「・・・・・・?」
「どうしたの、沙慈?」
「うん・・・・・・」
不安げに自分を見つめるルイスに安心させるように優しく微笑んで、沙慈・クロスロードはもう一度視線をその人物に向けた。
「・・・似てる、って思ったんだ。僕の知ってる人に・・・」
沙慈の視線を追って、ルイスも顔を上げた。
そこにいたのは、まるで太陽のような金髪の男性だった。
組まれた長い脚から長身と推測できる。
日に焼けた引き締まった手足は、何か屋外のスポーツでもしているからか。
人好きしそうな甘い顔立ちで、街を歩けば間違いなく女性が振り返るだろう。
「沙慈の知り合い・・・?」
「・・・うん・・・・・・もしかしたら」
ルイスは首を傾げた。
沙慈とは住む世界がまるで違う人間に思えたからだ。
沙慈だって優しい顔立ちが素敵だが、漂わせている雰囲気が全然違う。
あの男性を向日葵に例えるなら、沙慈は蒲公英だ。
強さと華やかさ、純真さと優しさは比較対象にはならない。けれど、それぞれどちらも魅力的だ。
見れば見るほど、その男性と沙慈の共通項が判らなくて、ルイスは沙慈を振り仰いだ。
「本当に沙慈の知ってる人?」
「・・・・・・かもしれない。分からないけど」
「だったら、声をかけてみない?」
判断がつかないのか困ったように表情を曇らせた沙慈を気遣って提案したのだが、ルイスの言葉に沙慈は目を丸くした。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「違うよ、ルイス。僕が言ってるのは、ほら 」
もう一度、沙慈の視線をルイスは追いかける。
「 あの子のことだよ」
沙慈の視線の先、あの男性の膝の上に子供の顔が覗いた。
まだ幼い。
やっと一人歩きが出来るくらいか。男の膝をよじ登ったりして遊んでいる。
危なっかしい動きで男の膝の上を動き回り、一度危うく落ちかけたところを男がさっと掬い上げた。
だが、子供が遊ぶのを止めるわけでもなく、男は再び子供のしたいように膝の上で遊ばせ始めた。
「あの、子・・・・・・?」
「うん。あの子」
頷く沙慈の隣で、ルイスは困惑した。
男性以上に、沙慈との接点が分からない。
子供 というよりも、まだ赤ん坊と括った方がしっくりくるような、あんな小さな子と一体どこで 困惑したまま、ルイスはその子を見つめ続けていた。
この暗闇に満ちた世界を照らすのは陽でも月でもなく
「あんた、さっきから何だ?」
かけられた声に、ルイスはハッと我に返った。じっと視線を送ってしまっていたらしい。
子供を膝の上で遊ばせながら、男性がルイスを見つめていた。
まるで青空を溶かしたような瞳の色 そんな感想を持ったことに、ルイスは慌てて言葉を紡いだ。
「ご、ごめんなさい・・・目が離せなくて、つい・・・・・・」
ルイスの言葉に、男性はフッと寄せていた眉を緩めた。
「ここがカフェか何かなら、サンキューって言って済むが 」
飄と肩を竦めて、探るような視線をルイスに向けた。
「ここじゃぁ、そういうわけにもいかねぇんじゃねぇか?」
言われて、ルイスは改めて今いる場所を思い出した。
ここは連邦政府が用意した脳量子波遮断施設の一角だった。
ELSの襲撃に対して、政府が脳量子波を扱える人間を避難させるために用意した場所だ。
確かに、そんな場所には似合わない言葉だっただろう。
「それに、さっきまで一緒にいたの、彼氏じゃねぇの?」
確かに逆ナンを仕掛けるような台詞だったかも知れない。
ルイスは顔に血が上るのを感じながら、飲み物を取りに行った沙慈が早く戻って来てくれることを祈った。
頬を染めたルイスを面白がるように、男はその甘い顔に笑みを浮かべた。
「まぁ、慣れてるけど。こういうの」
「違います!! 私は 」
男の言い方に腹が立って、ルイスは声を荒げた。
「私は、あなたじゃなくて、その子のこと見てたんです!!!」
「へぇ・・・・・・」
信じていないのか 口元に笑みを浮かべたまま相槌を打った男に、ルイスの苛立ちが更に募った。
「知ってる人に似てるって言うから、気になって!!!」
「へぇ・・・」
すぅっと男の目が細められた。
何だろう? この感じ 急に鋭くなった気配に、ルイスは思わず息を詰めた。
「その似てる知人ってのは、男? それとも女性かな?」
怒らせた? でも何で 同じ笑顔なのに、急に冷たくなった男の瞳にルイスは身を縮めた。
「安心しなって・・・ただ、話が聞きたいんだ」
「わ、私じゃなくて、沙慈が 」
「ルイス!」
紙コップを両手に持った沙慈の姿に、ルイスは緊張を解いた。
やっと戻ってきた救世主に、ルイスは涙を堪えた瞳で助けを求めた。
「沙慈・・・・・・」
「どうしたんだい?」
ルイスと男の間に腰を降ろしながら、沙慈は窺うように男に目を走らせた。
男の口元に浮かんでいる皮肉気な笑みをどこかで見たことのあるような既視を感じながら、ルイスに何事かと視線で尋ねる。
「この人、沙慈の知り合いの話が聞きたいって・・・・・・」
「え?」
突然のことに沙慈は首を傾げた。
「どっちでもいいんだが、ライに似てるって言う奴のことが聞きたい」
「・・・・・・」
「いや、その前にそいつと会ったのはいつ頃か、先に聞かせてもらおうか」
そう言って浮かべられた男の笑い顔に、既視感を覚えた理由に気付いた。
彼は似ているのだ、あの人に .
「そんときの状況とかは言わなくてもいい。俺の頭ん中にだけ留めとくし」
「沙慈・・・・・・」
怯えたようなルイスの声を聞きながら、沙慈は空色の目を正面から見つめ返した。
「・・・・・・あなたは誰ですか?」
「おっと・・・そうだな。そこんところも重要だな・・・」
沙慈の質問に男は自嘲の笑みを浮かべた。
やはり、あの人とよく似た笑みの作り方 .
「俺はカイウス・」
「・・・・・・・・・」
「で。こいつがライアン・。俺の甥っ子だ」
膝の上に乗せた子供の頭を一撫でして、男 カイウスは笑みを浮かべたまま、鋭い視線で沙慈を見据えた。
「そして、ライの母親で俺の妹がレジーナ・・・・・・こう言った方が分かりやすいか? ・って」
ああ。やっぱり 沙慈は覚えた既視感に納得した。
・。けして忘れることはない名前だ。
ソレスタルビーイングと行動を共にしたあの濃密な日々の記憶とともに。
沙慈は改めて男の顔を見つめた。
確かに。肉親なら当然だが、とよく似ている。
笑みの浮かべ方なんかはさっきも思ったが、こうやって改めて見てみると瞳の色は違っても眼差しがそっくりだ。
覚悟を問うたときの、仲間の無事を信じたときの、出撃の直前の、彼女の眼差しと。
彼の、カイウス・の言葉を信じてもいいと思えた。
がソレスタルビーイングにいたことも知っているのだろう。そういう尋ね方だった。
それに .
「カイウスさん・・・あなたが知りたいのは、さんのことですか? それとも・・・・・・」
沙慈はライアンを見ながらカイウスに問うた。
「・・・それとも・・・さんの恋人のことですか?」
「やっぱり・・・そっくりなんだな?」
苦笑するカイウスの膝の上で不思議そうに自分を見上げる子供に、沙慈は微笑を浮かべた。
大きな琥珀色の瞳、意思の強そうな眉。
今はやんちゃそうに見えるその全ても、もう少し大きくなればますますラッセに似てくるに違いない。
沙慈の視線にも慣れたのか、ライアンがにこっと笑った。
笑い顔はにそっくりで、沙慈もつられて笑顔になった。
「そんなに似てるか?」
「ええ。さんにも・・・彼にも」
「そうか・・・」
微笑を浮かべて、カイウスはライアンの柔らかな黒髪を撫でた。
カイウスのことを信じると決めたが、ラッセの名前を出していいものか、沙慈は迷った。
結局伏せたのだが、カイウスは気にした様子も無く、すっかり鋭さを削ぎ落とした優しい笑顔でライアンを見下ろしていた。
「あんたがどっちとも面識あるんなら好都合だ」
カイウスの呟きに沙慈は首を傾げた。
「あんたに頼みがある。教えてくれないか?」
何を尋ねられるのかと沙慈は少しだけ身構えた。
ライアンから顔を上げたカイウスが、どこか寂しそうに微笑んだ。
「なぁ・・・あんたから見て、二人は幸せそうだったか?」
想定外の問いに沙慈は目を丸くした。
だが、カイウスの目は変わらず真剣そのものだったから .
「はい。羨ましいくらいに」
沙慈は頷いていた。
トレミーでの二人の姿を沙慈は思い出していた。
「凄く似合いの二人でしたから」
操縦席に座る頼りがいのある背中、語るときの真っ直ぐな眼差しが印象的だったラッセ・アイオン。
テキパキと膨大な量の作業を進めながらも、いつも飄々とした笑顔で気配りをしていた・。
誰かから聞いたわけではなかったが、空気感から二人が恋人同士だということは、鈍い沙慈にも伝わっていた。
二人の間にあったのは浮ついた恋愛感情なんかじゃなくて。
ルイスとの絆を取り戻したがっていた自分にとって、その関係を何だか羨ましく感じていたことを思い出して、沙慈は小さく笑みを浮かべた。
「お互いに尊重し合ってて、大人同士って感じがして・・・僕、とても羨ましかったんです」
素直に伝えて、沙慈は隣に座るルイスの手を握った。
見つめるルイスの視線に、微笑みながら頷く。
「距離感っていうのかな・・・依存せずに、だけどちゃんと相手のことを想い合ってる。そんな二人でしたから」
「・・・・・・なるほど、ね・・・・・・だからか・・・・・・」
「え・・・?」
「良かったな、ライ。どっちにも似てるってことは、将来お前モテまくるぞ?」
呟かれた言葉の意味が判らず聞き返した沙慈に構うことなく、カイウスは膝の上のライアンを覗き込んでニヤリと笑っていた。
「あいつは相当メンクイだからな。お前の父親も相当カッコイイはずだぜ?」
「・・・・・・え? あのぉ・・・」
「但し! 性格は俺に似ろよ。その方が絶対、人生楽なはずだぜ?」
「・・・・・・えっと・・・もういいのかな? ねぇ、ルイス・・・」
既に自分に興味を失ったようなカイウスの態度に、沙慈は苦笑を浮かべるしかない。
困ったように窺えば、ルイスが首を傾げていた。
「・・・・・・似てるかどうか分からない? 相手の男を見たことないの?」
「ルイス?」
難しい問題を出された学生のように、ルイスが眉を寄せた。
「・・・それに母親 って言う人は、どこにいるの?」
周囲を見回して、ルイスはさらに首を傾げた。
「子供をこんなところに置いて? こんな男に預けて?」
どこか怒ったような、懐疑的なルイスの口調に、カイウスが顔を上げた。
「母親はあそこだ」
「?!」
示された先 テレビのニュースがELSの襲来に備えて配備された地球連邦軍の姿を映し出していた。
画面が切換り、遠方カメラが宇宙空間の様子を映し出す。
「・・・・・・あそこって・・・」
「・・・さんも戦ってるんですね・・・彼らと一緒に」
トレミーの操縦席、ラッセの隣に座るの姿を思い浮かべて、沙慈は微笑んだ。
きっと彼らは、あの頃と変わらずにいるのだろう。
どこか懐かしく、沙慈は2年前のことを思い出した。
「・・・・・・こんな男に子供を預けて、さぞ心配でしょうね?」
「ルイス・・・・・・」
カイウスのことが気に食わないらしいルイスに苦笑して、沙慈はライアンを見た。
琥珀色の瞳がじっと沙慈を見つめていた。
「大丈夫。お父さんもお母さんも強いから、きっと無事だよ」
うん。知ってる .
少しでもこの小さな子供を安心させたくて沙慈は微笑んで見せた。
まるで沙慈の言葉が伝わったかのように、ライアンが満面の笑みを浮かべる。
その笑顔につられて、沙慈はさらに微笑んだ。
【 これに伴い、宇宙技師の免許をお持ちの方の技術協力を呼びかけています】
耳に届いたテレビの音声に、沙慈は顔を上げた。
「宇宙技師免許持ってる奴を募るんだとよ」
テレビでは、戦闘予定宙域から離れてはいるが万一のこともありえるため、覚悟して支援活動に志願して欲しいと続けている。
「沙慈・・・」
ルイスが繋いだ手をぎゅっと握りしめてきた。
ずっと感じていた。
ルイスに付き添って脳量子波遮断施設に避難して、それでいいのかって。
自分に出来ることがあるんじゃないのかって まるで、ソレスタルビーイングと行動をしていたあの頃と同じように迷っていた。
あの頃、散々迷ったはずなのに、また自分は同じことで迷っている。
答えは、心は、決まっているはずなのに .
「・・・・・・・・・ルイス 」
「うん。私は大丈夫だから・・・沙慈は、沙慈に出来ることをして」
微笑みながら、ルイスがそう言ってくれた。
「・・・・・・うん・・・ありがとう」
ぎゅっと握り返した手の温もりを覚えていようと思った。
「そういうことなら、お嬢ちゃん。ライのこと、頼んでいいよな?」
「え?」
突然割って入ってきたカイウスの言葉に、沙慈もルイスも目を点にした。
だが、そんな些細なことに構うような性格をカイウスはしていなかった。
ライをルイスの膝の上に移しながら、軟派にウィンクなぞしてみせる。
「俺も技師免、持ってんだよ。偶然だな! 行こうか、沙慈」
「え? えぇ? あのぉ・・・・・・」
「ちょ、ちょっと!! 困るんだけど!!?」
「何が?」
「だって、子供の扱いなんて知らないし・・・・・・」
戸惑うルイスに、カイウスは飄と肩を竦めた。
「問題ねぇよ。そのお姉ちゃんと仲良くしてろよ、ライ」
大丈夫。任せて .
「え?! ちょっと!!!?」
心配ない。無事にみんな帰ってくるから .
慌てるルイスの膝の上で、ライアンがにっこりと笑っている。
「カイウスさん?!!」
「ほら、行くぞ、沙慈」
職員に敬礼で見送られながら、カイウスと沙慈は開いた扉の外へと歩き出す。
自信満々なカイウスの様子に、沙慈は唖然とするしかない。
「・・・・・・・・・・・・カイウスさん・・・あなたって、何者なんですか・・・?」
思わず漏れた沙慈の疑問に、カイウスは楽しそうにニヤリと笑った。
「俺はただのシスコンさ・・・・・・さて。宙に出ちまえば、遠慮せずに話が聞けるな・・・全部聞かせてもらうぜ?」
serenade / 黒と赤に縋る より 「この暗闇に満ちた世界を照らすのは陽でも月でもなく」
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