「・・・どうしよう・・・」

  ピンチだ。
  時間は止まってくれない。
  だから、アタシは近付いてくるそれに、日々追い詰められていく。

  「どうしよう・・・・・・」

        セント・バレンタイン      .

.

  恋人たちの一大イベントが近付いてくる。

        セント・バレンタイン      .

  お菓子業界の策略だとしても、世の女の子にとって、クリスマスと誕生日に匹敵する重要なイベントだ。
  片思いの子はチョコを片手に一世一代の告白に胸躍らせ、恋人がいる子は彼氏へのプレゼントに心躍らせる。
  こんなアタシにも恋人がいるわけで、今年は心躍る日になる予定だったのだが・・・・・・


  「あ〜!!! もう、どうしよう!!!」

  心境は告白を控えた乙女さながらで、バレンタイン用にディスプレイされたショーウィンドウを睨みつける。

  だって、信じられないことに、アタシの恋人は、あの、皆のヒーロー・スカイハイなのだ。行け行け僕らのスカイハイ、キャッホー。
  しかも、スカイハイことキース・グッドマンは笑顔が爽やかな好青年。
  何でそんな完璧な彼が、アタシの恋人なのかは永遠の謎だが、そんな彼にバレンタインのプレゼントだなんて、考えただけで胃が痛くなってくる。

  だって       バレンタインにはスカイハイ宛にファンの女の子(に限らないかもしれないが)から、毎年大量のチョコが会社に贈られてきているに違いないのだ。
  そこには手作りのチョコから、高級店のブランドチョコレートまで、それこそありとあらゆるチョコレートの山に違いない。そんな彼に、チョコをプレゼントするなんて・・・・・・いったいどんなチョコを選べば被らないのか、アタシには全然分からない。
  手作りチョコ、というのも考えたが、アタシの料理の腕を鑑みるにそれはやめておいた方が無難だ。多分、間違いなく。

  となると、チョコ以外のプレゼントとなるのだが       これも、厳しい。
  だって、相手は、キング・オブ・ヒーローなのだ。大抵のものをポンと買えてしまうような給料を貰っている。
  しかも、そういう彼に限って物欲とコダワリがない。
  「のくれるものなら何でも嬉しいよ」とか、さらりと言ってしまう彼には、クリスマスや誕生日のプレゼントですら毎回悩みに悩み抜いている。

  そんなわけで       もう、アタシにはお手上げなのだ。
  バレンタインが近づいてくることに恐々とするしかない。

  あぁ、もう助けてヒーロー!!



  「

  「うわぁぁ?! キース?!!」

  「やっぱりだった。偶然君に会えるなんて、私はなんて運がいい! そして、ラッキーだ!!」

  爽やかに笑った彼の手にはパンのはみ出した紙袋とジョンのリード       どうやら買い物ついでにジョンの散歩・・・いや、ジョンの散歩ついでに買い物中だったらしい。

  「こんな所でどうしたんだい?」
  「うっ・・・えっと・・・・・・」
  「何か真剣に悩んでいたようだけれど?」

  バレンタインのプレゼント、何が欲しい?       と本人に直接聞くのはルール違反ではないだろうか?
  プレゼントは開けてビックリのサプライズが大切な気がする・・・・・・が、もう明日はバレンタインだ・・・・・・

  「キース!! チョコレートは何が好き?!」
  「?」
  「えっと、ほら、もうすぐ      
  「あぁ! バレンタインだね!!!」
  「!?」
  「ここ一週間くらい会社の私書箱がチョコレートでいっぱいになっているし。それに、街も華やいで楽しそうだからね」

  驚くアタシに、彼がにっこりと笑った。

  やはり、アタシの睨んだ通りだったらしい。
  恐る恐る、好奇心に負けて尋ねてみる。

  「ど、どれくらいの量が届くの?」
  「去年は確か、段ボール5つ分だったね」
  「だ、段ボール5つ・・・・・・」

  予想以上の多さに、アタシは驚くことも忘れて呆然とした。
  そんなに沢山のチョコが届くなら、アタシのチョコなんていらないんじゃないだろうか?
  むしろ、チョコなんて見るのも嫌になりそうな量だ。


  「そうなんだ。さすがに多すぎるから、毎年子供たちへプレゼントしているんだ」

  「え?」
  「もちろん、贈ってくれる皆には了承を貰っている。だから、安心したまえ」

  白い歯を見せてにっこりと笑った彼に、アタシはアハハと乾いた笑いを浮かべた。
  ジョンがその足元で、呆れたように欠伸をしている。

  安心したまえ、っていったい何にだ。
  了承をもらっていることに? カロリーと糖分取りすぎの心配がないことに? それとも、他の人から貰ったチョコは食べてないってことに?       まぁ、確かに。安心することにします。どうもありがとう、スカイハイ。


  「は、どんなチョコレートが好きなんだい?」
  「え? ・・・アタシは、近所のケーキ屋さんのガトーショコラが一番好きだけど・・・・・・?」

  何でそんなことを聞かれるのかが分からなくて首を傾げれば、彼がさっさとジョンを連れて歩き出す。


  「、早くおいで」
  「え? え? ちょっと待って、何? 何なの?」

  慌てて追いかければ、彼が楽しそうに笑って片目を閉じる。


  「そのガトーショコラをと一緒に美味しく食べるというのが、一番ステキなバレンタインだと思うのだが、どうだろう?」

  「え? えぇ?!」

  素っ頓狂な声を上げたアタシに、爽やかに彼が笑い声をたてる。
  二人の間で、やれやれとばかりにジョンがさっきよりも大きな欠伸をしたのだった。











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