「ラッセ」
ブリッジの扉が開いて、が姿を見せた。
「お疲れ様」
「おぅ」
重力の弱い床を軽く蹴って、が一歩でラッセの隣へとやってくる。
「順調?」
「あぁ。問題無し」
頷いて、隣をふわりと漂う淡い金色の髪に手を伸ばす。
「だいぶ伸びたな」
「放ったらかしてるからパサパサだけどね」
一房捕まえれば、がくすりと笑った。
「また伸ばすのか?」
「どうしよっかな・・・スメラギさんもフェルトもばっさり切っちゃってるし」
手の中の髪を何気なく弄るラッセに、が微笑みを浮かべる。
「長い方が好み?」
「いや、そういうわけじゃないが・・・」
を見上げて、ラッセも微笑む。
「・・・出会った頃も、これくらい長かったかと思ってな」
「そっか。そうかも。一度ばっさり切ったからね」
懐かしむようにも、自分の毛先を指に絡めた。
「う〜ん・・・伸ばしても、切っても、面倒なところはあるからなぁ・・・」
思案気なに、ラッセは苦笑を浮かべる。
「どっちでもいいさ。中身はなんだからな」
「もぅ・・・・・・」
呆れ顔でが息を吐く。
指に絡めていた髪をほどいて、がラッセの顔を覗き込んだ。
「・・・・・だいぶ腫れ引いたんじゃない?」
「まだ時々痛むんだけどな」
貼られたままの湿布の上から頬を擦って、ラッセが顔を顰めてみせる。
そんなラッセに、が励ますように笑った。
「兄貴に殴られて膝付かなかったの、ラッセが初めてじゃないかな?」
「・・・・・手加減したんじゃないのか」
「まさか! そんな性格じゃないし・・・ラッセはどう思う?」
「・・・・・・・・・してないだろうな、手加減」
あの痛みと、カイウス・の本気の目を思い出して、ラッセは溜息を吐いた。
「・・・あれで手加減してたとしたら、本気はどうなるんだ・・・」
「なんか・・・・・・ごめんね」
「いや、が謝ることじゃないだろ・・・」
苦笑したラッセに、が困ったように首を振った。
「兄貴、ライアンのこと随分可愛がってたから・・・・・・」
「・・・・・・2人分だったってことか?」
困ったようにが曖昧な笑みを浮かべる。
確かに2人分だったと考えた方が、納得出来る痛みだった。
が、あの殺気を鑑みると、カイウスは一発で済ませるつもりはなかったはずだ。
が止めなければ、明らかにもう一発喰らっていただろう。
だが、ライアンの父親は自分なのだから .
ラッセは苦笑を浮かべた。
「ライアンは? また?」
「うん」
思い出したようにが笑った。
「リンダが、あんなに子供好きとは知らなかったわ」
「何だかんだ、イアンも面倒見いいしな」
「ね」
育児に関しては、経験者のヴァスティ夫妻が進んでサポートしてくれている。
ライアンもヴァスティ一家にすっかり馴染んでおり、ラッセももそれで随分助かっている。
「今晩は、リンダがライアンを見てくれるって」
「そうか。も先に休めよ」
ゆっくり休めるだろうと思い、ラッセはに声をかけた。
皆も既に休んでいる。
今夜のブリッジ担当はラッセだ。
細胞異常の進行が完全に止まったとはいえ、病み上がりなを気遣っての言葉だったのだが、は隣に腰を下ろした。
「・・・?」
ラッセに向かってにっこりと笑いかけ、が背中に隠していたものを取り出した。
そこに現れた、グラスが二つにワインボトル .
苦笑するラッセに、が楽しそうに笑った。
「一度、やってみたかったんだ」
「ブリッジで飲むのか?」
「そう。スメラギさんみたいに」
悪戯っぽく肩を竦めて、がワインの栓を抜く。
グラスを渡されて、ラッセは苦笑を浮かべたまま、隣に腰掛けたを見つめて尋ねた。
「何に乾杯するんだ? もう一度やり直すことにか?」
「それもいいね・・・だけど 」
がちらりとモニターを確認して、にっこりと微笑んだ。
「 ラッセ、誕生日おめでとう」
ラッセのグラスに、がグラスをカツンッと触れ合わせた。
「・・・・・・・・・」
「標準時で、ちょうど10月16日になったとこ」
にっこりと柔らかく微笑むに、ラッセは瞳を覆って天を仰いだ。
「・・・おい・・・・・・本気かよ・・・」
呟いて、大きく息を吐く。不覚にも泣きそうだった。
「・・・・・・全く・・・33にもなって誕生日を祝われるなんて・・・・・・」
「おめでと」
そんなラッセを見つめてが微笑む。
「皆でパーッとやってもよかったんだけど・・・こういうの、やってみたかったから」
「いや・・・充分すぎる」
目頭がまだ熱を持っていたが、ラッセは視線をに戻した。
「ありがとう、」
「どういたしまして」
もう一度グラスを触れ合わせてから、がワインを口に運ぶ。
「やっぱり、ここから見る宙が一番ね・・・」
ブリッジの前方に広がる宇宙を眺めて微笑むの横顔を、ラッセは眩しく見つめた。
次は無ぇぞ・・・殴られて済むのは、今回だけだからな .
「・・・そうだな・・・」
真摯な眼差しと一緒に記憶された真剣なその声に、ラッセは一人頷いた。
もう、大切なものを欠いた日々には戻りたくない。
二度と失くさないと、そう決めた。
「ねぇ、ラッセ 」
「ん?」
いつの間にかが視線をラッセに向けていた。アメジスト色の瞳が優しく微笑んでいる。
「 今、幸せ?」
尋ねられて、ラッセは口元を緩めた。
「あぁ、幸せだな・・・・・・も、ライアンも、ここにいるからな」
頷いたラッセに、がふわりと微笑んだ。
「ありがと。アタシも幸せ だけど、もっともっと、幸せにならなきゃ」
「参ったな・・・・・・」
ラッセは苦笑を浮かべた。
そんなラッセを微笑んで見つめていたが、すっと顔を寄せて、そっとキスをした。
「大丈夫。アタシがラッセを幸せにするから」
至近距離で自分を見つめるの瞳に、堪えきれないほどの愛おしさがラッセの胸に溢れた。
「・・・本当、参ったぜ・・・・・・」
呟いて、ラッセも、そっとにキスをした。
serenade / 裏切られた後に より 「誓ったのは自分だったのに」
ブラウザバックでお願いします。