珈琲を片手に、ラッセはデッキを覗き込んだ。
  探すまでもなく、目当ての人が見つかり、自然と表情が和らぐ。

  「よぉ」
  「お疲れ様」
  かけられた声に驚くことなく、が微笑んで顔を上げた。

  「休憩?」
  「ああ。もか?」
  「うん。さっきまでミレイナとフェルトもいたんだけど・・・」
  「ミレイナなら、さっきブリッジで入れ違ったぜ」

  言って、の隣へやってきたラッセが、置かれたままの空箱を発見した。
  その訝しげな視線に気付いて、がその箱を片付けて場所を開ける。

  「ミレイナから。みんなで分けて食べちゃった」
  「珍しいな。トレミーにお菓子を持ち込むのは、いつもなのに」
  「専売特許にしたつもりないんだけど?」

  ワザと唇を尖らせたに、ラッセもふざけて笑う。

  「そうなのか? 俺はてっきり、の習性なのかと思ってたぜ」
  「酷いなぁ・・・そんなふうに言うなら、もうラッセには分けてあげない」
  「何だよ? つれないこと言うなって」

  軽口に軽口で返して、二人で笑いあう。

  「ほら、今日バレンタインだから。友チョコもらったのよ」
  「あぁ。そうか・・・もうそんな頃か・・・」

  昼も夜もない人工的な空間では、どうしても日付の感覚が曖昧になる。
  外を見ても、夜明けも日没もない、真っ暗な宇宙空間が広がっているだけだ。
  数字でカウントはしていても、実感としては薄い。
  ラッセは今の会話で、今日がバレンタインであることを認識した。

  「で、友チョコ?」
  「何か、そういうの流行ってるみたい。お世話になった人に贈ったり、友達同士で交換したりするんだって。若いって可愛いよね」

  その言い方が可笑しくて、ラッセは笑いを浮かべた。だって、充分若いと思うのだが。

  「それで、チョコを貰ったってわけか」
  「そ。結構おいしいチョコレートだったよ」
  「・・・・・・俺は、まだ貰ってないけどな。友チョコってやつ」

  苦笑して呟けば、が面白そうにラッセの顔を窺う。

  「あれ? ミレイナとブリッジで会ったんじゃ?」
  「だが、俺にはくれなかったぞ」
  「そうなの? 女の子限定の友チョコだったのかな?」
  「・・・これでイアンが貰ってたら、俺の立場はどうなるんだ?」

  大げさに嘆いて見せれば、がラッセの肩を叩いて励ますように口を開く。

  「お父さんは貰うでしょ? 寧ろ、イアンが貰ってなかったら、彼、落ち込んで大変だと思うけど?」
  「けどな・・・俺だって同じ船のクルーなんだぜ?」

  期待を隠して拗ねたように呟けば、仕方ないなとが笑った。

  「もぅ・・・・・・アタシのチョコだけじゃ、不満?」
  「そういうわけじゃないが・・・」

  バレンタインを忘れず、自分のためにがチョコレートを準備しているらしいことに内心で喜びながら、彼女の顔を覗き込む。

  「これとそれは、別だろ?」
  「そうかもしれないけど・・・だったら、どうする? ミレイナに直接催促でもする?」
  「いや      

  吐息がふれるほどの距離でラッセは悪戯っぽく笑った。


  「      これで充分だ」


  そう言って、の唇に唇を重ねた。











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