「ソルブレイヴス隊の精鋭に通告する」

  木星から出現した新たなELSの大群が地球へと向かっている。
  地球圏防衛の、恐らく最後になるだろう戦いに参戦するために、ソルブレイヴス隊は地球へと急いでいた。
  果たして間に合うかどうか・・・いや、間に合わせなければならない。

  再度覚悟を確認して、グラハム・エーカーは自らの前に整列したソルブレイヴス隊の面々を見やった。
  ヴィクトル・レオーノフ、ルドルフ・シュライバー、アキラ・タケイ、イェーガー・クロウ、ネフェル・ナギーブ、そしてレジーナ・       先ほどの言葉に違わず、選び抜かれた精鋭たちだ。

  「これから出向く戦場では、諸君らの命を懸けてもらうことになる」

  グラハムは彼らの顔を一人一人確認し       レジーナのところでその視線を止めた。
  ヘルメット越しでは、彼女の顔色が悪いかどうかは判らない。
  いや、訂正しよう。
  判っている。いいはずがないのだ。

  立場上、彼女の診断書には目を通させてもらった。
  はっきり言おう。彼女はいつ倒れてもおかしくはない。
  本来なら、病院のベッドにいなければならないはずだ。
  いいや、それどころか、医師が断じた猶予をすでに超えている。
  軍人であっていいはずがない。
  戦える状態であるはずがない。
  しかし、ELSが地球に侵攻するのを食い止められなければ、隊列を離れても意味はない。
  ELSを撃退できたとしても、彼女にどれだけの時が残されているのかは分からない。
  結局は死ぬ。同じことだと、彼女は言うだろう。
  だが      .

  「だが、敢えて言おう      

  グラハムの言葉が変化したのを感じ取って、ソルブレイヴス隊の面々が視線をグラハムへと向けた。
  レジーナだけは、真っ直ぐ前を見つめたままだったが、グラハムは隊員全員に届くように、はっきりと告げた。

  「       死ぬなよ」
  「「「「「「はっ!!」」」」」」
  全員がその言葉に敬礼をもって答えたのだった。











  「・・・・・・死ぬな、って・・・」
  グラハムの言葉を思い出して、は小さく笑った。

  これから自分たちが向かうのは、圧倒的に不利な戦場だ。
  数も、有効な対抗手段も足りない、背水の陣の防衛戦。
  戦場は命を容赦なく奪っていく場所だ。
  誰も死ぬために戦ってなどいない。皆、生きるために戦い、そして死んでいく。
  生きたいと強く願っている者でも       だが自分は?

  は口元を歪めた。
  「・・・・・・危うく笑うとこだったわ・・・」
  ソルブレイヴス隊員全員に向けられた言葉だとしても、グラハムに“死ぬな”と言われるとは思っていなかった。
  自分の死期はもうそこまで来ている。
  グラハムだって知っているくせに       白々しい。

  「・・・・・・・・・もう、いいよね・・・」
  強くなったフェルトに会えた。綺麗になったミレイナにも会えた。スメラギさんも、イアンも、リンダも相変わらずだった。
  ロックオンも、アレルヤも、マリーも、ティエリアも、刹那も、みんな変わらずソレスタルビーイングは顕在だった。
  ラッセも、最後に顔を見られてよかった。

  彼の全てを愛してた。

  一番好きだった笑顔は見られなかったけど、それは自分が蒔いた種だから仕方ない。
  ラッセの笑顔は、この胸に焼き付いてるから大丈夫だ。思い出す必要すらない。
  代わりに、最後の背中を憶えておこうと思った。遠ざかる背中を憶えておくことが、自分への罰だと思った。
  ラッセのことを傷つけて、そしてライアンのことを黙っていることへの      .

  ライアンも心配ない。
  兄貴がついていてくれる。自分が与えられないものを、兄貴なら与えてくれるだろう。
  アーサーもきっと協力してくれるだろうし       人生の最後に思い起こすことのほとんどがソレスタルビーイングのことで、は思わず苦笑した。
  2年にも満たない時間だったというのに、随分と思い入れが強かったらしい。
  だが、最後に会ったことで、心の整理はついたはずだ。

  持っていた薬は全て服薬した。
  残っても仕方が無い。再び薬を口にする機会はないだろうから      .

  「・・・最後の宙、遠慮せずに逝かせてもらうわ・・・!」
  遠くで走った戦火の光を視認して、は小さな、そして冷たい笑みを浮かべたのだった。











あなたの未来のためにわたしは消えます











  【       掃討作戦へと移行した模様。繰り返す、地球防衛作戦は掃討作戦へと移行した模様。
   ソルブレイヴス各機は、ELSとの接触を避けながら、これを撃退せよ】

  「言われなくてもっ!」
  叫んで、敵味方入り乱れる戦場へと機体を突っ込ませた。
  ELSの群れの中を飛びながら、向かってくるELSを反射だけで撃ち落す       急減速で、背後から迫っていた別のELSの群れを舐めるようにミサイル砲で掃射       これがソルブレイヴス隊の戦い方だ。

  「はは・・・っ!!」
  再び襲い来るELSの大群と相対しながら、思わずは笑いを零した。

  負担のかかる戦い方だ。特に、急減速した際のGの負荷は壮絶だ。
  だが、この戦い方は自分に合っていると思う。特に、今の自分には。

  再び激しいGに耐えながら機体を後方へと反転させて、自分を追ってきたELSを掃射。
  ついでに、ルドルフを追っていたELSの群れも射程におさめる。

  「ははっ、ヤバイ・・・楽しいんだけどっ!!」
  倒しても倒してもキリがない、途方もない数のELSに、は唇を吊り上げた。
  戦況は圧倒的に不利だ。だが、ソルブレイヴス隊だって負けてはいない。
  精鋭揃いのソルブレイヴス隊によって、付近一帯のELSが殲滅させられていく。
  例えそれが全体の何万分の一だとしても      .


  【隊長!!?】
  通信機から聞こえたアキラの声に視線を動かせば、ELSが集合してMSへと変形し始めていた。
  僅かな希望を持つことさえも許さないというのか       ELSが擬態してみせたMSに、は意識せずに唇を歪めた。
  「・・・ガンダムだなんて、センスあるじゃない・・・」
  【うろたえるな!! ・・・とは言え、相手がガンダムタイプとは!!】
  ELSの擬態したガンダムタイプのMSに向かって突っ込んでいくグラハム機に、ソルブレイヴス各機も追随する。
  追ってくるELSの攻撃をかわしながら、目の前に迫るELSを撃破する       すぐ間近で閃光が弾けた。
  【イェーガー!!!!!】
  あるはずのない熱風までも感じたような気がした。
  散っていくイェーガー機の欠片が、後方に流れて消えていく      .

  【敢えて、言ったはずだ・・・っ!!!】
  【隊長!!? ポイント336を!!!】
  【あれは・・・・・・!!】
  同僚の死を悼む間もなく、新たな凶報が伝えられる。
  ELSを撃墜しながら確認すれば、MSに擬態したときの何倍ものELSが集結し巨大な艦隊へと姿を変えようとしていた。
  【巡洋艦までもかっ?!!!】
  「だったら、その前に、落とすだけっ!!!」
  【少尉!!!?】
  声を振り切って、ELSの群れを引き付けたまま、は手荒く操縦幹を捻った。

  「・・・・・・はっ! 元エースをナメンな!!!」
  邪魔しようとするELSを一発で仕留めて、巡洋艦として動き出そうとしたELSの横っ腹にビーム砲を叩き込む。
  衝撃による減速も利用しながら、飛行形態から変形、追ってきたELSを迎え撃つ。

  「そんなんで、アタシを落とせると思ってるわけ!!?」
  爆発する巡洋艦型にも、撃ち落したELSにももう興味はない。

  「アタシは、そう簡単にはやられないわよ!!」
  動きを止めることなく、は新たなELS目がけて宙を駆ける。

  「もっとよ! もっとかかってきなさいよ!!! 守るって、決めたんだから!!!!!」

  そう、誓ったのだ。
  兄貴が、アーサーがいる世界を守ると。
  ライアンが生きる未来を守ると。
  ソレスタルビーイングが守ろうとしているものを守ると。
  ラッセが信じているものを守る、と       だから。


  「だから、アタシはここにいる!!!」

  数多のELSを切り落としながら、は高らかに笑った。


  「ここにいるわよ!! アタシは、まだっ!!!」

  そう、決めたのだ。
  これ以上、家族に迷惑はかけないと。
  我が子に何も与えられないなら、最初からこの手を離そうと。
  優しい人たちを、これ以上悲しませないと。
  一緒に生きていけないなら、せめて自由を贈ろうと       だから。


  「だから、アタシを殺してみせなさいよっ!!!!!」

  主砲が、ここが宇宙だと忘れるくらいの明るさで、闇を切り裂いて巨大ELSに向かって走る。
  その光に、の頬を伝うものが反射したが、それは誰の目にも触れず、本人さえも気付くことはなかった。


  「喜んで死んであげるわよ!! この命をかけて、ね!!!!!」
















     serenade / 分かれ道まで歩こう より 「あなたの未来のためにわたしは消えます」

Photo by Microbiz

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