「ねぇ」
「ん?」
すでに日課となりつつある晩酌のボトルが殆ど空になった頃、がラッセに声をかけた。
晩酌が日課というのはどうなんだ? それも若い男女 と自分で言うのもどうかと思うが が、毎夜酒を飲んでるだけ、といのはどうなんだ? いや、特に何かがあって欲しいわけではないのだが ぐるぐると疑問と弁解を繰り返しているラッセの脳内を知る由もなく、が口を開いた。
「ねぇ、どうしてマイスターって、いい男しかいないわけ? 例えば、ティエリアとか・・・」
「・・・・・・は?」
「ヴェーダの判断基準に、そういうのがあったとか・・・?」
呟いて、がグラスを傾ける。
「どうなんだろ・・・・・・ラッセもマイスターだったよね?」
「そうだが・・・・・・・・・?」
「やぱり、何かあるんだろうなぁ〜」
一人納得したように頷いて、がグラスを口元へ運ぶ。
そのとき彼女が浮かべた微笑が、楽しげで、妙に嬉しそうで、ラッセは思わず見惚れてしまったのだった。
「なに呆っとしてんだ?」
「あ、オヤっさん・・・・・・」
「ったく、しっかりしてくれよ」
「悪い・・・」
昨晩のの微笑を思い出して、呆っとしていたらしい。
素直に謝ったラッセに、軽く息を吐いてイアンが頷く。
「ここ最近忙しくなってきてるからな・・・」
「いや、忙しいのは皆同じだ・・・・・・次は、コレだったか?」
作業用のケーブルを手繰り寄せながら、ラッセも応える。
イアンが返事をするよりも先に、傍を「アタリ、アタリ」とハロが転がっていく。
受け取ったケーブルを接続しながら、イアンが呟く。
「あれが本当にエクシアなら乗ってるのは刹那だろうし・・・だとしたら、これからもっと忙しくなる。
今みたいに呆けてる暇なんぞなくなるぞ」
「そうだな・・・・・・まったく、人使いが荒いな」
「今頃気付いたのか? 生憎だったな。暇なうちに、彼女でもつくっておくべきだっただろ?」
イアンの言葉は、笑いながらの明らかな冗談だったのだが、さっきまでのことを思い浮かべていたラッセは、曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。
そんなラッセの様子に、面白いものを見つけたというように、イアンがにやりと笑う。
「ははぁん・・・さては、好きな女がいるな?」
「おいおい、オヤっさん・・・・・・突然何言い出すんだよ?!」
苦笑いを浮かべてイアンの言葉をやり過ごそうとしたラッセだったが、焦った手元から工具が滑り落ちた。
舌打ちとともに拾い上げようとしたラッセの横を「アタリ、アタリ」とハロが転がっていく。
そんなラッセをイアンが訳知り顔をして頷く。
「ラッセにも、とうとう女が出来たか・・・良かったな」
そう言って肩を叩いてくるイアンに、ラッセは疲れたように呟いた。
「・・・・・・だから、違うって言ってるだろう?」
「そうか、そうか・・・で、どんな女だ? セクシーか? 美人か?」
嬉々として尋ねてくるイアンに、ラッセは溜息を吐いた。
いったいイアンに何と答えればいいんだ?
のことは決して嫌いではない けれど、過去に恋と呼んだ熱く、時に痛みさえ伴ったあの感情とは違う。
今、胸の中にあるのはとても居心地の良いもので ラッセ自身、それを何と呼んでいいのか判じ兼ねているのだ。
そう言った心の内を説明するよりも、目の前のメカニックには、その"彼女"が美人かどうかを答えたほうが納得するのだろう。
ラッセは、とりあえず、の姿を改めて思い起こした。
は美人だと思う。
色素の薄い柔らかな金色の髪も、心を見透かされるような紫色の瞳も、普段は必要最低限にしか係わってこようとしないから、ソレスタルビーイング内でもあまり認識されていないようだが、は美人だ。
「・・・・・・・・・まぁ、美人だ」
「そうか、そうか!! 若いってのはいいな!!」
ラッセが素直に答えた結論に、イアンがラッセの肩を叩きながら、楽しくて堪らない様子で満面の笑みを浮かべる。
「もしかして、ソレスタルビーイングの仲間か・・・・・・って、まさか! 俺の娘じゃないだろうな?!!」
何をどう勘違いしたのか、確かにが同じソレスタルビーイングの仲間だということは間違ってはいないのだが そもそも"彼女"云々の話が間違っているのだが イアンがラッセの肩をがっしりと掴んで詰め寄った。
「おい、まさかと思うが、ミレイナじゃないだろうな?!」
「・・・・・・・・・だから 」
「何してんの?」
背後からかけられた声に慌てて振り返れば、先ほどまで思い浮かべていた姿がそのままそこにあって、別段やましいことを考えていたわけでもないのに、ラッセは慌てた。
「よぅ、女王! 聞けよ! ラッセが俺の娘に手を出しやがったんだよ!」
「ば、馬鹿野郎! んなわけあるかっ!!」
「酷い奴じゃないか! 父親の俺に断りもなくミレイナに惚れるなんて・・・」
ラッセの内心を知る由もなく、イアンが泣きまねをしながら、勝手な憶測を口にする。
慌てて否定するラッセだったが、は顔色一つ変えずにディスクをイアンに差し出した。
「それはお父さん大変ね・・・はい、これ。頼まれてたもの」
「お、悪いな、女王」
イアンにディスクを手渡しながら、が溜息を吐いた。
「・・・・・・ね、イアン。その呼び方、いい加減止めない?」
「まぁ、仕方ないだろ。俺にとっちゃぁ、お前さんは"女王"だからな」
「はぁ・・・・・・分かってるならさぁ・・・考慮して頂戴」
にやりと笑うイアンに、再度息を吐いては背中をむけた。
「・・・・・・それから 」
数歩進んでからが立ち止まった。
「 ラッセ、今、ちょっといい?」
背中を向けたまま指先だけでラッセを呼び、が扉の向こうに消えた。
「・・・・・・オヤっさん、ちょっと出てくる」
「おぅ、分かった・・・けど、何で女王あんなに機嫌悪いんだ?」
ディスク内のデータ確認をしながら、イアンが首を捻って呟いた。
壁に背中を預けて、がラッセを待っていた。
「 で、どうなの?」
「?」
唐突に問われて、ラッセは戸惑った。が何を尋ねているのか分からない。
唇には笑みを浮かべているものの、ラッセを見る目は決して笑っていない。
ラッセが答えられずにいると、がすっと視線を外した。
「 やっぱり、いいや・・・忘れて」
「何だよ?」
ラッセが問うが、は口元に浮かべる笑みを濃くした。
「・・・協力できることがあるならってこと・・・・・・ミレイナに惚れてるんでしょ?」
「 は?」
あまりにも唐突な発言に、ラッセの思考回路が停止した。
(は、何を言った? 協力する 何を? ミレイナと 誰を? 俺が、ミレイナをっ??!)
「ミレイナ可愛いもんね、素直だし、若いし・・・うん、ラッセが好きになるのも分かるわ」
「何でそうなるんだ!?」
一人頷くに、思考回路が復活したラッセが声をあげた。
けれど、は微笑みながらラッセに言う。
「隠す必要ないでしょ? ミレイナとなら、幸せになれるわよ」
「俺が、いつミレイナが好きだと言ったよ?!」
ラッセの言葉に、が目を丸くした。
そのまま、かくん、と音がしそうな角度で首を傾げた。
「・・・・・・・・・違うの?」
「何だ・・・は、俺とミレイナをくっつけたいのか?」
「いや、それは困る」
苦笑しながら言ったラッセの言葉に、が苦笑いを浮かべて呟いた。
ははは、と笑い出したを見つめながら、今度はラッセが首を傾げた。
「・・・・・・・・・何で、が『困る』んだ?」
「え・・・・・・・・・」
笑いを止めたが耳まで一気に赤くなった。
「いや、だから、なんて言うか・・・・・・・・・ね? ほら、あれよ! ほら、ラッセに彼女とか出来ちゃうと、二人っきりでお酒飲むのも、出来なくなっちゃうかなぁって。そしたら、困るなぁ〜って!!」
「そうだな・・・それは確かに、俺も困るな」
ラッセの言葉に、が大きく頷く。
「でしょ、でしょ?!!だよね・・・・・・・・・って、何でラッセも『困る』のよ?」
今度はラッセが息を呑んだ。
互いに顔を見合わせて、相手を窺う。
先に笑ったのは、の方だった。
「ははははっは、もう、何言ってんのよ!! ねぇ、ラッセも人が悪いんだからっ!!」
「・・・・・・そうだな。こんなふうに言う言葉じゃないな・・・」
「?!」
急に真剣になったラッセに、は息を呑んだ。
「・・・・・・俺は、好きでもない人間と毎晩飲めるほど器用じゃないと、自分では思ってるんだが、な」
ラッセの足元に転がってきたハロが「アタリアタリ」と口を挟んだ。
ラッセは苦笑を浮かべて、目の前でまん丸く見開かれたアメジスト色の瞳を見つめる。
「といる時間が心地好い・・・それじゃぁ、ダメか?」
「何、それ・・・・・・」
「だから、傍にいて心地好いんだと、俺はそう思ってるんだが・・・」
ラッセの足元で、ハロがくるりと回ってもう一度「アタリアタリ」と転がっていった。
「・・・・・・急に・・・急に、そんなこと言わないでよ・・・・・・もう、もう、ワケ分かんないじゃないっ!!!」
「!」
叫んで走り去っていく背中に呼びかけるも、は止まらず、ラッセの視界から消えた。
「・・・・・・やっぱり、こんなとこで言う言葉じゃなかったか・・・」
苦笑を浮かべるラッセの後ろで、扉が開いた。
顔を覗かせたイアンが、首を捻った。
「怒鳴り声が中まで聞こえたぞ・・・女王を怒らせるなんて、お前、何言ったんだ?」
「いや・・・・・・・・・あえて言うなら、口説いた」
「馬鹿か? 口説いて怒らせる奴が何処にいる・・・俺が口説き方ってやつを教えてやってもいいぞ・・・・・・ただし、ミレイナには手を出すなよ?」
「いい加減、子離れしろよ、オヤっさん・・・・・・」
イアンに返しながら、ラッセはの真っ赤になった顔を思い浮かべて、満足気に笑みをこぼした。
46音で恋のお題 より 「苦しまぎれの口説き文句」
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