星が流れる いや、あれは連邦軍の機体だ。
「・・・・・・っ」
連邦艦隊の損失は50%にも達したか 善戦してはいるが、ソルブレイヴス隊もイェーガー機の他にも隊列を欠いている。
「・・・・・・なんでっ!」
きっと誰も死にたくなんてないはずなのに 目前に迫ったELSを叩き切って、は声をあげた。
「どうして?! どうして、攻めてきたのっ?!!!」
ELSさえ来なければ、散らなくていい命があったはずだ。戦いに赴かなくていい兵士も、沢山いたはずだ。
「なんで戦わなくちゃいけないのよっ!!!」
機体が発する警告音を無視して、はELSに向かって、至近距離からミサイルを撃ち放った。
「もう、戦いなんてっ!!!」
汚染された脚部を切り離し、そこに銃を向ける。周囲のELS共々吹き飛ばして、集まりつつあったELSを蹴散らした。
「戦いたくなんてっ!!!」
分かってる。
連邦軍に志願したのは自分だ。矛盾してることは分かってる。
だけど、出来なかった。
残りの時間を数えながら、カイウスやライアンと穏やかな時を過ごすなんて、到底無理だった。
別れが近いことを知りながら、一緒に笑ってなんていられなかった。
耐えられなくなりそうだった。
だから、逃げたのだ。連邦軍に入ることで。
「アタシは・・・!」
呼べる名前など、もうない。
自分から手放したのだ。大切な人たちを。
今更、後悔だなんて。
ラッセに告げずトレミーから降りたこと、ライアンのことを黙っていること 全てそれでいいはずだ。
いや、そうでなくてはいけないのだ。
そう言い切らないと、後悔に押し潰されてしまうから。
ふとした瞬間に、ソレスタルビーイングの仲間を、ラッセを想ってしまう それでも後悔などしていないと、自分は強がらなくてはならない。
そうしないと、待ち受ける死に恐怖してしまうから。
「アタシはっ!!!」
どうしてラッセに伝えることが出来ただろう?
自分の寿命が残り僅かなのに、子供を産みたい、だなんて。
自分で育てられもしないくせに。
それじゃぁ、まるで、父親となるラッセに全て押し付けることになりそうで。
迫る死期を話せば、ラッセはどうしただろう?
きっと彼を苦しめたに違いない。
自分の些末な延命を選び子供を諦めるか、残り少ない命を縮めても子供を選ぶか そんな苦しい選択をラッセに迫りたくはなかった。
ライアンを産まない、という選択肢もあったのだろうが、それだけは嫌だった。
ラッセと自分が、確かに一緒の時間を過ごした、その証を消したくなどなかったから。
だったら、産まれてすぐに養子に出すしかないと思った。
自分のような思いをさせないためにも、最初から実の父母のことなど知らずに育てばいいと思った。
そうすれば、きっと幸せになれるだろうから。
自分では与えられないものを惜しむことなく与えてくれる、そんなちゃんとした普通の夫婦の元で、幸せに成長してくれることを願って .
「ライアンの未来を守るって、そう決めたんだからっ!!!」
そうだ。
そう決めたはずだ。
なのに、どうしてこんなに怖いのだろう。
どうしてこんなに哀しいのだろう。
どうして .
【待ちかねたぞ、少年!!!】
隊長の、グラハム・エーカーの声に、は顔を上げた。
戦場を流れる一筋の光、GN粒子の羽を纏った機体 .
「・・・ダブルオークアンタ・・・・・・」
間違えるはずがない。
ソレスタルビーイングを去るまで、自分もイアンたちとともに新型GN粒子放出機関の開発に携わっていたのだから。
「刹那・・・・・・」
搭乗者は刹那以外にありえない。
あれは、刹那のために作り上げられた機体なのだから。
「よかった・・・目、覚めたんだ・・・・・・」
フェルトが喜んだことだろう。
ミレイナが眩しく笑い、スメラギも安堵の息を吐いて ラッセも。
「・・・・・・ラッセ・・・」
ダブルオークアンタの軌跡の先を気付かぬうちに探している。
そこにいるはずのトレミーを その操縦席に座っているはずのラッセを探して、はそっと腕を伸ばしていた。
この腕はただ空を抱くだけ
【大佐〜ぁ】
「・・・・・・本当に、貴様という男は・・・・・・」
情けなく響くパトリックの声を聞いて、カティは呆れた息を吐いた。
その溜息の中に、安堵を上手に隠して。
新たに参戦したガンダムに助けられなかったら、パトリックはELSを道連れに機体を自爆させていた。
そうなっていたら、二度と顔を見ることは叶わなかった。
今こうして彼の情けない声を聞くことも叶わなかった。
彼が居なければ生きていけない、自分はそういう類の女ではない。
そう自覚しているし、そうでなければならない。
だが、パトリックを喪えば、自分の中の何かも一緒に亡くすだろう そう確信出来るほどには、パトリックを特別に想っている。
愛してるなどと、本人の前で言ってやるつもりはないが。
「貴様は戦闘の邪魔にならないところに居ろ!」
【大佐ぁ〜】
「准将だ」
カティは、マネキン准将として、再び目の前の戦場に目を向けた。
艦隊の損失は55% もう敵だ味方だと言っていられる状況ではない。
協力し合わなければ、人類は滅びてしまう .
「・・・・・・もう敵ではない、か・・・」
カティは迷った末、通信機へと手を伸ばしたのだった。
【これが超兵の力だ!! 違う! 未来を切り開く力だ!!!】
「・・・何よ。カッコイイこと言っちゃって・・・」
刹那のために、ELSの中枢へと道を開くガンダムの姿に、は寂しく微笑んだ。
【俺に任せな!! 乱れ撃つぜぇ!!!】
「違うか・・・本当にカッコイイんだ・・・・・・」
【少尉、まだ生きているか?】
が自嘲の笑みを浮かべていると、通信機が上官の声を伝えてきた。
「・・・・・・心臓は、まだ動いてますよ」
笑みを深めて、は答えた。
【ならば、問題ない。私とともに来い、少尉!】
告げ終わらないうちに、加速したグラハム機が飛び去っていく。
向かう先に輝くGN粒子の光に、グラハムが何をしようとしているのか、見当がついた。
彼は、助力するつもりなのだ。ソレスタルビーイングに、刹那に。
「・・・拘っていられる状況じゃない、か・・・・・・」
この戦いに希望を見出すのなら、それは刹那とダブルオークアンタにしかないだろう。
も、グラハムに続くため、疑似太陽炉の出力を上げた。
追いつく瞬間に逆噴射をかけて、機体を急減速。
追尾してきていたELSを撃ち落し、ついでとばかりにグラハム機の後ろに食らい付こうとしていたELSをも掃射する。
グラハムも迫りつつあったELSを撃ち落した。
二機で互いを抜きあうように飛び、ELSを撃破しながら、宙を駆ける。
隊長機の状態を粗方読み取って、は皮肉を口にした。
「・・・隊長こそ、まだ生きてます?」
【ふっ!】
鼻で笑いながら、グラハムが自機に取り付いたELSを切り落とす。
侵食され始めた部位も、躊躇うことなく一緒に切り落とした。
【死ぬつもりない! 私は生きるために戦っているのだ!!】
「・・・・・・」
【貴様は違うのか? 少尉!?】
襲ってきたELSを撃ち落して、グラハムの言葉が聴こえなかったフリをした。
【諦めた者を許容するほど、この世界は優しくなどない! それすらも忘れたか?!】
引鉄を引きながら、ELSを倒すことだけに集中しようとした。
【何のために戦っている?! 何のために生きている?! 貴様の存在は何のためだ?!!】
何のため 答えられる解をは持たなかった。
何のために生きたのだろう?
何をこの世界に残せるのだろう? 地球を、人類をELSから守るため・・・そんな大きな役回りは、自分には不釣合いだ。
何かのために、生きたのだろうか?
何かを、誰かの胸に残せたのだろうか? ラッセの心に、自分は一時でも平安を、安らぎを、温もりを、残せたのだろうか?
分からない 答えてくれる声も、何もなかった。
そうだ。自分の手の中には、何もない。
それでいいはずだった。
自分は死ぬのだから・・・・・・でも、今、とても哀しいのは何故なのだろう?
【何を躊躇している!!!】
はっとは顔を上げた。
【生きるために戦えと言ったのは、君のはずだ!!!】
自分に言われたセリフかと思った。
だが、ミサイルを発射したグラハム機の先に、ダブルオークアンタの姿を見とめて、そうではなかったことを知った。
ELSに対して躊躇している様子のダブルオークアンタを抜き去って、はグラハムとELSを挟み込むように旋回した。
行く手を遮るELSを容赦なく撃ち落す。
【例え矛盾を孕んでも存在し続ける、それが生きることだと!!!!!】
あぁ は深く瞠目した。
ここで、その言葉を聞くとは思ってもいなかった。
俺たちは存在すること自体に意味がある 頭の中、確かに聴こえた声に、は思わず呻いた。
色褪せることなく、思い出せる。
ラッセの声だ。
ソレスタルビーイングに加わったばかりの頃、アルコールの勢いを借りて、ラッセに戦うことの虚しさを愚痴った。
どうしても聞いてみたくて、ラッセの戦う理由を尋ねた。
あの時のラッセの答え そう、彼は続けて言ってくれた。
がソレスタルビーイングにいることに、今ここに存在すること自体に意味がある .
の代わりは、誰にも出来やしないさ .
【行け、少年!!! 生きて未来を切り開け!!!!!】
グラハムの言葉に、ダブルオークアンタが再びELSの中枢へと向かう。
「・・・・・・ありがとう、ラッセ・・・」
ぐっと自分の腕を抱きしめて呟く。
たとえ、この腕の中には何もなくても 目を開けて、は再び操縦幹を握った。
たとえ、この先にあるのが死だとしても ぐっと前を睨んで、は出力を上げた。
「・・・アタシはまだ、ここに存在してる・・・だから!!!」
邪魔しようとするELSを撃墜しながら、はダブルオークアンタの後を追う。
当然のことのように、グラハム機も追随してくる。
「・・・隊長、さっきの答えですけど 」
【その、答えを聞くのは、私では、ない・・・】
「・・・?」
どこか掠れた声には眉を寄せた。ノイズのせいか .
【、少尉・・・まだ、飛べるな・・・?】
はコックピットに視線を這わせた。
ELSに侵食されてはいるが、まだメインコンピュータは生きている。
身体の方は 細胞異常の影響か、それとも大量摂取した薬のおかげか、ELSの侵食スピードは緩やかだ。
まだ、自分の意思で動かせる。
痛みも、ない。それがいいことなのかどうかは微妙なところだが・・・・・・
「・・・・・・まだ数分はもつと思います」
【充分だ】
吐息のような笑いの後、咽るような咳が聴こえた。
「・・・・・・・・・隊長・・・」
機体の状態を見れば、彼が今どんな有様かは容易に想像がつく。
【少尉、後のこと、貴官に任せる・・・】
なのに、どこか喜々としたグラハムの声が、に命じた。
「・・・・・・すぐに追いかけますから」
の言葉を、咽ながらもグラハム・エーカー少佐は鼻で笑ってみせた。
【はっ!! 敢えてもう一度言おう!! 生きろ!!!】
「っ!!!」
グラハム機が疑似太陽炉の出力を限界まで引き上げる。
向かう先は、巨大なELS。
中枢への活路を開くため いや、未来への希望を繋げるため、彼はその命を燃やし尽くすことを選んだのだ。
【少年!! 未来への水先案内人は、このグラハム・エーカーが引き受けた!
これは死ではない、人類が生きるための!!!!!!!!!!!!!!】
serenade / 裏切られた後に より 「この腕はただ空を抱くだけ」
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