「あ〜・・・・・・やっぱり訊くだけムダ?」
  開いた扉に寄りかかるようにして、が苦笑いをしながら尋ねた。
  「何がだ?」
  深夜とは言えないが、夜も更けたこの時間にが訪ねてくるなんて初めてだ。
  の場合、他人の部屋を訪ねることさえ珍しいんじゃないだろうか?


  「いや・・・・・・う〜ん・・・イアンにはもう訊いたんだけど、ないって言うし・・・・・・」
  「・・・・・・・・・?」
  はっきりしないに、違和感を覚えた。

  知っているというほど親しくはないが、ラッセの知るは、言うべきことをさっさと言って立ち去るような、あまり周囲と関わろうとしない人間       だったはずだ。
  こんなふうに、他人の部屋まで訪ねてきて、用件を誤魔化すようなキャラクターでは、多分ない。

  違和感に内心首を傾げながら、ラッセは戸口に立ったままのに一歩近づき、そこで微か漂う匂いに気がついた。

  「酔ってるのか?」
  「まさか!? ・・・・・・確かに、ちょっと飲んではいるけど・・・」

  改めてを観察するが、確かに酔っ払っている様子はない。
  目が据わっているわけでもなく、呂律が怪しいこともない。
  目の前で苦笑を浮かべているは普段と同じように、ラッセには見えた。


  「・・・で、何だ?」

  「悪いっ!!! 酒持ってたら、ちょーだいっ!!!」

  「・・・・・・は?」
  予想外の言葉に、ラッセは口を半開きにして固まった。

  は手を合わせたまま、居心地悪そうにラッセの顔を盗み見ている。
  「あ〜もう!! だよね、やっぱり持ってないよね?! そうだよね、ラッセが酒なんか持ってるわけないよね!!
   トレミーのクルーで未成年じゃないのって、イアンとラッセだけだし、まさかフェルトとかが持ってるとは思えないし。
   ・・・だからさぁ、イアンが持ってないとなると、後はラッセだけなんだよね〜・・・・・・」

  言い訳めいた口調で言葉を並べたの勢いに、ラッセは気圧されてしまった。
  見た目は普段通りでも、やはり少々酔っている。

  「・・・・・・はぁ。夜更けにゴメン・・・・・・戻るわ、さんきゅー」
  がっくりと溜息を吐いて、は踵を返した。


  「

  ひらひらと手を振りながら去っていこうとするその背中を、ラッセは呼び止めた。
  その声が笑いを含んでしまったのは致し方ない。

  「、酒ならあるぞ」

  驚きから喜びへと変わるその顔を目撃できたこと       酒を提供する代償としては充分だ。
  瞳を輝かせて戻ってくるを見て、ラッセはそう思った。











  「かんぱ〜いっ!!」
  楽しげにがグラスを掲げる。ラッセも一応グラスを持ち上げた。

  グラスは食堂からラッセが拝借してきたもの、目の前に広げられたツマミはがどこからか調達してきたものだ。

  「〜〜〜っ!! 美味しい、このお酒!!」
  既に空になったのグラスに酒を注いでから、ラッセはツマミに手を伸ばした。
  は、ラッセから受け取ったボトルのラベルを興味深そうに眺めている。

  「どうしたの? このお酒・・・なんか、高そうな香りがする」
  「高いかどうかは分からないが・・・スメラギさんから貰ったものだ」

  ごとり、と音を立ててボトルが置かれた。
  ばりっ、とチップを齧り割ったラッセの前で、がグラスを呷る。
  空けたグラスに、自ら手酌で酒を注ぐを見ながら、ラッセは不意に浮かんだ疑問を口にした。


  「スメラギさんの部屋になら、酒ぐらい残ってたんじゃないのか?」


  手酌で注いだ酒を半分ほど飲んで、は頬杖をついた。中の酒を弄ぶようにグラスを回す。

  「何って言うのかなぁ・・・上手く言えないんだけど・・・・・・姑の部屋を勝手に漁る、みたいでイヤ」
  「姑? ・・・どういう意味だ?」
  「そんな感じがするってだけ」
  ラッセの疑問をあっさりと切って、この話題の終わりを宣言するように、はグラスの酒を飲み干した。

  「・・・・・・ま、いいわ。酒に罪はないし、そんなことより美味しいし」
  そう言いながら自分のグラスを再び酒で満たして、はラッセのグラスにもボトルを傾ける

  「俺はもういいから、が飲めよ」
  「もちろん、アタシも頂きますけど・・・ラッセが貰ったものでしょ?」
  口元に笑みを浮かべながら、酒を注ぐに、結局ラッセはグラスを呷った。

  それを見て、が満足そうに微笑んだ。











  「・・・・・・で、何かあったのか?」
  「ん〜、何のこと?」
  ボトルが3分の2ほど空いたところで、ラッセが尋ねた。

  酒のほとんどを飲んだのはだが、彼女に酔った様子はなく、逆にラッセの方が心地好い気分になっていた。
  ラッセは隣で酒を飲むにもう一度尋ねた。

  「珍しく酒なんか飲んでた理由、だよ」
  「何それ、どういう意味? アタシだって理由なく酒くらい飲みますよ〜」
  は、くすくすと楽しそうに笑った。
  だが、逸らされないラッセの視線に、はふっと目を細めた。

  「理由ねぇ・・・・・・そうだなぁ・・・例えば『自分を保つために酒に逃げてる』とか言えばいい?」
  「そうなのか?」
  「その判断は、ラッセに委ねます」
  そう言って肩を竦めて、は再び酒を呷った。


  「ねぇ・・・・・・」
  「ん?」

  「前のクルーの話、聞かせてよ?」

  の口から、そんな言葉が出てくるとは夢にも思っていなかった。

  ソレスタルビーイングの再建の為に、ティエリアがスカウトして来たは、積極的に他人と係わらず、他のメンバーと打ち解けようともせず、しかしその能力は驚くほど高くて、ある意味ティエリアらしい人材選出だと思ったものだ。
  が前のクルーに興味を持つなんて。しかも、それを自分に尋ねるとは       こうやってと一緒に酒を飲む日が来るなんて、思いもしていなかった。

  ラッセは訝しげに眉を寄せた。
  そんなラッセの顔を見て、が不貞腐れたように机に突っ伏した。

  「あ〜、もう!! そんな顔しなくたってイイでしょ!! アタシらしくないのは分かってるからっ!!」
  「・・・・・・酒のせいか?」
  「はいはい。そういう解釈でいいから! ・・・だって、気になるじゃん!? 4年前はアタシ乗ってなかったんだから・・・」

  不満そうに唇を尖らせたが頬杖をついて、ラッセに挑戦的に視線を向けた。

  「人の思い出に土足で踏み込むのとか嫌だし、アタシがそういうキャラじゃないってのも分かってるけどさぁ・・・・・・それでも、やっぱり気になるんだもん」
  「そうか・・・・・・」
  「そうだよ・・・知りたいって思うのは、間違ってる?」
  首を傾げるに、ラッセはゆっくりと首を振った。
  「いや・・・・・・間違ってないと思うぜ」
  ラッセの言葉に、は自嘲気味に笑った。

  「ありがと・・・・・・でもね、正直怖い。アタシがそれを訊くことで、思い出したくないこと思い出したり、その人たちがいないことにまた傷ついたり・・・
   ・・・・・・ラッセは、どう? アタシに思い出を語ること、辛かったりする?」
  「辛くはない、が・・・・・・」
  そう答えながら、ラッセは考えた。

  思い出を、過去を語ることで、リヒティやクリスが、スメラギさんが、マイスターたちがいないことを再認識するかも知れない。
  彼らがいた場所に違う人間が、がいることによって、彼らがいない現実を再度突きつけられて傷つくかも知れない。
  だが       とラッセは思う。それは、乗り越えなければいけない痛みだ。
  前に進むためには、過去にして、思い出にして、痛みを誤魔化して、そうやって生きていくしかない。
  そうして、いつか忘れるのだ。
  癒えていくのだ。
  それなら、いつか忘れられるのなら、忘れる前に共有してしまえばいい。話して、語ってしまえばいい。


  「・・・・・・いや、むしろ俺も話したいのかもしれないな・・・」
  「そう言ってもらえると、気も楽だわ・・・・・・でも、せっかくだけど、今晩はここまで」

  が肩を竦めて、ボトルを逆さまにした。
  最後の一滴が、の空のグラスに落ちた。

  「お酒が空っぽ・・・・・・アタシの方が飲んじゃったね」
  「いや、構わないさ。俺はこれぐらいで丁度いい」

  最後の一口を呷ったラッセの頬に、の唇が触れた。

  突然のことに驚いて見れば、思いのほか近い場所にあったのアメジスト色の瞳に、ラッセの心臓がドクンと音を立てた。

  「今晩のお酒のお礼、かな? ・・・・・・・・・アタシもだいぶ酔ってるみたい・・・らしくないな」

  呟いて、はいつもの笑みを唇に浮かべた。
  アメジスト色の瞳が、ラッセを見つめている。

  「ラッセはさ・・・強いよね・・・・・・そういうとこ、凄く羨ましいな・・・」

  もう一度、頬に触れた唇は、微かにアルコールの臭いがした。
  静かに微笑むをラッセはただ見つめ返していた。

  「・・・・・・今度はアタシがお酒、提供するよ。じゃぁ、またね。お休み」


  の背中が扉の向こうに完全に消えてから、漸くラッセは呟いた。

  「・・・・・・・・・全然酔ってないじゃないか」

  ひらひらと手を振りながら出て行ったの足取りが、微塵もふらつかなかったことに思い至って、ラッセは唇を緩めたのだった。
















     46音で恋のお題 より 「キスマークは踊る」

Photo by Microbiz

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