「?」

  「ん? ・・・・・・あぁ、ごめん」
  謝罪の言葉を口にして、はモニターに映し出されたデータを巻き戻した。

  「ごめん、どこだったっけ?」
  「ここだ。206から210へのシステム切替時に、タイムラグがあるようなんだが」
  「エンジンは正常・・・となると、やっぱりシステムエラーよね・・・」
  ラッセは、眉を寄せるの横顔を盗み見た。

  どことなく疲れているようだ。
  薄っすらと目の下に浮かぶ隈もそう思わせる要因の一つだ。それに、少し痩せたようだ。

  ミレイナから、独占しすぎでさんが食堂にすら来てくれないです、と文句を言われた。
  フェルトから、定期の健康診断を忘れてしまうほど忙しいようだから気遣ってあげて下さい、と言われた。
  スメラギにも、が大切ならちゃんと気にかけなさい、と以前から忠告され続けている。
  そればかりか、リンダにまで(やんわりとだが)に無理をさせないように、と釘を刺された。
  まるでと恋仲なのは彼女等のような言われようだ。

  (そんなに俺がを想っていないように見えるのか・・・?)
  それは少々、いや正直かなり心外だ。


  「216から700までエラーは見当たらないけど、ここまでで気になるところってある?」
  盗み見ていた横顔が、急にラッセの方を向いた。
  「・・・・・・・・・悪い。もう一度頼めるか?」
  モニターではなくの顔を注視していたため把握出来なかった。
  気まずさを押し込めて聞き返したラッセに、が苦笑を浮かべる。
  「大丈夫? 疲れてるんじゃない?」
  それはの方だろう       そう言いそうになるのを堪えて、ラッセは肩を竦めた。
  「問題ないさ。それに、疲れてるとしても、それは俺だけじゃないだろう?」
  「でも、ラッセが一番大変だし・・・疲れてるんじゃない? やっぱり」
  言外にのことを指したつもりだったのだが、当人には伝わらなかったらしい。
  心配そうな瞳のままが溜息を吐いた。
  「ティエリアもアレルヤもいないトレミーで、ラッセに求められるものが多過ぎるよ」
  「そんなことないだろう?」
  「あるよ。元々狙撃手のラッセに操舵まで任せて・・・・・・アタシが代われればいいんだけど・・・」
  心底それを悔やんでいることが伝わってきて、ラッセは慌てて首を振った。
  「馬鹿言うなよ! は充分やってるだろ?」
  「・・・ありがと」
  は微笑んだが、ラッセには自分の言葉がちゃんと伝わっていないような気がした。


  お世辞でも慰めでもなく、は自分の仕事に責任を持ってやっている。
  だから、何も悔やむ必要なんかない       そう伝えたいのに、この気持ち全てを伝え切れていないような気がする。

  実際、は充分働いている。
  先のイノベイターとの最終戦で機体が大破したマイスターたちのために、イアンやリンダたちとともに日夜、新たなガンダムの開発に勤しんでいる。
  その合間に、フェルトとともにトレミーのシステムを再構築したり、ミレイナと日々の雑務をこなしている。
  時には、ロックオンの模擬戦に付き合ったりまでしているらしい。

  は、出来ることをちゃんとやっている。
  右耳の聴力を失ったに艦の操舵をさせるとか、三半規管に傷を負ったにMAで戦闘をさせるとか、そんなことはソレスタルビーイングにいる誰一人期待していないことなのだから。

  だから、そんなに寂しげに笑うことなんかないのに       想いが伝わり切らない、歯痒い感覚を最近よく感じている。


  「・・・出来ること、ちゃんとやらないと、ね・・・」
  そう呟いて、は再びモニターに向き直った。
  「126までの基本項目にも問題はないから、やっぱりそれ以降で原因があるみたい」
  「そうか・・・」
  「とりあえず、205からショートカット出来るように応急処置しておくわ。それでいい?」
  「ああ、頼む」
  「了解。エラーは、こっちで確認して修正かけるから。ちょっとだけ辛抱して頂戴」
  「ああ。助かるよ」
  「どういたしまして」
  言葉を交わしながらも、は作業を進めていく。
  僅かに微笑を浮かべたその横顔を、ラッセは再び見つめた。

  「なぁ、      
  「なに?」
  は、作業する手を止めずに聞き返した。

  「俺は、さえ傍にいればいい」

  の手が止まった。
  ラッセはその横顔を見つめたまま、口を開く。

  「俺は、と一緒なら他には何も要らない」

  の視線が、見つめるラッセの視線と正面からぶつかった。
  その瞳があまりに真っ直ぐで、ラッセは気恥ずかしくなって表情を緩めて苦笑を浮かべた。

  「      なんてカッコイイことは言えないか・・・今は変革への大切な時期だし、俺はソレスタルビーイングのラッセ・アイオンだからな・・・」

  逸らされることない真っ直ぐな瞳を、ラッセは苦笑を浮かべながらも見つめ返した。

  「・・・だけど。これだけは言っておく。俺は、何よりも、誰よりも、お前を大事に想ってる」
  「・・・・・・・・・」
  「は、俺にとって一番大事な存在なんだ」

  ちゃんと伝わっただろうか? ラッセはの瞳を覗き込んだ。

  宝石のようなその静かなアメジストの美しさに吸い込まれていく       と向かい合うと、いつもそんな感覚を覚える。
  澄み切ったその色に、自分の心の中が全て溶けていくような       綺麗過ぎて怖いくらいだ。
  だから、かも知れない。言葉で想いを伝えきれない歯痒さに、こうやっての瞳を見つめるようになったのは。
  こうやって見つめ合って、もっと深いところで分かり合えるような       不意に、の瞳が笑った。

  「どうしたの? 急にそんなこと言い出すなんて・・・本当に疲れてるんじゃない?」
  「そうか? そんなこともないと思うが・・・」
  「少し、休んだ方がいいよ。責任もってやっておくから」
  呆れたように笑うに、ラッセも苦笑いを浮かべた。

  確かに少々クサイ台詞を言い過ぎた気もする。
  口にした言葉に偽りはないが、今更気恥ずかしさが湧いてくる。
  (・・・気付かないうちに、俺も疲れてたのか?)

  いつもなら言わないことを口にしたのを疲労のせいにして、ラッセは立ち上がった。
  「そうだな・・・少し休むことにするか。も、程々にして休息しろよ?」
  「ありがと。これ片付けたら、そうさせてもらうわ」
  微笑みながら、もディスクを手に立ち上がった。


  扉が開く前に、軽く触れるだけのキスをして、互いの部屋へとそれぞれ向かう。

  今更湧き上がった、自分の言葉に対する気恥ずかしさにラッセは苦笑を浮かべて部屋へと急いだ。
  だから、ラッセが気付かなかったのを責めることは出来ない。
  は、遠ざかるラッセの背中から視線を引き剥がして、心を決めた。





















  「ヴェーダ・・・いいえ、ティエリアと話が、交渉がしたい。お願いできる?」

  演算装置に囲まれた部屋の片隅、立体映像が映し出される。

  【・・・交渉とは、穏やかじゃないな】
  「そうね。アタシがトレミーを降りることを認めてもらいたい」
  淡々とした言葉に、年月を経ても容姿が変わることのない彼は探るように目を細めた。
  【一時的に?】
  は顔を上げ、真っ直ぐにティエリアを見つめて、迷いなく口を開いた。

  「言い直すわ。アタシがソレスタルビーイングを辞めることを許可して欲しい」

  予想していなかったわけではない。
  ヴェーダの弾き出した可能性の一つとして、認識はしていた。だが      .
  【簡単には許可できない。情報漏洩の危険も      

  「だから、ここからが交渉よ。アタシはソレスタルビーイングの一切を忘れる。口外しない。
   その代わり、ソレスタルビーイングは、及びレジーナ・を忘れる、干渉しない。もちろん、これから先も」

  【・・・なるほど。許可しなければ、すぐにでも情報を公開する・・・そういうわけか・・・】
  立体映像ながらも、ティエリアは皮肉気に唇を歪めた。
  その手元にデータが表示される。

  【・・・・・・これが原因なのか?】
  「・・・ええ。そう思ってもらって構わないわ」
  僅かに表情を強張らせて、が頷いた。
  その瞳に宿る決意の固さに、ティエリアは溜息を吐いた。

  【・・・・・・考え直す気は? ラッセ・アイオンには伝えたのか?】
  「その必要はないわ」
  【本当に?】
  「ええ」
  しっかりと頷いたに、ティエリアは眉を寄せた。

  【・・・・・・もし、彼が引き止めたら、あなたはソレスタルビーイングに残るのか? それとも・・・】

  ティエリアの質問の意味を的確に理解して、は退廃的な笑みを浮かべて、はっきりと告げた。


  「ラッセは止められない。アタシは同じ結論に辿り着く。だから、アタシたちはこれでお終いなのよ」
















     serenade / さよならのわけ より 「伝えてはいけないから」

Photo by Microbiz

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