「指定ポイントに現れる者はおりません・・・お嬢様、ソレスタルビーイングは本当に来てくれるでしょうか?」
「わたしに分かるわけないわ」
紅龍の言葉に、王留美は冷たく返した。
ラグランジュ5 エクリプスに辿り着いて、もうどれくらい経っただろう。
ネーナ・トリニティの造反 想像もしていなかった。まさか、この自分を裏切っていただなんて!!
王留美は、負傷した右腹部を押さえた。
痛みはあるが、こんなことで挫ける自分ではない。
この情報をソレスタルビーイングに渡す。
そして、再び世界の変革を促す それが、自分の役割だ。
「・・・来なければ、世界はイノベイターのものとなる。リボンズ・アルマークのものに・・・・・・」
「ネーナ・トリニティは、いつからイノベイター側に 」
紅龍の言葉に、我慢が限界を超えた。
「質問ばかりしてないで、自分で考えなさい!!」
王留美は、声を荒げた。
「あなたがそうだから、わたしが王家の当主にさせられたのよ!!!」
王留美の言葉に、紅龍の顔が引き攣った。
しかし、王留美は構わず続けた。
「お兄様に、当主としての器がなかったから、わたしの人生は歪んだ・・・だから、わたしは世界の変革を望んだの!!」
一度溢れ出した感情は止まらなかった。
「地位や名誉、資産すら引き換えにしても・・・そう、わたしは人生をやり直し、わたしだけの未来を手に入れる!!」
驚愕の表情を浮かべる紅龍を睨みつけた。
「・・・最後まで付き合ってもらうわよ、紅龍。あなたには、その責任があるわ」
【なにそのベッタベタな理由!?】
突然割って入った声に、王留美と紅龍は振り返った。
外側からは開かないように設定したはずの扉が、軽やかに開いた。
「くっだらない・・・やっぱりあんた、馬鹿よ」
「ネーナ・トリニティ!!」
「あたし、あんたが大嫌い」
二人の驚愕に答えず、ネーナは銃を王留美に向けた。
「さよなら、お嬢様」
「留美!!!」
銃声と、紅龍の叫び 衝撃と痛みを予測して閉じていた目を、王留美は恐る恐る開けた。
「紅龍?!!」
衝撃も痛みも感じなかったのは、紅龍がその身を挺して、ネーナの銃弾から王留美を守ってくれていたからだ。
「どきなって!!」
叫んでネーナがさらに銃を撃つ。
しかし、紅龍は庇うように王留美の体を抱え込んだ。
「・・・お兄様・・・?!!」
「りゅ、留美・・・・・・」
その体に、容赦なく銃弾が撃ち込まれているのに、紅龍は怯まずに王留美を抱えたまま床を蹴った。
王留美を守ったまま扉まで移動し、その体を開いた扉の向こうへ押しやった。
「生きて・・・・・・!!」
「お兄様!!!!!」
閉まる扉の向こうで、留美の顔が泣きそうに歪んだ。
(・・・・・・泣かない妹だったのに・・・・・・)
最後ぐらい、兄らしいことをしたかった。
どんな我侭でも、どんな邪険にされても、結局自分は妹が、留美が大切だった。留美のためなら、この命ぐらい・・・・・・
扉が閉まるのを確認して、紅龍は振り返った。
もう自分は助からない。だったら、せめて・・・・・・
「ここは !!?」
「邪魔だって」
ネーナの放った弾丸が、紅龍の頭に吸い込まれた。
紅龍が最後に想ったのは、大切な妹のことだけだった。
建設資材が乱雑していたため、ダブルオーでの接近を諦め、機体は沙慈に預け、刹那は単身でエクリプス内へと進入した。
油断なく辺りを見回しながら、内部を進んでいた刹那は、扉を開けた先に何者かがいるのを発見した。
「!? ・・・刹那・F・セイエイ・・・・・・」
「王留美・・・」
まさかこんなところで会うとは思わず、刹那は驚きながら距離を詰めた。
その王留美の顔色が悪い。
腹部を押さえているのを見て、刹那は眉を寄せた。
「どうした? 怪我をしているのか?」
「・・・なんでもありません。それより、これを・・・」
差し出された紙片に、刹那は違和感を感じた。
わざわざ、これのためだけに呼び出した・・・?
「何だ?」
「ヴェーダ本体の所在が、記されています」
「ヴェーダの本体が?!」
刹那は驚いて紙片を見つめた。
「イノベイターにこのことを知られたら、ヴェーダを移送されてしまう・・・・・・一刻も早く、ヴェーダの奪還を!!」
「了解した」
刹那は紙片を受け取った。
どうしてそんな情報を王留美が持っているのか、今は詮索している場合ではないと判断した。
この情報が本物なら、それはこの戦いを終わらせる重要な鍵になる。
「ここから脱出を」
刹那の言葉に、王留美は首を振った。
「わたしは、あなたとはいけないのです・・・わたしのことは心配しないで」
その瞳に、善意だけでない何かを見つけてしまった。
イノベイターと同じ、歪み・・・・・・
「・・・・・・分かった」
頷いて、刹那は踵を返した。
脱出用の小型ポットに乗り込みながら、王留美は呟いた。
「・・・あなたたちとはいけないのよ。求めてるものが違うんだから・・・・・・」
ソレスタルビーイングが求めているのは、戦いの無い世界だ。
だが、自分は違う。
自分はさらにその先を求めているのだ。
ダブルオーライザーとは別の方角へ脱出しながら、王留美は唇を歪めて笑った。
「ソレスタルビーイングも、イノベイターも、お兄様の命も捧げて、変革は達成される!!
わたしは、その先にある、素晴らしい未来を 」
【そんなもの、あるわけないじゃない!!】
脱出ポットの前に、禍々しい紅い粒子を帯びた紅いガンダムが立ち塞がる。
ガンダムスロウネ ネーナ・トリニティだ。
「ネーナ!! どうして!!!?」
【言ったでしょ? あたしはあんたが大嫌い。あんたに従ってたの、生きてくため】
自分は頼るべき場所を、仲間を失ったネーナに、居場所を、生きるための全てを与えてやったというのに .
【ちょっと愛想よくしたら、すぐ信じちゃって】
構えられるビームライフルに、王留美は、それでもまだ自分の命の危機を実感できなかった。
【・・・でもね、あんたの役目は終わったの!!】
放たれたビームが、視界を真っ白に染めた。
惜しくない? それは、あなたが平和の中にいるからでしょ .
大嫌いだった女に言われた一言が、最後の瞬間、何故か頭に浮かんだ。
今更、それを実感した。
しかし、それを後悔する間も、王留美には残されていなかった。
一撃で砕け散ったポットに、ネーナは高笑いを続けた。
面白くて仕方なかった。
「木っ端微塵ね!! 散々人をモノのように扱ってきた罰よ!!!」
ネーナは歪んだ笑いを浮かべた。
「あたしは生きるためならなんでもやるの。あたしが幸せになるためならね・・・・・・そうよ。イノベイターに従ってるのもそのため・・・」
脳裏に、憎くてたまらない男の顔が浮かんだ。
「・・・そうよ。にぃにぃずの仇だって、討っちゃいないんだから! そのときが来たら、盛大に喉元喰いちぎってやるから!!」
「ソウイウ君ノ役目モ終ワッタヨ!」
「ハロ?」
突然喋りだした紫ハロに、ネーナは首を傾げた。
長年一緒にいる紫ハロが、初めてみるもののような違和感があった。
「勝手スル者ニハ罰ヲ与エナイト」
ネーナは、はっと表情を強張らせた。
こんなことを出来る存在を、自分は知っている .
「イノベイター!!?」
「フフフフフ。君ヲ裁ク者ガ現レルヨ・・・」
気付いたときには、強力なビームの一撃が迫っていた。
「何っ?!!」
【あのガンダムだ・・・ママと、パパを殺した・・・あのときのガンダム!!!】
ぎりぎりで何とか避けたものの、機体の損傷は激しい。
ネーナは唇を噛み締めた。
【お前が、お前が、ママとパパをっ!!! 死ね!! ガンダム!!!!!】
放たれるビームが、有り得ない角度で屈折する。
ネーナは操縦幹を握り締めた。
【家族の、仇っ!!!!!】
放たれるビームが、スロウネをどんどん破壊していく。
もう、戦える状態ではない。
兄たちの仇も討てずに、こんなところで ぼろぼろのスロウネのコックピットで、ネーナは叫んだ。
「家族の仇?! あたしにだっているわよ!! 自分だけ、不幸ぶって!!!」
レグナントの一撃が、スロウネを木っ端微塵に破壊した。
【ふふふふふ・・・ガンダムを倒した・・・・・・やったよ、パパ! ママ!! あたしやったよ!!! よくやったって、褒めてよぉ・・・!!!】
ルイスの叫びは、真っ暗な宇宙に呑み込まれていった。
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