「・・・・・・」
小さく溜息を吐いて、フェルトは扉の前から離れた。
腕に抱えたそれに視線を落として、もう一度溜息を吐く。
「どうして・・・・・・」
視線をやった扉は、再び開けられることを望んでいるような いいや。そう望んでいるのは、フェルト自身だ。
その扉が彼女によって開けられることは、きっともうないのだろう。
「・・・さん・・・・・・」
ゆっくりと腕の中の荷物に視線を落として、フェルトはいなくなった彼女の名前を口にした。
「どうしても駄目なの?」
【ああ。彼女との約束だ】
「ティエリア・・・分かるはずよ。ソレスタルビーイングには、・が、彼女が必要なのよ」
懇願するようなスメラギの言葉にも、ティエリアは頭を振った。
【彼女がいなくともソレスタルビーイングは存在できる・・・そうヴェーダも答えている】
「・・・だけど 」
【存在できても、影響はある。それでも、ソレスタルビーイングに立ち止まることは許されない】
「そうね・・・・・・」
肉体を失っても変わらないティエリアの言い回しに、スメラギは微かに苦笑を浮かべた。
【彼女がソレスタルビーイングを去ってから既に半年が経過している・・・まだ、彼女が必要だろうか?】
頑として譲らないティエリアに、スメラギは溜息を吐いた。
「・・・せめて、何も言わずに急に去った理由が分からないと・・・・・・特に、ラッセは」
ティエリアも、苦悩するかのように僅かに眉を寄せて瞳を閉じた。
【・・・ラッセ・アイオン、彼にはその権利がある。そして、彼女にはその義務が・・・】
「だったら 」
【・・・だが、僕には伝えられない。伝えられるのは、彼女だけだ・・・】
「ティエリア・・・・・・」
【僕は、彼女に干渉しないと約束した。だから・・・彼女がその義務を果たそうとしない限り、僕にはどうすることも出来ない】
静かなティエリアの言葉に、スメラギは深く深く溜息を吐き出した。
「待つしか、ないのね・・・・・・」
【ああ・・・・・・ヴェーダはとても可能性の低い未来だと・・・】
「それでも。その可能性がゼロでないなら、私たちはその未来を信じるわ」
【・・・・・・・・・】
スメラギの呟きを、ティエリアは複雑な想いで聞いていた。
【・・・・・・奇跡でも起きない限り・・・・・・】
奇跡などと考えた自分にティエリアは驚き、そして苦笑を浮かべた。スメラギも小さく笑みを浮かべ頷いた。
「信じましょう。それしか出来ないんですもの」
喪失感と後悔だけが残って
ミレイナは怒っていた。
はっきりと、ラッセに文句を言うつもりだった。
「待って! ミレイナ!!」
必死に追いかけてきたフェルトに腕を捕まれて、ミレイナはようやく足を止めた。
「悔しくないんですか!?」
「ミレイナ・・・」
困ったようなフェルトの表情に構わず、ミレイナは叫んでいた。
「さんは戻ってくるです!! きっと戻ってくるです!!」
「・・・ミレイナ・・・」
「さんみたいな大人な女性になる方法も、まだ教えてもらってないです!!」
「ミレイナ」
「だから、さんは戻ってくるです!! なのに、部屋を片付けるなんて、酷いです!!!」
涙さえ浮かべたミレイナに、フェルトはかける言葉が見つからなかった。
ミレイナだって知っている。
突如トレミーを降りたの部屋は、一切の荷物が処分されていて、まるで誰もいなかったように片付いていたことを 唯一つ残されていた、それを除いては。
あの部屋を見たとき、がソレスタルビーイングへ戻るつもりがないことを思い知らされた。
ミレイナだって、あの部屋を見ている。なのに ミレイナはまだ、が戻ってくると思っているのか。
「きっと、きっと、戻ってくるです・・・そう一番、アイオンさんが信じなきゃいけないはずです・・・・・・」
フェルトは黙ってミレイナを抱き寄せた。嘗て、がしてくれたように、ミレイナの背中に手を回す。
「・・・・・・どうして・・・どうして・・・いなくなっちゃったんですか・・・さん・・・・・・」
泣き出したミレイナを、フェルトは優しく抱き締めた。
(・・・家族だって言った言葉も、帰ってくるって言った言葉も、全部・・・まだ信じてていいですか? さん・・・)
かつて泣いていた自分を抱き締めて、が優しく微笑んで言ってくれた それを思い出して、フェルトも涙が溢れそうになった。
それを堪えて、かつてが自分にしてくれたように、ミレイナの顔を覗きこむ。
「・・・さんの残していったお花、ミレイナに任せていい?」
唯一つ残されていたもの リンダが平和への願いをこめて育て、ラッセからへと贈られた花 の命を救った花の対 それを彼女は残して去った。
「・・・枯らしたら、さんが帰ってきたときにガッカリするです・・・・・・」
洟を啜って、ミレイナがフェルトの胸で頷いた。
(さん・・・私たちにはあなたが必要なんです・・・・・・)
泣いていた自分の涙を止めたようには、ミレイナの涙を止めることが出来そうにない。
漏れ聴こえる嗚咽に、フェルトはただミレイナの背中を撫で続けた。
ラッセは携帯端末を引き出しの奥へと放り投げた。
「・・・・・・さすがに、捨てられないか・・・」
すでに新しい端末を支給されている。それでも手放すことが出来ないでいる。
だが、連絡を待つのは止めようと決めた。
宛先不明でメッセージが返ってくるのを見るのはもう限界だった。
かつて交わした言葉を栄光のように眺めるのは、もう終いにしようと決めた。
未だに吹っ切れない自分に、苦笑しか浮かばない。
彼女がいなくなって、もう大分経つと言うのに、自分は未だに未練たっぷりに彼女のことを考える。
「・・・戻るつもりはないんだろ・・・?」
唯一つ彼女の部屋に残された花を見たとき、そう理解した。なのに、それを受け入れられずにいた。
ずっとフェルトとミレイナが、あの花の世話をしてくれていることも知っていたが、自分は彼女の不在をつきつけられるのが怖くて、あれから一度もあの部屋を訪れていない。
けれど今日、その部屋に残されたあの花さえ、フェルトに処分を依頼した。
もう、忘れなければならないのだ。彼女がいないせいで、自分の世界が色を失おうとも、生きる喜びを失おうとも。
「・・・それでいいんだろ?」
後悔ばかりが先に立つ。
彼女がいるなら、自分らしくいられると思っていた。
彼女がいるから、未来の自分に希望を抱けると思っていた。
自分には、彼女が必要だった。これから先の未来も、彼女と一緒に生きていくつもりだった。
だが 彼女にはそうでなかったのだ。
「俺じゃぁ力不足だったってことか・・・・・・」
彼女の抱える不安を忘れさせることができなかったから。
これから先の未来を信じさせることができなかったから。
一緒に歩んで生きていきたいと願わせることができなかったから。
だから、彼女は何も告げずに突然いなくなったのだ。
仲間の誰にも何も言わず、そんな素振りも見せずに。
受けていた仕事と部屋だけ、ずっと前からいなくなることを決めていたかのように綺麗に片付けて。
「・・・忘れられるさ・・・・・・」
時間が癒してくれるだろう。
そうでなければ困る。
現に、連絡を待つのを止めることを決めた。
彼女の残していった絆も処分することにした。
少しずつだが、自分は前へ進んでいる。
ソレスタルビーイングの仲間たちも、彼女がいないことに慣れ始めている。
「もう忘れるさ・・・」
交し合った言葉は、全て過去のものとなった。全て偽りのものとなった。
机の上、伏せてあった写真を反せば、仲間とともに笑いあう彼女がいる。
自分の隣で、幸せそうに笑う彼女の笑顔 それも、今となっては嘘なのだ。
ソレスタルビーイングの・として、これからも生きていきたいと言った その言葉も、今となってはただの過去で、嘘なのだ。
写真も一緒に引き出しの奥へと放り込んで、ラッセは手荒く過去を閉じ込め、その唇を歪めた。
「それでも、やっぱり俺はソレスタルビーイングのラッセ・アイオンだったわけか・・・」
serenade / 裏切られた後に より 「喪失感と後悔だけが残って」
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