「チッ・・・・・・」
「さん・・・?」
突如舌打ちをしたカイウス・を、沙慈・クロスロードは怯えながら窺った。
政府の脳量子波遮断施設で出会ってから、中々強引な人で けれどそれに見合った能力と行動力には感嘆してばかりだ 彼の機嫌を損ねるのは、あまり得策ではないらしい、ということぐらいは沙慈にも察しがつき始めていた。
悪い人じゃないことは分かってる。
・のお兄さんでもあるのだし。
ソレスタルビーイングにがいることは知っていたが、どこまで内情を話していいのか その判断をしながらの説明では、曖昧になってしまう部分も多かったはずだが、カイウスは沙慈の説明に辛抱強く耳を傾けてくれていた。
そんなわけで、沙慈の中のカイウス・という男に対する評価は中々良いのだが・・・時々、纏う空気が変わる。
戦いを知っている者、特有の不穏な雰囲気が漂うことがある。
その度に、沙慈は内心首を竦めていた。
「・・・どうかされたんですか?」
「・・・・・・何でもねぇよ・・・」
溜息を吐いて、カイウスは足を組替えた。
不穏な空気は霧散したが、それはカイウスが堪えただけなのだろう。
その証拠に、カイウスの眉間には縦皴が刻まれている。
軌道ステーションへ向かいながら、沙慈の知っている範囲ののことは話したつもりだ。
その恋人であるラッセ・アイオンのことも。
と言っても、沙慈に話せるのは、自分が二人の人柄をどう思っていたのか、どういうふうに見えていたのか、といった沙慈の主観的なことだけだった。
カイウスが聞きたかったのは、そういうことではなかったのだろうか ラッセの出身や正確な年齢、と出会うまでの女性遍歴とか、そう言ったものを望まれていたのだとしたら、それこそ沙慈には無理な話だ。
「・・・なぁ、唯の暇潰しの戯言なんだが 」
窓の外に視線を向けたまま、カイウスがポツリと呟いた。
「 沙慈・・・あんたは、人と人とは分かり合えると思ってるか?」
「えっ・・・・・・?」
思わず聞き返した沙慈に、カイウスが視線を動かして、もう一度尋ねた。
「所詮は他人同士。互いに理解しあえると思うか?」
「僕は 」
ソレスタルビーイングにいた頃、ずっと自問していた。
自分だけじゃない、刹那だって・・・いや、皆ずっと問い続けていたはず そして、沙慈は今、出した答えを信じている。
「 僕は、きっと、分かり合えると信じています」
きっぱりと目を見て返答した沙慈を、カイウスは見つめ返した。
「彼女がイノベイターでも?」
「そんなこと関係ありません。さんだって脳量子波が使えるのに、そんなことが人と分かりあうことの障害になると思っているんですか?」
沙慈の言葉に、カイウスが肩を竦めた。
「思ってねぇよ 」
そのまま、ニヤリと笑う。
「 それと訂正だ。俺は、イノベイターになったつもりはない」
「え? でも・・・」
「ライ一人を施設に放り込むなんて勘弁。あんただってそうだったんだろ?」
「はい・・・」
まるで試されているような、そんな気がしながらも、沙慈は頷いたのだった。
この喉が潰れるまで泣き叫べば誰かに伝わるだろうか
「 さん、さっきの話ですけど・・・」
片眉を上げてカイウスが先を促す。
「さんは、人と人とは理解しあえる思っているんですか?」
「俺か? 俺は 」
煙草を取り出して、ここが禁煙だったのを思い出したらしく、カイウスは溜息を吐きながらライターを戻した。
それから、困ったような笑みを浮かべて、沙慈に向き直った。
「俺は、残念ながら、そう思っていない。他人は所詮他人だ」
「でも・・・」
「悪いが、俺はそんなふうには思えない。そんな綺麗事、信じられるような生き方をしてねぇしな・・・だが 」
反論しかけた沙慈を遮って、カイウスは表情を引き締めた。
「 だが、分かり合えないと、そう信じたくはない・・・分かりあえるかもしれない、そう希望は持っていたい」
「それって・・・」
「違う。全然違う」
沙慈の言葉を制して、カイウスは言葉を紡いだ。
「他人を理解できるなんて思うのは傲慢だと、俺はそう思ってる。だが、理解しようと、努力はし続けなきゃならねぇ・・・」
沙慈から視線を逸らして、カイウスは再び窓の外へ目を向けた。
「理解したと思うから、勝手に相手を判断して、誤解する。
“君のためを思ってやったのに、どうして君は分かってくれないんだ?!”ってな・・・」
「・・・・・・・・・」
「違うだろ? 理解したと思った瞬間に、それはもうその相手とは別人だ。自分の中に作り上げた、虚像だ」
「・・・・・・難しいですね・・・」
「何が難しいもんか! 簡単なことじゃねぇか!」
呟いた沙慈を、カイウスは鼻で笑った。
「言やぁいいんだ。分かりあいたいと、理解して欲しいと思うなら、自分の気持ちを、想いを、全部伝えあえばいいだけじゃねぇか!
どうして欲しいのか、どうしたいのか、互いに伝える、そのための言葉じゃないのか?」
「・・・でも、言葉は不完全で・・・」
「だから、最初から諦めるのか? それじゃぁ、分かり合うなんて、いつまで経っても無理に決まってる。
あぁ、そうさ。言葉は不完全だ! だが、伝える努力をしないで、分かり合おうなんて、都合がよすぎるだろ?!」
「・・・・・・」
「理解できないから。理解したから そう判断して、勝手に解釈する・・・
・・・そうじゃなくて、互いに聞き、伝え、話し合い・・・それが必要なんじゃねぇか?
理解しあえたと思うのは傲慢だ。だから俺は、人と人とが信じあえるとは思ってない」
「・・・そうかもしれません」
沙慈の脳裏には2年前のことが浮かんでいた。
刹那がソレスタルビーイングだったと知った時、自分は彼に銃口を向けた。
けれど、彼と話をして、想いを聞いて。
そして、彼を理解した気がした。
最後は、刹那とともに戦場にいた。
ルイスとだってそうだ。
彼女がアロウズにいることが信じられなくて、信じたくなくて。
けれど、彼女と本気でぶつかって、本当にルイスが大切だと、取り戻したいと叫んだ。
そして、ルイスの憎悪を聞いた。ルイスの叫びを感じた。ルイスの本当の気持ちが響いてきた。
だから、今、自分はルイスと一緒にいるのだ。
「・・・だったら、脳量子波も、イノベイターも、人と人とがもっと分かりあうための、そのためのものなのかも知れませんね・・・」
「・・・・・・なんだ、分かってるじゃねぇか」
ニヤリとカイウスが笑った。
「脳量子波も唯の手段の一つだ。伝える気持ちと、受け取る想いがなけりゃ、結局、意味がねぇ」
カイウスが、再び窓の外へ視線を向けた。
「それをどいつもこいつも・・・・・・言わねぇやつもいれば、叫んでるだけってのもなぁ・・・・・・・・・」
「?」
「・・・けど、あいつも少しは見習った方がいいんじゃねぇのか・・・・・・」
「さん?」
深い溜息を吐いて、カイウスが肩を竦めた。
窓の外に広がる、ELSとの最終防衛戦の光景から視線を外す。
「・・・何でもねぇよ」
「・・・・・・・・・やっぱり、さんは 」
「違うって言っただろ? 俺はイノベイターになったつもりも、なるつもりもねぇ」
「?!」
やはり読まれた思考に、沙慈は目を丸くしたが、カイウスは構わず言葉を続けた。
「俺は、あいつの兄貴以外の、カイウス・以外のものになるつもりはねぇ」
「それは・・・」
「それに 」
沙慈の言葉を遮って、カイウスがニヤリと笑みを浮かべてみせた。
「俺は信じてるんでね。言葉によって、人と人とがわかりあう 可能性があるって」
「・・・はい。そうですね」
そう答えた沙慈に、カイウスは満足そうに頷いて、ステーションの外へと足を踏み出した。
「それを証明するためにも、俺たちは俺たちの戦場で戦わなきゃな」
serenade / 黒と赤に縋る より 「この喉が潰れるまで泣き叫べば誰かに伝わるだろうか」
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