「 超えるのはガンダムではなくこの少年だ」
そう言って、自らを“ガンダムを超えようと愚行を繰り返した男”と名乗った人物は、昏睡状態に陥っている刹那に視線を向けた。
刹那は必ず目を醒ます そう確信している瞳に、フェルトも静かに同意を示した。
「ん? ・・・・・・どうやら、部下が迎に来たようだ」
「? !!?」
何のことかと男の視線を追って、フェルトは思わず息を呑んだ。
分からないことが多すぎたのです
「どうして・・・どうして・・・・・・?」
ソルブレイヴス隊が着艦したことは知っていたが、ずっと刹那の傍にいたフェルトは、その隊員たちの名も顔も確認していなかった。
そのため、その中に懐かしい人がいることを今の今まで知らなかった。
驚くフェルトに構わず、男が不満を隠そうともせず口を開いた。
「まだいいと思うのだが?」
「・・・・・・少佐、これ以上ここで何を?」
「なるほど。君がそう言うなら、ここに我々がいる意味はないようだな」
「・・・・・・嫌な人」
言われた男は、悠然と口元を歪めて肩を竦めてみせた。
まるで自分のことなど視界に入っていないように会話をする、その人物の名をフェルトは震える声で呼んだ。
「・・・・・・、さん・・・・・・」
「・・・刹那は目覚める。・・・そう信じてるんでしょ?」
「・・・・・・さん・・・!」
フェルトに視線を向けることなく彼女は、どこか困ったように笑みを浮かべた。
「ミレイナ同様綺麗になっちゃって・・・ 笑ってる方がフェルトは魅力的なんだから」
「さん・・・!!」
漸くフェルトに視線を向けてが僅かに微笑んだ。
「髪型、ショートも似合ってる」
そう言って優しく微笑んだの笑顔は昔と同じ笑顔だったのに、フェルトは違和感を覚えた。
「・・・・・・、さん・・・・・・?」
小さく呟いたフェルトから視線を外して、は疲れたように体を壁に凭れさせた。
そんなの様子に目敏く気付いた男 グラハム・エーカーが眉を寄せた。
「随分と悪そうだ」
「・・・平気です」
フェルトには理解出来ない言葉で、グラハムとがやりとりをする。
主語も目的語もない会話 フェルトは先ほど覚えた違和感の正体に気がついた。
の顔色が悪い。それに、随分と痩せた。
懐かしさばかりが先立って気付けずにいたが、改めてを見れば、どこか無理をしているようにフェルトには感じられた。
まるで、どこか悪いのにそれを無理矢理隠しているような .
「・・・さん・・・・・・どこか具合悪いんですか?」
「いいえ」
「その言葉が無意味だと自覚したまえ」
フェルトの言葉を間髪いれずに否定したに、グラハムが呆れたように口を挟んだ。
壁に凭れたまま、がグラハムを睨む。
「大丈夫です。先ほど薬も飲みましたから」
「あの薬を飲むほどだったということだな」
「ですが、今はもう治まっていますので」
「だが、万全でないのは一目瞭然だ」
「もうこれがアタシにとっての“普通”ですから」
言い合いながらも、は壁に背を預けたままだ。
詳しいことは分からなくても、が何か問題を抱えていることはフェルトにも理解できた。
「さん・・・大丈夫なんですか?!」
「平気よ」
「そうは見えん」
否定しているが、が随分と疲弊しているのが伝わってくる。
以前、が寝不足で倒れたときよりも、イノベイターと戦い重傷を負ったときよりも、今のの方がずっと顔色が悪い。
フェルトが知る限り、こんなに辛そうな彼女は見たことがない。
「・・・・・・さん・・・」
「とにかく隊長、ELSを追わないと手遅れになります」
フェルトを遮って、がグラハムに進言する。
上官を促して、心残りなど何もないとばかりにトレミーを去ろうとするの態度に、フェルトは流れた歳月の長さを突きつけられたような気がした。
すでにの中では、ソレスタルビーイングでのことは過去になっている そのことがとても寂しかった。
「・・・さん・・・・・・」
けれど、どんなに寂しくても、今ここでこのままと別れてはいけないことぐらい、フェルトにだって分かっている。
彼女には、遣り残したことがあるはずだ。ソレスタルビーイングに、このトレミーに .
「さん・・・ラッセさんには・・・・・・」
「会った」
「?!!!」
フェルトは思わず驚愕に目を見開いた。
自分には無理でも、ラッセになら、を止められると思っていた。ラッセにしか、を取り戻すことは出来ないと思っていた。
なのに .
「そして、二度と会わない」
「!!!!!?」
ラッセと向かい合って、話をすれば なのに、はそれでも去っていこうとしている。
ラッセの声さえ、もうには届かないのなら、自分の声なんて届くはずがない。
二度と会えなくなる予感に、フェルトは思わず涙ぐんだ。
「フェルトも・・・早く忘れて 」
「嫌ですっ!!!」
堪え切れなかった。
フェルトは叫んでに手を伸ばした。
「私は っ!!?」
掴んだ腕の細さにフェルトは言葉を呑み込んだ。
冷え切った指先にフェルトは困惑に視線を上げた。
「 ・・・さん・・・・・・」
見上げたフェルトの視線の先、想像していたよりも随分と優しい瞳があった。
今までの冷たい言葉が全部嘘だと思わせるような、綺麗なアメジスト色の宝石 浮かべる微笑は、以前と同じ温かさと、はっきりと分かる儚さを刻んでいた。
「・・・・・・ごめん、フェルト・・・ごめん・・・・・・・・・」
「、さん・・・・・・?」
フェルトの手をそっと振り払って、はグラハムへと視線を向けた。
「行きましょう、隊長」
「・・・ああ。分かった・・・・・・・・・ところで 」
グラハムは首を傾げた。
「 ラッセ、が君の過去か?」
グラハムの質問に、が溜息を吐いた。
「・・・・・・何を考えてるんですか?」
「一発殴りに行くべきか否か、と」
「・・・・・・必要ありません・・・・・・無用です。アタシは彼を選ばなかったんだから・・・」
「ふむ。それもそうだ」
納得するグラハムに、は苦笑を漏らした。
「兄貴に何を聞かされてるか知りませんけど・・・・・・もう、無理なんです・・・」
「勘違いしてもらっては困るな。私は君たち兄妹にそこまでするつもりはない」
フェルトに背を向けていたため、がどんな顔をしていたのかフェルトには分からなかった。
「それを聞けて安心しました。アタシはもう、彼のことなんて忘れたんですから・・・・・・行きましょう、少佐」
「ああ・・・・・・少年、次に会うときは戦場だ」
最後の言葉は未だ意識の戻らぬ刹那に送って、グラハムは足を踏み出した。
は既にその前を歩き出している。
遠ざかっていく背中を見つめながらフェルトはぎゅっと手を握り締めた。
思い浮かぶのはの儚い笑顔 .
「さん・・・・・・あなたがトレミーを去った本当の理由って、何なんですか・・・・・・?」
serenade / さよならのわけ より 「分からないことが多すぎたのです」
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