「あぁーあ。俺、今年もリナリーのチョコ、貰えなかったなー」
  資料を探すその合間、残念そうにタップが呟いた。
  「科学班全員、貰ったじゃん」
  「義理じゃなくてさ、本命チョコだよ、本命」
  「お前なぁ」
  同じく資料の山と格闘していたジョニーが呆れて笑う。

  「あぁーあ。リナリーの本命チョコ、誰か貰った奴いるのかなー」
  「いないんじゃない? もしいたら、今頃、室長が使い物にならなくなってるだろうし」
  「確かに。俺らに配られた義理チョコさえ回収しようとしてたからな、あの室長。義理チョコくらいいいじゃんか、なぁ?」
  みんなに配られたのよりも大きなチョコを妹から貰って、何とか不機嫌から脱出してくれたコムイ室長を思い返して、タップとジョニーはこっそり笑いあった。


  「本命チョコと言えば、班長は貰ったのかな?」
  「? ・・・あ、から?」
  「そう。から」
  最近急に大人びた、美心で無愛想なエクソシストをタップとジョニーは思い浮かべた。

  リナリーとは仲のいい彼女だが、科学班に一緒にチョコを配りには来なかった。
  科学班で唯一打ち解けている、というか付き合ってるんじゃないかと疑われている科学班班長、リーバー・ウェンハムのところにも来ていなかったように思う。もしかしたら、皆の目がないところで、こっそり渡したのかもしれないけれど。
  打ち解けていなくとも、女っ気のない科学班にチョコを配れば、美人な彼女からの贈り物に喜ぶ者もいただろうに       愛想無くチョコを配るを想像して、タップは少々残念に思った。


  「貰ってないんじゃないかな、班長も」
  「え?! そうなの? 俺はてっきり、こっそりと      
  「確か今、は任務に出てるはずだから」
  「あ。そう言えば、そうだった」
  ジョニーの言葉を聞くまで、すっかり忘れていた。
  そうだった。は任務で、ホームには今いなかったのだ。

  「あーあ。残念だな、班長。せっかくのバレンタインだったのに」
  「本当だよな・・・ま、いても仕事漬けで二人で過ごす時間なんかとれなかっただろうけど」
  まだまだ積みあがった資料の山に、タップとジョニーは揃って溜息を吐いた。


  「あれ? そう言えば、班長は?」
  「ん?・・・あれ、ホントだ」
  振り返れば、報告書の山と格闘していたはずのリーバー班長の姿が見えなくなっていた。
  紙の山に埋もれているわけでもなさそうで、目を通した報告書がきちんと机の上に積みあがっている。

  「どこいったんだ? 班長」
  タップとジョニーは揃って首を傾げたのだった。











  固まった体を解すように、ぐっと伸びをして、リーバー・ウェンハムは深く息を吐き出した。
  万年寝不足気味の目頭を押さえながら、首を回して何とかコリを解そうと試みる。
  窓の外に目をやれば、冷たい雨が霧のように降っていた。

  (・・・のやつ、濡れてなきゃいいが・・・)

  数日前、急な任務に出て行ったエクソシストに思いを馳せる。


        バレンタインだって、リナリーが何か楽しそうにしてる      .

  科学班のソファーの上に膝を抱えて座ったが、初めて知った行事を不思議そうに語っていた。

        チョコレートをあげたり貰ったりするのって、そんなに楽しい?      .

  科学班が皆引き上げた部屋で二人っきり、コーヒーを片手に他愛もない話をした。

        人に何かしてもらうの、嬉しいって気持ちはわかる・・・慣れてないけど。だけど、バレンタインのチョコレートだけ特別嬉しいっていうのは、よく分かんない      .

  理解できないと首を傾げるの言い分は尤もでリーバーも苦笑した。

        ねぇ、リーバーは、バレンタインに私からチョコレートを渡されたら、特別に嬉しい?      .

  誤魔化せるはずもなく、嘘をつく理由もなく。リーバーの言葉に、俄かにの瞳が輝きを増した。

        チョコレート、リナリーに分けてもらう・・・バレンタインって楽しい気がしてきた      .

  少しはにかみ気味に、ふんわりとほほ笑んだに、リーバーもその日が楽しみになったのだが       リーバーは自嘲の笑みを顔に浮かべた。
  その会話をしてすぐ、予期しない任務には出てしまった。
  いつものように仕事に追われるうちに、バレンタインも気付けば終わっている。それに      .

  (・・・忘れてるさ。きっと・・・)

  は自身のイノセンスの影響で記憶障害がある。
  イノセンスとシンクロすればするほど記憶を蝕んでいく。アクマ退治の任務に出れば、記憶を欠いて戻ってくる。だから      .

  (・・・・・・忘れてる。なら、がわざわざ気にすることもないしな・・・)

  記憶の欠落に苦しむ彼女をこれ以上傷つけたくなんかない。
  ここは年長者らしく割り切ろうと、期待した分だけ落胆した心に向かって呟いた。




  「リーバー」


  「? ?!」
  幻聴かと聞こえた声に顔を上げれば、信じられないことにそこにはの姿があった。
  こんなに早く片付けて戻ってこられる任務じゃなかったはずだ。早くても、今頃はホームへ向う馬車のなかにいるはずなのに      .

  「、お前・・・」
  「良かった、見つけた・・・リーバー」
  近づいてくるの団服はあちこち綻びている。
  彼女のイノセンスは近接戦闘タイプであり、アクマと戦った後には防具が壊れているのが常だ。
  擦り切れた手袋に、が任務を終えて帰ってきたのだと知れた。

  「無事に戻ったのか・・・任務は      
  「リーバーに、コレを渡さなきゃって」
  リーバーの言葉を遮って、が小箱を取り出した。

  「すぐに戻って、渡さなきゃって」
  切羽詰まったような声でが繰り返す。

  「分かんないんだけど・・・正直言ってコレが何か、覚えてないんだけど・・・だけど、リーバーに渡さなきゃって」
  不安そうにの瞳がリーバーを見つめる。

  「ねぇ、リーバーに渡すので、合ってる?」
  「・・・・・・」

  の髪が濡れていた。
  このために、探索部隊と合流せずに、急いで戻ってきたのだろう。たった、この小さな箱を自分に渡すためだけに       締め付けられた心に逆らって、リーバーは笑みを顔に浮かべた。


  「あぁ。合ってるよ、
  「よかった・・・」
  箱を渡して、が安堵の息を吐いた。
  「遅れたりしてない? 大丈夫?」
  それでも心配気な彼女に、安心させるように頷いてみせる。

  「あぁ。大丈夫だ・・・・・・ありがとう、
  「うん。よかった」
  やっとが微笑んだ。


  「それと。ただいま、リーバー」
  「おかえり、


  「・・・ねぇ、その箱、何?」
  尋ねるに、リーバーも今度こそ本当に微笑んだ。

  「チョコレートだよ」
  「チョコレート? 何で?」
  不思議そうに聞き返すの、冷え切った指先を握りしめる。
  「後で一緒に食べような」
  「??? リーバーに渡したのに? 何で? いいの?」
  理解できないと首を傾げるに、笑顔で肯定の意を伝える。

  チョコレートに意味があるんじゃないから       そう呟いて。











Photo by clef

ブラウザバックでお願いします。