泣くだけ泣いた       そんな気がする。
  実際には涙はほとんど落ちなかったのだが、それでも、もう泣くことに疲れていた。

  トレミーを降りる決意をしたあの時から随分泣いた。
  きっと一生分の涙を使い切ったのだろう。
  涸れきったから、そんなに涙が出なかったに違いない。

  2年前には言えなかった“さよなら”を告げた。
  だから、流した涙もきっと無駄ではなかった       そう思う。
  さよならを告げることで、傷つけた。ミレイナも、フェルトも、ラッセも。
  だけど、これで自分のことを忘れて、過去を振り返らずに未来へ進んで行ってくれると信じてる       きっと。

  「・・・・・・・・・もう、いいよね・・・」

  答えてくれる者のいないコックピットで、は小さく呟いて、そして沈痛に微笑んだのだった。











わたしを忘れてどうか泣かないで











  【       トランザムで最大加速、ELSとの接触を行います。みんな、これがソレスタルビーイングの・・・いいえ、私たちに残されたラストミッションよ!】
  スメラギの通信を操縦席で聞きながら、ラッセはイラついていた。
  理由は、だ。グラハム・エーカーの言葉だ。

        彼女が幸せに見えるのなら、貴様の目が曇っているということだ      .

  「・・・くそっ・・・・・・!」
  悪態を吐いて、ラッセは舌打ちした。
  ミレイナはイアンたちとともにダブルオークアンタの整備へ、スメラギもその作業を確認に行っており、フェルトは刹那に付き添っていて、ブリッジにいるのはラッセだけだ。
  だからこそ、こんなふうに遠慮なく溜息を吐くことが出来る。

  「・・・好き勝手言いやがって・・・・・・!!」
  幸せになど見えなかった。
  だが、自分にどうしろというのだ。
  自分との道は既に別れているというのに      .






  「よぅ、順調かい?」
  ブリッジの扉が開いて、ロックオンが顔を出した。
  「・・・どうした?」
  表情を繕って、ラッセは声をかけた。
  ロックオンは、飄と肩を竦めて、ブリッジへと入ってくる。


  「あれから俺はこの席に座ることが増えたわけだが・・・・・・」
  ラッセの隣の操縦席に手をかけて、にやりと笑った。

  「やっぱり違うんだよな。ここは」
  「・・・・・・・・・」
  「あんただって、そう思ってんだろ?」
  元々はリヒティが、一時はアニューが座っていたその席は、ガンダムで出撃していない場合、ロックオンが座っている。
  操縦中、隣にロックオンがいることにも慣れた。
  それだけの歳月が流れたのだ。

  「・・・俺は慣れたぜ」
  「強がんなよ。慣れはしても、納得はしてねぇだろ?」
  「・・・・・・・・・・・・」
  いつもの皮肉気な口調でなく、静かに呟かれてラッセは口を噤んだ。

  ロックオンに言われるまでもない。そんなことは自分が一番よく分かっている。
  ふっとした瞬間、隣に目をやって、がいないことを改めて認識させられる。
  そのときの、空虚感      .

  「・・・・・・そうだったな、ロックオンもか・・・」
  「・・・まぁな・・・・・・」
  寂しげに微笑んだロックオンに、ラッセはすまない、と小さく告げた。
  自分のことしか見えていなかった。
  自分はを失ったが、ロックオンもアニューを喪っている。
  ロックオンと二人、同じ席に座っていた別々の女性に静かにそれぞれ思いを馳せた。


  「・・・・・・だが、ラッセ。あんたは、俺とは違うはずだぜ?」
  「・・・・・・」
  「あんたは喪ってないはずだ。俺と違ってな」
  ラッセは黙ってモニターを見つめた。

  「まだ、間に合うんじゃねーか?」
  「だが      
  ブリッジの扉が開く音に、ラッセは口を噤んだ。


  「!? ・・・すみません。出直します」
  「かまわねぇよ。多分、同じ話だと思うぜ?」
  開いた扉の向こう側にいるアレルヤに、ロックオンが、にやりと笑いかけた。

  自分は何と言おうとしたのか       だが、反論せずにはいられなかった。
  ラッセは口を閉ざしてブリッジの入口を振り返った。
  困ったように立ち尽くすアレルヤに、再びロックオンが笑いかける。
  「“女王”のことだろ?」
  「・・・思うことは同じなんですね・・・」
  観念したように溜息を吐いて、アレルヤが一歩踏み出した。

  「さんと、ちゃんと話をしてもらえませんか?」
  「!!?」
  「おいおい、こりゃまた直球だね〜。俺でさえ、そんなはっきりとは言ってねぇって」
  呆れたように、ロックオンが肩を竦める。
  だが、その顔は言葉とは裏腹に、満足そうな笑みを浮かべていた。

  「その必要は      
  「“祈り”と“怯え”だって、マリーが言ってました」
  否定しようとしたラッセの言葉を、アレルヤが遮った。
  「さんから、哀しいほどの“祈り”と“怯え”を感じたって・・・」
  「“祈り”に“怯え”だとぉ?」
  首を傾げたロックオンに、アレルヤが頷く。
  「“お願い、お願いだから・・・”って。マリーは、何か大切なことを隠してるみたいだった、って」
  「・・・・・・」
  「今更、“女王”が俺たちに隠しごとだと? しかも“怯え”って何にだよ・・・・・・」
  納得いかない様子でロックオンが腕を組む。

  納得いかないのはラッセも同じだ。
  今更、が何に怯えて、何を祈っていたのか、皆目見当がつかない。

  「・・・ハレルヤも・・・・・・さんの心が、泣き叫んでるって・・・・・・」
  アレルヤの言葉に、ロックオンが降参というように手を上げた。
  「なぁ、答えを知ってるなら教えてくれないか? 元恋人さんよ」
  ロックオンの歪められた口元に、ラッセは肩を竦めた。
  「俺に分かるかよ・・・・・・あいつとは話したが、お前らが言うようなことは無かったぜ?」
  これでこの話はお終いだ、というつもりでラッセは笑ってみせたが、アレルヤもロックオンにもそのつもりは無いようだった。
  「さんと、どんな話を?」
  「どんなって・・・・・・」
  歪められた唇、嘲るような眼差し、皮肉に塗れた言葉、まるで自分の知らない人間のようだった、      .

  「『二度と会わない、もうソレスタルビーイングとは関係ない、仲間でもない。だから、さっさと忘れた方が互いに幸せだ』」

  「・・・他には?」

  「・・・・・・ミレイナに、自分のことは忘れて幸せになれ、と      

  「らしくねぇ。全然“女王”らしくねぇな・・・・・・」
  宙を睨んで呟くロックオンに、アレルヤも頷いた。
  「・・・・・・まるで、“さよなら”を言ってるみたいだ・・・」
  「“女王”のセリフとは思えねぇ・・・」
  「・・・トレミーを降りて、どれだけ経ったと思うんだ? もう俺たちが知ってるあいつじゃないかもしれないぜ?」
  努めて軽い口調で反論したラッセだったが、ロックオンもアレルヤも首を振った。
  「あんたの話だけなら、それでいいかも知れないが、脳量子波で感じたことはどう説明つける?」
  「2年で人はそんなに変われません。それに、さんは変わっていない・・・」
  「・・・・・・だったら、一体何だって言うんだ?!」
  ずっと抱え込んだままの苛立ちに、ラッセは頭を抱えて呻いた。
  「あいつは、俺たちの記憶から消えたいのか?! 消えたくないのか、どっちなんだ!!? 俺に分かるかよっ!!!」

  「・・・・・・だったら、やっぱりもう一度、話をした方がいいんじゃねぇのか?」
  真摯な声で、ロックオンが呟いた。

  「僕も、そう思います・・・ちゃんと、聞いた方がいい。さんがトレミーを降りた理由を」
  アレルヤも静かに頷いた。

  俯いたまま、ラッセは噛み締めた歯の奥で、唸るように尋ねていた。

  「・・・まだ、間に合うと思うか? 俺たちは分かり合えると・・・?」
  「ええ。もちろんです」
  アレルヤの言葉に、ロックオンも微笑み、頷いた。

  「言ったろ? 俺とは違うって、な」
















     serenade / 分かれ道まで歩こう より 「わたしを忘れてどうか泣かないで」

Photo by Microbiz

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