「おい、女王!これ、手直ししといてくれ!!」
放り投げられたディスクを受け取って、は僅かに眉を寄せた。
「・・・・・・イアン、どういうつもり?」
「別にいいだろ? お前さんなら、ちゃっちゃっと終わらせられる! 楽勝じゃないか」
「・・・・・・そういう意味じゃなくて 」
は溜息を吐いた。
「 『女王』って呼ばないで」
の言葉に、イアンはにやりと笑って、距離を詰めた。
「気にしてんのか? 別に構わんだろ?」
「構います。アタシは、ソレスタルビーイングの・で 」
「俺が呼ぼうが呼ばまいが、お前さんを知ってるやつなら、その顔を見てすぐ分かるさ "女王"だと」
笑いながら言われたイアンの言葉に、は表情を引き締めた。
「後悔してるのか?」
「・・・・・・・・・」
「部屋に引き篭もりがちなのは、そのせいか?」
「・・・・・・・・・インドア派なんです、アタシ」
そう言って、僅かに膨れてみせたの肩を叩きながら、イアンが言った。
「なら、こんなプログラムの修正なんか、すぐ出来るだろ?」
頼んだぜ、と言って去っていくイアンの背中を見ながら、はもう一度溜息を吐いた。
"女王"と呼ぶイアンの瞳が優しいことを知っているは、それ以上文句を言う気にもなれず、踵を返した。
「・・・なぁ、どうしてイアンのオヤっさんは、のことを『女王』って呼ぶんだ?」
は溜息を吐いた。
(・・・・・・今日は厄日?)
「言いたくなけりゃ、これ以上は訊かないが・・・?」
の溜息に慌てたにラッセが言葉を続ける。
は酒を一口飲んでから、口を開いた。
「 アタシが"女王"だって、イアンが知ってるから」
「・・・・・・・・・冗談だろう?」
「もちろん、悪い冗談」
は溜息とともに頬杖をついて、口を尖らせた。
それ以上何も訊けず、も何も言わず、沈黙が続く。
少々気まずい沈黙をどうしようかとラッセが考え始めた頃、が漸く口を開いた。
「資料でみたけど・・・トリニティ? 一般人に発砲した、マイスターの三兄弟」
「あぁ・・・あいつらが介入してきて、ソレスタルビーイングに対する風当たりが強くなった。
ヴェーダ抜きで作戦を遂行しなきゃならなくなったしな・・・」
エクシアやバーチェに紛争を幇助しているとされ、擬似太陽炉搭載の国連軍のジンXに襲撃を受け、最後はアリー・アル・サーシェスによって壊滅させられたガンダムマイスターの三兄弟 チーム・トリニティ。
「・・・アタシも三人兄弟なのよね・・・兄と弟がいる・・・」
の突然の告白に、ラッセは目を丸くした。
初めて、が自らのことを口にしたのだ。
ラッセの視線に、が困ったように笑った。
「・・・資料ではさ、女の子だけ生死不明になってたよね・・・・・・どうしてるかなぁ・・・」
「さぁな・・・・・・」
「生きてて欲しいけど、生きてて欲しくないわね・・・生きてたら、きっと世界を憎んでるでしょうから」
そう呟いて、がグラスを回した。
透明な酒が、人工の照明を反射して星のように流れた。
「・・・どうして人は戦い続けるのかな? 戦えば傷つく 傷が癒えても、心までは救えない・・・
・・・それでも、人は選んでしまう。暴力の連鎖を断ち切らず、戦い続けることを・・・」
光を浮かべた滴を飲みながら、は普段よりも幾分饒舌に言葉を紡ぐ。
「ソレスタルビーイングも 仮初の平和を享受することは出来ないと .
戦わなくても人は死ぬ。でも、戦えば、まだ死ななくてよかった人まで死んでしまう・・・
それでも、けじめをつけるために、始めてしまったことを終わらせるために アタシが言える言葉じゃない。笑われるわね・・・」
(・・・・・・誰にだ?)
自嘲気味に笑うの隣で、ラッセは言葉と一緒に酒を喉へ流し込んだ。
「人は、自分にある力を使ってみたいのね、結局は。世界が、人が変わらない限り、戦争はなくならない」
「・・・・・・・・・そうだな。そうかもしれない」
ラッセの言葉に、が顔を上げた。
真っ直ぐな視線がラッセを捉える。
その視線を受けて、ラッセは自嘲の笑みを漏らして言葉を続ける。
「GNアームズがロールアウトしたとき、俺は正直嬉しかった。
ユニオン、AEU、人革連 タクラマカン砂漠で行われた合同演習のときは、何も出来なかった自分が歯痒かった・・・
・・・あぁ、認めるさ。俺は戦いを楽しんでいたのかもしれない」
「・・・・・・・・・そんなふうに言わないで」
「いや・・・俺は確かに、GNアームズに乗って、敵MSを撃って・・・・・・人を殺して、喜んでいたんだ」
酒を呷るラッセの横顔を見つめたまま、が手元のグラスを置いた。
「俺も、この戦いが終わったら、裁きを受けるべきなんだろうな・・・・・・」
そう言いながら自嘲の笑みを浮かべるラッセに、が溜息を吐いて呟いた。
「・・・・・・アタシにも、経験あるよ・・・戦うことを、人を殺すことを、楽しんでいたんじゃないかって・・・・・・そう思うこと」
思いもしなかったの言葉に、ラッセは驚いて顔を上げた。
戦闘員ではないの言葉とは思えなかった。
技術職として、システム開発者として、ソレスタルビーイングにいるの発言とは思えない内容に、ラッセは正直驚きを隠せなかった。
そんなラッセを横目でみながら、は笑った。
「過去の話・・・・・・本当、昔の話 だから、忘れて」
以前のソレスタルビーイングでは、お互いの素性が分かるような話は秘匿義務があって出来なかったし、することもなかった。
しかし今は、それぞれが独自の判断で、話したければ話すことも構わない雰囲気になっている が、今日までが自分の過去を語ったことはない。
それは、話したくないからだと思っていた。
酒を飲みながらとはいえ、個人のことを本人の口から聞いたのは、今日が初めてだった。
「 でもね、ラッセ」
の言葉に、ラッセは改めて視線を向けた。
「アタシは、ラッセが今ここに生きていてくれることに感謝してる。
・・・誰かを殺してでも、生き残ってくれたことに感謝してる。
ラッセの代わりは、誰にも出来ないから・・・・・・それだけは、覚えておいて」
怖いほど真剣なの視線とラッセの視線が絡まった。
そのアメジスト色に魅せられているうちに、の指がラッセへと伸ばされた。
反射的に目を瞑ったラッセの瞼の横を走る傷 それをなぞるようにの指が滑る。
「アタシは、世界から争いがなくなればいいと思ってる。みんなが幸せに笑っていられたら、どんなにいいだろうって・・・・・・
でも、それが無理だと、そんな世界は歪んでいると気付いてしまった。そして、今の世界が歪んでいると知ってしまった・・・・・・
・・・既に汚れた手なら、その汚れに意味を持たせたかった。だから、アタシはここで戦ってる なんて傲慢・・・・・・
ラッセは? ラッセはどうしてココにいるの?」
微笑みながら、泣いているような、そんなの顔を見ながら、ラッセは答えた。
「俺は・・・・・・紛争が根絶できるとは思っていない。けれど、俺たちの存在を世界の人の心に刻むことに、意味があると思ってる。
なぜなら、人は経験したことでしか理解できないから・・・・・・
いつか、刹那にも言った言葉だ 俺たちソレスタルビーイングは、存在すること自体に意味がある と」
「存在することに、意味がある・・・・・・」
に、ラッセは頷いた。
「・・・・・・だから、がここにいることにも、今ここに存在すること自体に意味がある 俺はそう思う。
・・・の言葉を借りるなら、の代わりも誰にも出来やしない、さ」
「・・・・・・・・・優しいんだ」
ラッセの言葉にがゆっくりと微笑んだ。
離れていくの温もりと微かな香りが、そっとラッセの頬を掠めていった。
46音で恋のお題 より 「擦り切れた過去」
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