「       その時フェルトが言ったんだ、『生き残る!』ってな・・・あのフェルトが、だぜ?」
  「キレたってこと? ・・・・・・・・・・・・ダメ、想像つかない」
  「俺だって驚いたさ。だが、そのおかげで皆パニックにならずに済んだんだ・・・怯えてたクリスだけじゃない、俺も含めて、な・・・・・・」
  ラッセは手元のグラスを見つめて自嘲気味に笑った。

  ラッセのグラスにウィスキーを注ぎ足しながら、が微笑む。

  「怯えて当然でしょ・・・命をかけた戦いで平静でいられたら、平和な世界には戻れない・・・そうじゃない?」
  「・・・すまん」
  「いいえ、どういたしまして」
  曖昧に呟いたラッセに、は微笑んで答えた。

  は、今の言葉をどちらの意味で捉えたのだろうか       酒を注いでくれたことへの礼か、それとも弱い心を曝してしまったことへの謝罪か       ラッセはグラスを傾けながら苦笑した。
  (・・・・・・どちらでも構わない・・・どちらも真実じゃないか・・・・・・)
  ラッセは、ちらりと隣でグラスを弄ぶを盗み見た。

  こんなふうに、4年前のことをぽつりぽつりと話しながら、と酒を酌み交わすようになって、しばらく経つ。
  語ることは大してないと思っていたが、話し始めれば思い出は尽きることなく溢れてきた。
  "開けた酒一瓶が空になるまで"       いつの間にか、そんなルールが暗黙のうちに出来ていた。
  アルコール度数が高いか低いかに関係なく、と酒を飲みながら思い出を語ることが、ラッセの密かな楽しみになっていた。
  どうでもいいような些細なことまで話しながら、ラッセはこの時間に居心地の良さを感じていた。
  出来るならことなら、ずっとこうして話しをしていたかった・・・が、そうもいかない。
  明日もやるべきことは沢山あったし、ソレスタルビーイングとしての問題も山積みだった。
  放っておけばいつまでも終わらせることが出来ないこの時間に区切りをつけるためにも、暗黙のルールの存在はラッセにとって有難かった。

  今夜が開けたのは、ウィスキーのボトルだった。
  それほど大きなボトルではないが、アルコール度数も高い。
  二人ともロックで飲んではいるが、ボトルの中にはウィスキーがまだ充分残っている。
  この居心地の良い時間の終わりがまだ遠いことを、ラッセは目の端で確認して、心の内で微笑んだ。


  「・・・いい奴ばかりさ・・・アレルヤなんか、任務放り出して人命救助だからな」
  「アレルヤ、アレルヤ・・・・・・確か、キュリオスのガンダムマイスター・・・」
  グラスに口をつけながら首を傾げるに、ラッセは頷いた。
  自身もグラスを持ったまま、懐かしむように微笑む。

  「重力ブロックが地球に落下するのを黙って見てられなかった・・・すぐ後ろには人革連のMSが迫ってたってのにな・・・」
  「そう・・・きっと、優しい人なんでしょうね・・・」
  「そうだな・・・・・・みんなそうだったな、リヒティも、クリスも・・・」
  「・・・・・・優しい人は強いから・・・自然とそういう人が集まるのかもしれないね・・・」

  の言葉に、ラッセも頷いた。
  の言う通りだ。
  ソレスタルビーイングの仲間は皆、強く、優しく、そしてどこか悲しい       けれど、思い出すのは不思議と楽しかった記憶の方が多い。
  辛いことや厳しいことも多かったはずなのに、どうしてか今思い出すのは笑ったことや嬉しかったことばかりだった。

  ラッセはまた浮かんできた思い出に、笑みをこぼした。
  頬杖をついてラッセを見つめるも楽しそうに微笑む。


  「・・・あれはモラリア共和国への武力介入のときだったな・・・トレミーに俺とリヒティが残されたんだが      
  「・・・モラリア       PMCへの武力介入・・・・・・」
  そのときのリヒティが準備した食事が最低で       と続けようとしたラッセの言葉の途中で、が呟いた。

  どこかいつもと違って響いたの発した言葉に、ラッセは口を噤んだ。
  見れば、はグラスへと視線を落としている。
  先ほどまでの微笑みはすっかり影を潜め、祈るかのように組まれた手に顎を置き、じっと何かを考えている。

  「・・・そうだった、そうだったわね・・・ソレスタルビーイングはモラリアへも武力介入した・・・」
  確認するように、が呟く。
  「民間軍事企業を"戦争を幇助する企業"とみなしての武力介入・・・・・・」
  「ああ。実際、モラリア共和国の軍隊を維持していたのは、AEUの後ろ盾を持ったPMCトラストだったからな」
  ラッセはそう言ってグラスを傾けた。

  ソレスタルビーイングの武力介入により、軍需によって経済を支えていた国はその存続自体が危うくなることとなった。
  ヨーロッパ南部のモラリア共和国も、そんな国の一つだった。モラリアの経済を支えていたのは、通称PMCと呼ばれる民間軍事企業だったのだ。
  PMCトラストの技術・軍事力を必要とするAEUが、モラリアに支援を表明し、合同軍事演習を行った。
  その演習に、ソレスタルビーイングが武力介入を行い       4機のガンダムを前に、モラリアは即日沈黙した。


  「・・・覚えてる、覚えてるわ。A.D.2307の、あの日。何度も何度も、繰り返し流れたから。
   だけど、誰も理解なんてしてなかった。実際に武力介入されるまでは・・・・・・あの時、はっきりと宣言されたっていうのに。
   『戦争を幇助する国、組織、企業なども我々の武力介入の対象となります』と      

  「・・・・・・・・・、もしかして・・・イオリア・シュヘンベルグの宣言、全部覚えてるのか?」
  「あれだけ繰り返し放送されたら、嫌でも覚えたわよ・・・『地球で生まれ育った全ての人類に報告させていただきます』ってやつ」

  自嘲気味に笑ったの返答に、ラッセは正直驚いた。
  ラッセ自身、忘れてはいないが、一言一句まで正確に覚えてるわけじゃない。
  だがの方は、この様子からするとイオリアの言葉を一言一句正確に記憶しているのだろう。


  「・・・・・・なぁ、その言葉、4年前、はどこで聞いてたんだ?」
  ラッセの質問に、は瞬間驚いた顔をして、それからゆっくりと微笑んだ。
  「何、どうしたの? 珍しいね、ラッセが質問なんて」
  「そうだな・・・いつも俺が話してばっかりだからな。たまには、いいだろ?」
  「4年前か・・・・・・・・・まさか、4年後に自分がソレスタルビーイングにいるなんて、想像してなかったのは確かね」

  そう言って、はグラスを傾けながら、楽しそうに笑った。
  自分のグラスにウィスキーを継ぎ足して、ラッセのグラスにもボトルを傾けながら、が口を開く。

  「4年前とは変わったね・・・いろいろと。アタシ自身も、周りも・・・・・・
   ラッセは? ラッセは、イオリアの言葉をここで?」
  「ああ・・・正確には、以前のトレミーで、だがな・・・」

  答えてグラスを傾けながら、ラッセはそのときのことを思い出していた。
  自分はブリッジにいて、隣にはリヒティがいて、クリスティナがいて、スメラギがいて      .

  「・・・そういえば、ソレスタルビーイングの初ミッションのとき、スメラギさんが酒を飲んでたな・・・おかげでブリッジが酒臭くて」
  「ふぅ〜ん・・・・・・だから、イアンが、酒探すんならスメラギの部屋行け、って・・・」
  は呟きながら、グラスを傾けた。

  「スメラギさんと酒はセットみたいなもんだったからなぁ・・・本人もよく『これが無いと生きていけない』とか言ってたしな」
  ラッセの言葉に、がどこか不貞腐れたように呟いた。
  「なんか、そういうの、羨ましい・・・・・・」
  「ブリッジで酒飲むのがか?」
  「違う。そうじゃなくて・・・・・・・・・4年経っても思い出してもらえる、ってのが・・・」
  ラッセの言葉を否定して、はグラスの酒を一気に呷った。
  「・・・・・・それだけ特別だった、みたいな感じ・・・他のものじゃダメ・・・って言われてるみたいで・・・」
  「・・・・・・確かに、そうだな。あの頃の思い出を、他のものと代えることなんて出来やしないな・・・」
  懐かしむように答えたラッセの横顔を眺めていたが、囁くような声で呟いた。

  「・・・・・・意地悪・・・」

  「?       !?」
  僅かに届いた言葉の意味を確認しようとへ視線を向けたラッセは、思わず名前を呼んだ。

  視線の先、ウィスキーをグラスいっぱいに注ぎ、それを一気に喉へ流し込むの姿があった。
  そして、空けたグラスに、再びボトルを傾ける。が、酒はグラスの半分程で空になった。
  それを憮然とした表情で見つめたまま      .

  「アタシは、スメラギ・李・ノリエガじゃない! そんなこと分かってる!!」

  言い放って再びグラスを思いっきりよく呷った。
  一息で飲みきり、グラスをテーブルに叩きつけるように置いて、そのまま机に突っ伏す。

  「おい!!? 、大丈夫か?」
  「・・・・・・大丈夫じゃない。もう無理・・・ていうか、もう、よく分かんない・・・
   ・・・・・・・・・アタシは、彼女には会えない・・・ムリだよ・・・アタシは・・・・・・」

  ぶつぶつと何やら呟くの、いつもの彼女らしからぬ様子に、ラッセは慌てながらも、どこかでホッとしていた。

  ボトルに残っていたウィスキーを、あっという間に一人で飲んでしまったのだ。普通なら、とっくに潰れていてもおかしくない酒量だ。
  毎晩と飲むようになったが、彼女は随分アルコールに強いらしく、ほとんど酔ったところを見たことがない。
  こんなに酔ったを見るのは初めてだった。
  いつもらしからぬの様子に焦ってはいるのだが、同時にも酔うという事実に安心していた。

  秘かに安堵の息を吐いて、ラッセは俯くを窺う。

  「おい、大丈夫か? 、しっかり       ?!」
  の肩を揺すろうとして、ラッセは固まった。

  不意に伸びたの腕が、ラッセの首に絡まり、色素の薄い金の髪が視界を半分塞いだ。

  「・・・・・・ダメだぁ・・・飲みすぎ、調子にのりすぎたみたい・・・」

  ラッセの耳の横を、溜息とともに気だるげな声が掠めていく。

  肩に感じる重さに、ようやくラッセは状況を把握した。
  ラッセに抱きつくようにして、その肩にが頭を預けているのだ。

  固まっているラッセに構わず、しばらくしてが、ゆっくりと腕を解いた。
  そのまま、ふらふらと立ち上がる。

  「・・・悪い。部屋戻るわ・・・・・・お休み」


  出て行くの背中が扉の向こうへ消えた。

  「・・・・・・おいおい、大丈夫かよ・・・・・・?」

  微かに笑ったラッセの言葉に、グラスの中の氷が音を立てた。
















     46音で恋のお題 より 「夜な夜な毎晩」

Photo by Microbiz

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