トレミーは順調にホロムズ海峡付近の海中を航行している。

  ラッセはちらりと隣へ視線をやった。
  つい先日もへ、ちらりちらりと視線を送っていたように思う。
  (・・・・・・何なんだ、いったい・・・・・・?)
  まず、ロックオンのところへ行っていたと思われるフェルトが戻ってきた。
  無言で作業をする姿は、いつもより元気がないように見えた。

  そして大分間をおいて、フェルトの様子を見に行くと言っていたがブリッジへ入ってきた。
  こちらも無言で作業を続けている。

  つい最近、どこかで見たような光景だ。
  今日は前髪が濡れてはいなかったが、表情が暗い。明らかに、暗い。

  ブリッジの右半分に、何だかよく分からないが重たい空気が沈殿している。
  (・・・・・・・・・何か、あったのか・・・?)
  に尋ねてみたいが、先日と違って、今日はミレイナもフェルトもいる。
  下手に訊いて、ミレイナにとの関係について探りを入れられるのも遠慮したい。

  結局、ちらちらとに視線を送るのみだ。
  (・・・・・・どうするか・・・・・・)
  どうしたのか訊きたい。
  だが、この重たい空気を払拭するだけの言葉をラッセ自身は持っていない。

  ミレイナ辺りが何か軽いことを言ってくれないかと他力本願に願ってみた。


  「6つの敵が、高速で接近してくるです!!」
  願っていたミレイナの言葉だったが、その内容にラッセは声を荒げた。
  「そりゃ、魚雷だ!!フェルト!!!」
  「GNフィールド最大展開!」
  フェルトが素早く反応した。

  GNフィールドに中った魚雷が爆発し、その衝撃にトレミーが大きく揺れる。
  「魚雷の他にも反応・・・・・・新型?!」
  「トナーを無効化されたです!!」
  「この深度で動ける敵だとっ!!?」
  が呟き、ミレイナが状況を伝えてくるが、索敵も出来ない状態ではどうしようもない。

  緊張が走るブリッジに、フェルトが再び声を上げた。
  「第二波、来ます! 大型魚雷!!」
  「GNフィールド突破されたです!」
  「くそっ・・・・・・!!」
  衝撃に堪え、唸るように呟いて操縦桿を握り締めた。

  「下部コンテナに浸水!」
  フェルトが被害状況を伝えてくる。
  (くそっ、どうすればいい、どうすれば・・・・・・!!!)

  「・・・ガンダムを出すしかない・・・ラッセ」
  が冷静に指示を出した。

  ラッセは操縦桿を握る手に力をこめた。
  この深度ではガンダムは発進できない      .
  「トレミーを浮上させる、ガンダムを出せる深度へ!!」
  そう言って浮上を開始した直後に、衝撃が襲った。その揺れに、ミレイナが思わず悲鳴を上げる。
  (海上からの爆雷!!!? くっそう・・・・・・)
  思わず操縦桿を握る手を戻しそうになった。

  「・・・ケミカルボムでしょうね・・・・・・それでも、現状の打破には浮上させるしかないわ」
  混乱するブリッジには不釣合いな冷静さで、が操縦桿を支えていた。

  「・・・・・・ラッセ、トレミーからの砲撃は可能?」
  の声に、ラッセより先にフェルトが反応した。
  「駄目です! 船体を覆った樹脂で、砲門が開きません!!」

  「・・・舵は?」
  「駄目だ、きかん!! くそう、敵は何処だ!!?」

  「Eソナー使用不可です!」
  「打つ手なしかよっ!!!」
  ミレイナの報告に、嫌な汗が伝い落ちる。
  (      こんなところでっ!!!)


  「落ち着いて」


  背後から聞こえた声に、思わず振り返った。

  「手はあるわよ」
  「スメラギさん!!」
  嬉しそうにフェルトが声をあげた。

  いつの間にブリッジに入ってきたのか、4年前と同じ姿がそこにあった。

  「もうすぐ爆撃が止む」

  前を真っ直ぐに見据えて語るその姿に、ブリッジ内が落ち着きを取り戻す。
  4年前と同じ信頼がそこにあった。

  「そして、海中の敵がこちらに接近し、直接攻撃を仕掛けてくる」

  その言葉通り、船体に衝撃。
  けれど、今度は誰も悲鳴を上げたり、狼狽したりしなかった。

  「敵艦、船体左舷に突撃しました、被害甚大! このままでは圧壊する恐れも!!」
  フェルトのその報告に、スメラギは、にやりと笑みを浮かべた。

  「ラッキーね、私たちは」

  「何をっ?」
  思わず問い返したラッセに、スメラギが不敵に笑った。

  「索敵不能の敵がそこにいて、トレミーはガンダム出撃深度まで到達している。
   しかも、敵は下部コンテナの注水時間まで短縮してくれたわ」

  スメラギの言葉に、ラッセは深度計を確認した。
  確かに、スメラギの言う通りだった。


  すぐにセラヴィーが発進し、トレミーから敵MAを引き剥がす。
  ケルディム、ダブルオーも発進し、次々と海中の敵MAを撃破していく。
  アリオスも、海上へと飛び出していく。
  (・・・・・・助かった・・・・・・)
  ガンダム各機はまだ戦闘中だが、ラッセは安堵の息を吐き出した。

  さすが、スメラギ・李・ノリエガだと思った。
  ソレスタルビーイングには、彼女が必要だ。

  ふと隣へ目を向ければ、は何事もなかったかのように黙々とガンダム各機のサポートを行っている。
  (・・・・・・サンキューな、・・・)
  その横顔に、心の中で礼を言う。
  あの時、が冷静に浮上の指示を出していなければ、ガンダムはまだ発進できていなかっただろうし、最悪今自分は生きていない。


  「ダブルオー、海上でアヘッドと交戦中」
  「アリオス、被弾したです!」
  「新にMS隊がこちらに向ってる・・・・・・」
  スメラギが表情を厳しくした。
  の報告に、ラッセも操縦桿を握る手に力を入れた。

  その隣で、しかし、が眉を寄せた。
  「・・・けど、アロウズじゃない。これは・・・カタロン?」

  「アロウズ、撤退していきます!」
  フェルトの報告に、ラッセは肩の力を抜いた。
  ブリッジの中に、安堵した空気が流れる。


  「・・・カタロンから通信・・・・・・マリナ・イスマイールとの面会を希望・・・どうする、スメラギさん?」
  そう言って、がスメラギを振り返った。

  「そうね・・・・・・」
  考え込むスメラギから、がふいっと視線を外した。

  小さく、本当に小さく息を吐く。
  「・・・・・・躊躇ってるのは、アタシの方か・・・・・・」

  (      ?! ・・・・・・・・・?)
  隣にいるラッセにしか聴こえなかった。
  どこか諦めたように、息を吐くのその横顔を、ラッセはただ見つめていた。





















  「・・・・・・サイズ、合わないの・・・きつくて」

  スメラギ・李・ノリエガが、制服を着てブリッジへ現れた。
  恥ずかしそうに裾を引っ張るスメラギの様子に、一瞬驚いた顔をしたフェルトだったが、すぐに嬉しそうに微笑んで席を滑り降りた。

  「すぐに、他の用意します」
  走って制服を取りに向うフェルトに構わず、スメラギに近づいたイアンが、にやりとイヤらしく笑った。
  「わしは、そのままがいいな」
  「セクハラです、パパ!」
  イアンの言い方に、ミレイナが頬を膨らませた。

  「スメラギ・李・ノリエガ」

  名前を呼びかけた刹那に、スメラギが照れたように笑った。

  「・・・改めて、よろしくね」
  そう言ったスメラギに、皆が頷いて答えた。

  皆の眼差しが優しくて、スメラギは嬉しくなって微笑んでいた。

  「パパ!! 目がいやらしいです!!!」
  とうとうミレイナが席を離れて、スメラギを守るようにイアンとの間に立ちふさがって声を張り上げた。
  そして、キッとブリッジの男性陣を睨み付けた。
  「みなさんも、いつまで見てるんですか?! アイオンさんも、セクハラです!!!」

  ミレイナの剣幕に押され、苦笑を浮かべながら操縦席へ戻ったラッセは、隣の席が空いていることに気付いた。
  (      ?)
  いつの間にブリッジを出て行ったのか、の姿は見当たらなかった。











  「      アタシは、これでいいの? これで・・・・・・・・・みんな戦っているのに・・・・・・」

  拳を壁に叩きつけて、思わず吐露していた。

  「・・・アタシに、出来ること・・・でも      

  背後から微かに聞こえる笑い声に背中を押されるように、ふらりと踏み出す。

  「・・・・・・・・・戦うしかないの? ・・・・・・また、戦うの?」

  扉の中へ足を踏み入れ、顔を覆った。

  「      嫌だ・・・アタシは、アタシは・・・・・・ラッセ・・・・・・・・・」

  背後で閉まった扉に背中を預けるように、ずるずると座り込み、立てた膝の間に顔を埋めた。
  聞こえるはずがないのに、扉の向こうの温かな笑い声がまだ聞こえるような気がして、きつくきつく目を閉じた。






  「      さん・・・・・・?」
  替えの制服を手にしたフェルトが、閉まった扉を見つめていた。
















Photo by Microbiz

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