、時々不鮮明になる映像越しにも、ラッセの苛立ちが見て取れ .
【いいかげんにしろよっ、!!!】
ビクリと、の肩が跳ねた。
声がビリビリと割れるような耳障りなノイズを発して 今まで、ラッセが本気で怒っているところなんて、見たことがなかったことに気がついた。
いつも皆を引っ張る兄貴分なラッセが怒るところなんて、ラッセが感情を荒げて怒鳴るところなんて、は一度も知らない。
【ちゃんと答えろ! ちゃんと、本当のことを言えっ!!】
「・・・・・・・・・本当のことなんて 」
今更言えるわけがないことは、が一番知っている。
幸せなんて知らなかったから、信じてなかったから。
そんなもの幻でしかないと、きっと一瞬なんだと。
いつか失うに決まってる、この手をすり抜けるに違いない。
その日が恐い、ラッセを失うその時が だから、自分から捨てた。
そうすれば傷は浅くて済むと思ったから .
「・・・・・・言ったでしょ? もう、あなたたちと関わるつもりは無いって 」
【俺は!! ・・・、俺はお前を忘れるつもりは無いぞっ!!】
「・・・・・・・・・な、何言って 」
【ああ、そうだ!! 俺は、お前とずっと一緒に生きていくって決めたんだ!!】
は口を歪めた。
一緒に生きていく それが無理だと分かっていたから、自分はトレミーを降りたのだ。
止まらなかった細胞異常の進行 自分はラッセよりも先に死ぬ。
だから自分はソレスタルビーイングを去ったのだ。
「・・・何、馬鹿なこと」
【俺はこの想いを曲げる気はないぞ!!・・・お前の細胞異常が進行していても】
「!!!? ・・・・・・・・・な、んで・・・?」
衝撃には目を見開いたまま固まった。
細胞異常が止まっていないことを知っていたのは、ヴェーダ=ティエリアだけだ。
まさか、ティエリアがラッセに話したのか いや、それは考えられない。
なら、どうしてラッセが .
【残された時間を一緒に生きたい 】
ラッセが、笑って首を横に振った。
【違うな いつか来る終りなんて、関係ない。俺はお前と一緒に生きたいんだ、】
「・・・アタシなんて 」
そんな価値ない、ラッセに愛してもらえるような人間じゃない、もうすぐ死んでしまうのに 続けようとした言葉は、全てラッセの真剣な瞳に呑み込まれた。
【俺が今ここにいるのは、ここまで来れたのは、隣にお前がいたからだ】
「・・・・・・な、にを・・・?」
【俺は完璧な人間じゃない・・・何よりの証拠が、お前が悩んでることを察することが出来なかった・・・・・・すまないと思ってる】
「・・・・・・そ、んな・・・」
【お前や刹那に『存在することに俺たちの意味がある』って言ったのを覚えてるか?
・・・・・・今だから言うが、正直迷った時もある。このままでいいのか、俺たちは存在するだけでいいのか、って】
「・・・・・・・・」
【だが、隣にいるお前がそう信じているから、隣で真っ直ぐ前を見つめているから、
俺を振り返って笑ってくれるから、俺はその迷いを拭えたんだ。
お前が俺と同じ景色を見ている・・・・・・だから、!!!】
真っ直ぐな視線が、の視線と絡まって一つになる。
【帰ってこい、トレミーへ、ソレスタルビーイングへ!】
俺の隣へ そう聴こえた。
は顔を歪めた。
まだ時間があるのなら、その夢を見ることは許されるだろうか .
「・・・ねぇ、アタシはまだ、ラッセと同じ景色を見てる? 同じ景色を見れるのかな・・・?」
モニタの向こうで、懐かしい笑顔のラッセが力強く頷いた。
【あぁ、もちろんだ!】
serenade / 分かれ道まで歩こう より 「信じることをあなたは恐れないのですね」
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