「着艦、完了したです!!」
  「予想よりも早かったわね」
  「私、出迎えに行ってきます!!」
  椅子から滑り降りて、フェルト・グレイスが一目散に駆け出していく。

  「ミレイナも行くです!!」
  その後を追いかけて、ミレイナ・ヴァスティもブリッジを走り出ていった。

  「もう・・・あの子たちったら、仕方ないわね      
  溜息を吐いてスメラギ・李・ノリエガも席を立ち、扉を出るところでブリッジを振り返った。

  「      ラッセは?」

  スメラギの言葉に、ラッセ・アイオンは肩を竦めた。
  「俺まで行ったら、ブリッジに誰もいなくなっちまうぜ?」
  「でも、会いたいんじゃないの?」
  「そうだが・・・そういうわけにもいかないだろ?」
  苦笑交じりのラッセの答えに、スメラギも困ったように笑った。
  「そうね・・・じゃぁ、仕方ないわね」
  「後で、と伝えてくれ」
  「分かったわ」
  頷いてスメラギはブリッジを出て行った。

  一人残ったラッセは、小さく苦笑を浮かべた。
  「・・・・・・本当は俺に一番に出迎えさせるのが筋じゃないか?」
  同意を求めるように、今は誰もいない隣のシートに視線を向け、ラッセは肩を竦めて呟いて、もう一度微笑んだのだった。





















  着艦した輸送艇から降りてくる女性に、フェルトは駆け寄った。
  「おかえりなさい! さん!!」
  「ただいま、フェルト」
  にっこりと微笑んだに、フェルトも笑みを浮かべた。

  「さん!! おかえりなさいです!!!」
  「ただいま。ミレイナ、いい子にしてた?」
  「はいです!! 」
  元気よく答えるミレイナに、フェルトも隣で頷いた。
  「預かったお花も、ミレイナがしっかり育ててくれました」
  「新しい蕾が芽を出したです!!」
  「ありがとう。ミレイナのおかげね」
  「わ〜い!! ご褒美のお土産はあるですか?!」
  瞳をキラキラさせて尋ねるミレイナに、は苦笑しながら頷いた。
  「後で渡すよ。甘いお菓子で良かった?」
  「はいですぅ!!!」
  体中で嬉しさを表現するミレイナに表情を緩めて、が視線を上げる。

  「スメラギさんは、ワインで良かったですか?」
  「1ダースは買ってきてくれたでしょうね?」
  その答えに肩を竦めたに、スメラギは改めて微笑みかけた。
  「おかえりなさい、
  「ありがとう、スメラギさん」
  答えるの瞳が穏やかなことに、スメラギは満足した。


  先のイノベイターとの最終決戦から2ヶ月が経っていた。

  最終決戦の後、はトレミーを一度降りたいと申し出た。過去にケジメをつけるために。
         ソレスタルビーイングに入る前はレジーナ・という名だった彼女は、AEUの元エースパイロットであり、PMCの兵器開発者だった過去がある。
  社会的には死んだことになっているが。

        どうしても、過去に整理をつけたいから・・・そうしないと、アタシ、いつまで経っても変われないから      .

  世界は変わりつつある。これから変わっていこうとしている。
  そして自分たちも変わらなければならない。
  分かり合うために       それが、最終戦を戦い抜いた者たちの心に根付いた想いだった。

        アタシは、これからもとして生きていきたい。そのために、アタシも変わらなくっちゃいけない      .

  の言葉に、スメラギは頷いた。

        期限は決めないわ。いつでも、いつまででも、私たちは待ってるから      .

  スメラギの言葉には嬉しそうに笑みを浮かべて頷き、トレミーを後にした。

  結局、がトレミーを降りていたのは一ヶ月程度。
  スメラギの予想よりも、随分と早く戻ってきただったが、彼女の瞳が曇りなく未来を見つめていることが、はっきりと感じられた。


  「地球はどうだった?」
  「大統領も代わって、政策も宥和・軍縮へ方針転換。これで平和になってくれればいいけど・・・」
  「本当に。そうなることを願うわ・・・ご兄弟は?」
  スメラギの問いかけに、が苦笑を浮かべた。
  黙って聴いているフェルトとミレイナも、噂の兄弟に興味津々だ。

  「アーサー・・・弟は上手いことやってるみたい。株価も戦争前以上に値上がりしてて、今度事業拡大するって張り切ってる」

  PMCから逸早く足を洗った社の現最高責任者であるアーサー・は、の実弟だ。
  若輩者ながら、その経営手腕は経済界から高く評価されている。
  先見の明があったアーサー・社のトップになり、主力だった軍事部門を完全廃止してもその業績は全く衰える気配すらみせていない。

  「カイウスさんは?」
  「兄貴は・・・どうなのかな? ・・・・・・軍を辞める気かもしれない」
  「本当なのですか?!!」
  「え?! でも・・・」
  フェルトとミレイナが驚きの声を上げた。

  カイウス・       彼もの実兄である。
  先の最終戦で反アロウズの一員としてMAを駆り、アロウズ打倒に貢献したカイウス・の活躍を二人も見ている。
  現役の連邦軍人であり、優秀なMAパイロットである彼が、退役なんて俄に信じられない話だった。

  「・・・まぁ、心配はしてないけど」
  「カイウスさんなら、心配しても無駄でしょうね」
  唯一、AEU時代にカイウスの人となりを多少知る機会があったと思われるスメラギが、苦笑いを浮かべた。
  も苦笑を浮かべて頷いた。

  ふと、が苦笑を収めて、視線をさ迷わせた。
  「ラッセは? ブリッジ?」
  「ええ、そうよ」
  何気ないふうを装ってはいるが、が気にしているのが伝わってきて、スメラギは微笑を浮かべた。
  フェルトとミレイナも楽しそうに目配せをし合っている。
  「アイオンさん、さんを待ってたです!!」
  「ええ。ずっとそわそわしていましたから」
  「・・・なのに、出迎えには来ないわけ?」
  照れを隠すように口を曲げたに、スメラギはブリッジへ向かう扉を示した。
  「早く会いに行ったら?」
  「大丈夫です!! しばらくは二人っきりにしておくです!!」
  「他の皆にも一言言っておくので、心配は要りませんから」
  「前みたいに、キスの邪魔はしないですぅ!!」
  「?!! ミレイナ!!!」
  驚き焦るに、ミレイナが悪戯が成功したのを喜ぶように笑った。
  フェルトもスメラギも似たような表情を浮かべているのを見て、は今度こそ照れ笑いを浮かべたのだった。





















  ブリッジの扉が開く音がした。
  「遅いぞ」
  スメラギかフェルトが戻ってきたのだと思い、ラッセは投げやりに声をかけた。

  不意にラッセの肩に背後から腕が巻きついた。
  「ごめん」
  聴こえた声に、一瞬時が止まったような錯覚をした       柔らかく香った懐かしい香りに、再び時が動き出すのを感じながら、ラッセは静かに微笑みを浮かべた。

  「ただいま、ラッセ」
  回された腕に、そっと触れる。
  「おかえり、・・・」

  淡い金色の髪を抱きしめようとするラッセの腕をすり抜けて、が隣のシートへ腰を降ろす。
  が不在の間は、ロックオンが座っていたこともあるが、そこは間違いなく彼女の席だ。

  「やっぱり、ここが・・・ラッセの隣が一番落ち着く」
  隣を見て、が微笑む。

  淡い金色の髪も、アメジスト色の瞳も何一つ変わらない。
  46日前にトレミーを降りたあの日から。
  そして、ソレスタルビーイングで出合ったあの頃から      .
  (・・・・・・いいや、あの頃とは違うか・・・・・・)

  の背中と腕には大きな傷痕がある。
  右耳もほとんど聴こえていないはずだ。
  三半規管にもダメージを負った。
  先の戦争で、MAに乗って戦う中で負ったものだ。
  もう、あの頃のようにMAを駆って宙を駆けることは出来なくなった。
  出合った頃と全く同じはもういない。


  「・・・親父さんのこと、ケリはついたのか?」
  「・・・・・・回復を、待とうと思って」
  寂しそうにが笑った。


  ソレスタルビーイングに来る前に、は父親を殺そうとしたらしい。

        弟の想いを踏み躙ったのが許せなかった・・・分かり合えなかったから、殺さなきゃ駄目だと思ったの      .

  そうは語ったが、本当のところは分からない。本当は、もっと別の何かがあったのかも知れない。
  だが、ラッセはが語ったことを受け止めようと、そう決めた。
  父親は一命を取りとめたが、意識を回復させないまま眠り続けているのだそうだ。

        眠ってる顔を見る度に、殺してやりたくなる・・・だけど、それじゃぁ駄目なんだと、そう思えるようになったから。
     アタシも、あの男が生きてることを受け入れて・・・・・・アタシも、変わらなきゃいけないんだと思うから      .

  最終戦の後、以前酒を飲み交わしていたのと同じように、はラッセと並んでグラスを傾けながら、そう語った。

        だから。そのために。一息ついたらトレミーを降りようと思う・・・・・・ねぇ、ラッセ・・・      .

  不安に揺れた瞳に、ラッセは頷いた。

        行って来い。俺は、ここで待ってるからさ      .

  の不安が、ラッセには分かっていた。
  だから、大丈夫だと、その背中を押した。


  出会った頃とは変わったものが、もう一つある       とラッセ・アイオンの関係だ。
  只の仲間から、かけがえのないものへ、唯一無二のものへ       この絆だけは、失くしたくない。

  疑っていたわけじゃない。信じていたが、実際にが再びソレスタルビーイングに戻ってきたことが嬉しかった。
  二人だから信じられる。
  未来を信じて歩いていける。


  ラッセは、未だ寂しそうに微笑を浮かべているを励ますように頷いた。
  「早く回復するといいな」
  「うん・・・ありがとう」
  ラッセの優しさを受け取って、が静かに微笑んだ。

  改めてシートの感触を確かめるように背凭れに深く体を沈めて、が息を吐き出した。
  「ここに座ると、帰ってきたんだなぁって思う・・・・・・すっごく安心できる」
  ラッセも微笑んだ。
  「俺もだ。が隣にいるのが、一番落ち着く」

  たとえが戦えなくても、ソレスタルビーイングにいる理由がなくなっても、関係ない。
  理由なんて要らない。と一緒にいることに理由なんて必要ない。
  ただ、一緒にいたい。
  一緒に生きていきたい。
  一緒に      .

  ラッセの想いが伝わったように、が優しい微笑みを浮かべた。
  「ただいま。これからも、よろしく」
  「ああ」
  頷いて、ラッセは身を乗り出した。

  「おかえり・・・これからも頼むぜ」

  久しぶりに触れた唇は、優しい匂いがした。
















     serenade / あいうえお行で5種のお題 より 「隣合せ」

Photo by Microbiz

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