「」
声をかけたラッセに気付いたが、微笑みながら近付いてきた。
「休憩中?」
「ああ。そっちはまだ忙しそうだな」
手元の紙コップを見て尋ねたに頷いて、ラッセはの分の珈琲を淹れようと腰を浮かせた。
だが、が首を振ってそれを断った。
「珈琲飲みすぎて嫌いになりそうだから」
ありがとう、と呟いたの微笑みも、何だか疲れている。
気になるほどではないが、目の下にも微かに隈が浮かんでいる。
「大丈夫か?」
「そうね、もう少し時間が必要かも。それまで情勢が保ってくれればいいんだけど 」
「そっちじゃなくてだな・・・」
相変わらずなに苦笑して、ラッセはの手にそっと自分の手を重ねた。
「また無理してないか?」
ラッセの言葉に、漸く自分の勘違いに気付いたが困ったように肩を竦める。
「無理してるつもりはないんだけど・・・ラッセがそう言うなら、ちょっと自重するように気をつけるわ」
「昨日も随分遅くまで仕事してたみたいだしな。ちょっと心配なんだよ」
「ありがと」
そう言って、は小さく溜息を吐いた。
「中東もまだまだキナ臭いのに、以前から孤立しかけてた独裁国家が世代交代しそうで。
ちょっと何か仕掛けてきそうな雰囲気なのよね・・・連邦も黙って見過ごしたりはしないだろうけど。
何か起こる前に、ソレスタルビーイングも準備だけはしておいた方がいいだろうし 」
「そうだな。相変わらず人手不足か・・・」
ラッセも小さな溜息を吐けば、が苦笑しながら頷いた。
地球外変異性金属体と人類との戦闘の末、セツナはELSとの共存を模索するために外宇宙へと旅立った。
アレルヤとマリーもソレスタルビーイングを離れて静かに暮らしている。
ELSとの戦闘の後、世界は少しずつ一つに纏っていこうとしている。
それでも、世界のあちこちにはまだまだ戦争の火種が燻ぶっている。
軍縮を進めている連邦政府軍と同様に、ソレスタルビーイングも少しずつその存在意義自体が失われていくだろう。
だが、今はまだソレスタルビーイングの戦争抑止力が必要だ。
介入行動が始まれば、アレルヤはソレスタルビーイングに合流するだろう。
それでもガンダムマイスターはアレルヤとロックオンの二人だけだ。
今までのような大規模な作戦行動は取り難くなっている。
そんな状況で、のソレスタルビーイングでの重要性はどんどん増している。
非戦闘時には、システム開発等のメカニック的な仕事から、マイスターの訓練相手、果ては情報分析力を買われて戦術予測の補佐まで何でも行っている。
一度介入行動が始まれば、プトレマイオスの操縦席に座り、必要があればMAで出撃もする。
さらに、リンダやカイウスの手を借りながら、立派に子育てをしている。
相変わらず、一体いつ休んでいるのか分からない生活だ。
ラッセは、操舵手という仕事柄ほど忙しくはないが、出来ることは限られている。
時々自分の力不足に情けなくなってくる。
もっと自分が役に立てれば、も無理をする必要がなくなるのに .
「ラッセがいてくれるから、アタシ頑張れてるんだよ」
ふわりと笑って、が重ねられていたラッセの手を握った。
「・・・じゃぁ俺が、お前に無理させてるってことか?」
「ラッセがいなかったら、アタシはライアンの為に、もっともっと無理すると思うけど?」
「だったら、俺が居なきゃ、だな」
「そうよ。今更気付いたの?」
面白くて堪らないと笑うに、ラッセも笑う。
この笑顔を見るたびに、自分がどんどん優しくなっていける気がする。
のことだけじゃなく、ライアンも、ソレスタルビーイングの仲間も、地球で生きる全ての人たちも、皆が幸せに微笑むことが出来ればいいと思える。
そんな世界を、心の底から願える。
そう思わせてくれる存在が、愛おしくて堪らなくなる .
そんな想いが伝わればいいと、の手をぎゅっと握り返せば、が優しく微笑む。
その顔をもっと近くで見つめたくて .
「・・・ちょっと待って」
鼻と鼻がくっ付く寸前で、が呟く。
ばたばたと廊下を誰かが駆けてくる音がする。
仕方なく体を起こせば、ちょうどメカニックがやってきた。
「ミセス・アイオン! すみません、ちょっとシステムの起動を確認していただきたいのですが 」
「呼ばれちゃった」
「時間切れだな」
肩を竦めるに、ラッセも大袈裟に肩を竦めて残念がった。
そんなラッセをチラッと見つめて、が言う。
「少し無理してでも頑張ってくる」
そして、少し背伸びをして囁いた。
「それで、出来るだけ早く終らせて戻ってくるから」
そのままラッセの頬に軽く口づけて、がラッセの薬指のリングに触れる。
「じゃぁ、また後で」
「ああ・・・また後で、な」
の手がするりとラッセの手から抜けていく時、嵌められたリング同士が触れ合って、小さく幸せな音を鳴らした。
serenade / 月と太陽のような関係 より 「ひとつだけのふたつ」
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