「ELS、絶対防衛線を突破!!!」

  悲鳴のような報告を聞きながら、カティ・マネキン准将はぐっと拳を握り締めた。

  防衛線を突破したELSを追ったMSが、その身を犠牲にして侵攻を食い止め       そして宇宙に散っていった。

  まるで命の最期の輝きであるかのように、爆発するMSの光がそこかしらで閃いている。
  地球防衛軍の損失は、すでに40%を超えている。
  それに比べて、ELSの方は一向に怯む様子もない。

  (・・・・・・ここまでなのか?)

  ソレスタルビーイングも戦闘に加わったと報告があった。
  だが、それで戦局が変わると予測を立てられるほど、カティはガンダムの力を過大評価していない。

  (・・・・・・私たちは、人類はここまでなのか・・・?!)

  拭いきれない最期の予感を抱きながら、カティは大切な人の命がまだ散っていないことを祈っていた。











最後なんて考えもしなかった、その結果











  「サバーニャ、ハルート、戦列に参加したです!!」
  「トレミー砲撃開始!!」
  「了解!」
  スメラギの指示に答えて、ラッセは操縦幹を握った。

  広がる宇宙空間のあちこちで、戦いの光が瞬いている。
  無限に湧いてくるようなELSに比べて、地球連邦軍の数は心許無い。
  輝く閃光の下では、今も誰かの命が散っているのだろう      .


  「ミレイナ、フェルトが戻るまで、一人で大変だと思うけど・・・もう一つ頼めるかしら?」
  「何ですか?」
  「可能な限りソルブレイヴス隊を・・・の機体を捕捉しておいて欲しいの」
  「おいっ?!!」
  ラッセは思わず声を上げていた。
  今は人類の命運を賭けた大事な戦闘の真最中だ。
  ソレスタルビーイングを去った人間のことを気にしてる場合じゃないだろうと、正直そう思った。
  だが、指示を受けたミレイナの返答は、ラッセを更に驚かせるものだった。

  「実は、もうやっちゃってるですけど・・・さんの機体が特定出来ないんです・・・・・・」
  「何だって・・・?!」
  ラッセは唖然とした。
  けれど、そう感じたのはラッセだけだったようで、ミレイナの返答にスメラギは満足そうに頷いている。

  「ありがとう、ミレイナ。そしたら、ソルブレイヴス隊を出来る限り捕捉して頂戴」
  「はいです!!」
  「ちょっと待て!!!」
  とうとうラッセは声を荒げた。
  どうして、スメラギさんも、ミレイナも、ロックオンも、アレルヤも、あの男も      !!!

  「いい加減にしてくれ!! 今は、そんなことやってる場合じゃないだろう?!
  ELSに人類は滅ぼされちまうかもしれないってのに! あいつのことなんか気にしてる場合じゃないだろ?!!
  そんなに気になるんだったら、この戦いが終わった後に、俺抜きでやってくれ!!!」

  「      それだと、手遅れかも知れないのよ・・・」
  「・・・・・・・・・どういう意味だ?」
  呟きの真意が判らず、ラッセは眉を顰めた。
  声を荒げた自分とは対称的にスメラギの声は静かだった。
  何が手遅れなのか       関係の修復なら、既に手遅れだと思っているのだが。


  「・・・の機体を特定出来ないっていうことが、どういうことだか分かる?」

  難しい顔をしたままスメラギが尋ねた。
  「比較するための戦闘データは沢山残ってるわ。なのに、の機体が分からないなんて・・・」
  「・・・MAとMSの違いのせいだろ? 今乗ってるのはMSらしいからな。データはMAのものばかりなんだろ?」
  「その程度の誤差なら分かるです!!!」
  「・・・・・・だったら、わざとそういう操縦をしてるんじゃないのか? 俺たちに、どれに乗ってるか分からないように・・・」
  肩を竦めて言ったラッセに、スメラギは小さく頷いた。

  「確かに       その可能性はあるわ。だけど、そうすることの意味が分からない・・・」
  「意味なんてどうだっていいだろ?!
  トレミーを去った時と同じで、いくら考えたって俺たちには分からないに決まってる!!」

  さんがトレミーを降りたのは      !!」
  突然響いた叫びに、ラッセはミレイナの顔を凝視した。

  「降りたのは・・・・・・」
  ラッセの視線に、ミレイナが口にしたことを悔やむかのように視線を落とした。

  「・・・・・・降りたのには、ちゃんと理由があったです・・・・・・でも! でも、ちゃんと戻ってくるはずだったです!!!」
  落ちた視線を再び持ち上げて、ミレイナがはっきりと言い切った。

  ミレイナは知っていたのか?
  から何か聞いていたのか?       分からない。
  だが、引き締められた口元に、ミレイナが強く確信していることが、ラッセにも伝わってきた。

  「・・・だったら、どうして!!」
  何で戻ってこなかったんだ!!       ぐっと拳を握り締めたラッセに、スメラギが慎重に口を開いた。


  「      データが一致しない理由はもう一つ考えられるわ・・・変えてるんじゃなくて、変わることを余儀なくされている・・・」
  「?!」
  「・・・つまり、以前のようには操縦出来ない・・・・・・」
  「!!?
  「・・・先の戦いの時に負った傷が癒えていない・・・いいえ。もしかすると、悪化しているのかも・・・・・・」
  「そんなわけあるかよっ!!!!!」
  思わず叫んでいた。

  「だったら、どうして連邦軍なんかにいるんだ?!
  何でMSなんかに乗ってる?!! おかしいじゃないか!!!」

  声を荒げたラッセに、スメラギが頭を振る。
  「そうだけど・・・そう考えれば、全て納得出来るのよ・・・・・・」
  悲しそうに呟くスメラギに、ラッセは納得出来ないと声を上げた。

  「そんなはずがあるかよっ!!? あいつは少尉だと!! 完治したと      !!!?」

        治ったとは、癒えたとは、彼女は一言も言わなかった。尋ねても、いつだって、大丈夫、としか・・・・・・

  「そんなわけないっ!!? あいつは元気そうだったじゃないか!! 普通に      !!?」

        本当に? その判断が出来るほど、自分は彼女を冷静に見つめていたのだろうか・・・・・・


  「・・・そんなわけあるかよ・・・・・・だって、あいつは      

        トレミーを去る直前、彼女はどこか疲れてなかったか? あの頃から体に何か異常があったのだとしたら・・・・・・



  「・・・・・・・・・っくそ・・・」
  ラッセは拳を握り締めた。

  思い返せば心当たりは沢山あった。
  随分と疲れて見えた記憶に残る最後の日々。
  話の途中で壁に預けられた背中。
  全ての傷が癒えていないことが原因なのだとしたら      .


  「・・・もし、が満身創痍なら、この戦いはきっと彼女にとって厳しいものになるわ・・・・・・きっと自身も分かっているでしょうけど・・・・・・・」
  「「?!!」」
  スメラギの言葉に、ラッセとミレイナは同時に顔を上げた。
  互いに同じことに思い至っていると、口にしなくとも分かった。

  の最後の言葉       スメラギの推測が当たっていたら、あの言葉は当に      .


  「・・・・・・まさか・・・そんな馬鹿な      
  だが、否定するには不安が大きすぎた。
  握り締めた拳が痛かった。

        歪められた皮肉気な冷笑も、冷たい言葉を全てわざとだったとしたら・・・・・・

  「くそっ!!!」
  そんなことは許されない。許すことなんて出来やしない。

  「何だよ、それは!!? どういうつもりだ!!」
  「ラッセ・・・」
  「アイオンさん、でも・・・・・・・」
  背後で聴こえる声に構うことなく、ラッセはぐっと前を睨んだ。

  「納得なんか出来るかよっ!!!」

  また一つ光が輝く。
  あの輝きが、の最後の光でないことを切に祈った。

  「トレミーを降りた理由も、何も言わなかった理由も、あの言葉の真意も、全部だ!!
   本当のこと全部、の口から聞くまで、俺は納得なんかしてやるものか!!」

  「・・・そうね。今度こそ、に全部話してもらいましょう」
  スメラギも苦笑を浮かべて頷いた。


  「悪いな、ミレイナ。ソルブレイヴス隊を、を頼んだぞ!」
  「はいです!! 任せるです!!!」

  「私も手伝います!!」
  「フェルト!!?」
  突然響いた声に、ブリッジ中が振り返った。
  刹那に付き添っていたはずのフェルトが、自分の席へと向かってくる。

  「フェルト?! 刹那は・・・?」
  【クアンタで出る!】
  「刹那!!?」
  通信画面に姿を見せた刹那に、ブリッジに歓喜の声が上がった。
  しばらく意識不明だったとは思えない、しっかりとした様子に、スメラギも顔を綻ばせた。
  「刹那!! ・・・お願いね」
  だが、今はそれすら喜んでいる余裕はない。
  表情を引き締めて言ったスメラギに、刹那が頷いた。
  【あぁ。分かっている】






  「アーデさんの意識データ、クアンタのターミナルユニットに転送完了です!!」
  出撃の準備がどんどん整っていく。
  ラッセは、オペレータ席に座ったフェルトを振り返った。
  「ここはいい。刹那のところへ戻れよ」
  まだ刹那のことを心配しているだろうと思ってかけた言葉だったが、フェルトは微笑んで首を振った。
  「大きいから・・・」
  「ん?」
  「あの人の愛は大きすぎるから、私はあの人を想っているから、それでいいの・・・」
  「・・・・・・」
  強がりでもなく、当然のことだと微笑んだフェルトに、ラッセは黙った。


  その後ろで、ミレイナが突然、モニターに向かって声を張り上げた。

  「アーデさん!! ミレイナは、アーデさんがどんな姿になろうとも、アーデさんが大好きです!!!」

  突然の告白に驚く仲間たちを尻目に、意識データとなったティエリアが笑った。
  【ありがとう、ミレイナ】
  「はいです!!」
  格納庫ではイアンが何やら叫んでいるようだが、当の本人たちには全く関係ないのだろう。


  「はは・・・」
  思わずラッセは笑いを零していた。

  人間とは、最期が近いと感じたら素直になれる生き物なのかも知れない。
  ならば、これが自分の本当の想いか      .
  あんなに胸のうちに渦巻いていた、どろどろとした負の感情は一つも残っていなかった。
  あるのは、あの頃と同じ想いだけ。
  失ったと思っていたのに、実はずっとこの胸の中にあったのか      .


  「ったく・・・情けねぇ・・・・・・」
  ラッセは操縦幹を握り締めた。

  どんなに最期の予感を抱こうとも、最期にするつもりなどない。
  今、自分の腹は決まった。
  ラッセは、閃光瞬く宙を睨み付けた。
  あそこへ行かなくてはならない。この想いのためにも      .


  「お前無しで幸せになんかなれるかよ!! !!!」
















     serenade / 突然の別れ より 「最後なんて考えもしなかった、その結果」

Photo by Microbiz

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