「リーバー・・・・・・」
「ん? どうした、?」
「うぅん・・・呼んだだけ」
腰を降ろすスペース分の書類を蹴り落として、いつものようにソファに膝を抱えて座ったが緩慢に首を振った。
「・・・そうか」
答えて、しかしリーバーは広げていた資料を閉じて、を見つめた。
ぼんやりとソファに座るの疲れた様子に、リーバーの心が痛んだ。
「少し休め。ここ暫く頑張りすぎてるだろ?」
「うん・・・でも、そのために、ここにいるんだもん・・・」
の口から漏れた言葉に、リーバーはグッと溜息を堪えた。
エクソシストはアクマと戦える唯一の存在 世界を滅ぼすために千年伯爵候が製造するアクマ。そして、それを阻止するために神に選ばれた使徒、エクソシスト。
悲劇を材料に造り出されるアクマは増え続け、対するエクソシストは少数精鋭のために酷な戦いを強いられる。
ここ、黒の教団はアクマと戦うために組織された集団だ。アクマを滅ぼし、千年伯爵を倒すためだけに存在している。
はエクソシストとして、リーバーはその活動をサポートする科学班の班長として .
「それでも、ちゃんと休め。じゃないと、倒れるぞ」
「・・・・・・うん・・・大丈夫・・・」
「・・・・・・」
ちっとも大丈夫そうに見えないの様子に、リーバーは眉を寄せた。
アレン・ウォーカーが黒の教団に加わり、は彼と任務に出ることが多かった。アレンがと同じクロス元帥の弟子だったということと、二人ともアクマ退治に効果的な攻撃的なイノセンスの適合者だったため、立て続けに任務が続いた。
新人のアレン・ウォーカーよりも、ここ最近はホームへ戻ってくる度に、の方が疲労を溜め込んでいるように見えた。
「・・・アレンと、上手くやっていけそうか?」
「・・・・・・彼、いい子だもの・・・大丈夫・・・」
やはり、全然大丈夫そうには見えなかった。
元々、人見知りの気があるだ。いくら師匠が同じだからと言われても、まだ慣れていない人間との作戦行動は、正直にはキツかったのだろう。
「無理、するなよ?」
「・・・・・・うん・・・」
の返事に、何か含みを感じて、リーバーは立ち上がった。
ソファに置かれていた資料文献を床に移動させて、リーバーはの隣に腰を降ろした。
残業徹夜続きだった科学班の面々に、今日は仕事を切り上げさせて休息をとらせた。そうしなければ明日辺り倒れる奴が出そうだと思ったからだ。科学班フロアに残っていたのは、リーバーだけ。
そこへ、ふらりとがやって来たのは偶然だ。だけど、もしかしたら そう思っていたのも事実だ。
任務続きのがリーバーと顔を合わせるのは、出発と帰還の挨拶時ぐらいで。残業続きのリーバーの方も、ゆっくりとと過ごす時間もなく。そのせいか、リーバーは何だか無性に、に会いたかった。
もしかしたら、もそう思っているんじゃないだろうか そう期待していた。
だから、がその期待通りに姿を見せたときには、素直に嬉しかった。
「本当に、駄目だと思ったら、俺に言え」
「うん・・・ありがと、リーバー」
やっと、僅かにだが、微笑んだの頬に、リーバーは手を伸ばした。
「やっぱり、疲れてるな」
隣に座って見れば、の顔には疲労が色濃く滲み出ていて、リーバーを居た堪れなくさせた。
「ちゃんと食ってるか? 睡眠だって、ちゃんと取ってるのか?」
「・・・・・・うぅん」
小さくが否定の意で首を横に振った。
「・・・眠りたくない、から・・・」
「?」
「眠ったら、また忘れちゃう・・・・・・」
「!!」
「それに 」
言葉を切ったに、リーバーは安心させるようにその背中に手を回した。
「 それに・・・アノ夢は、嫌いだから・・・」
黙って、リーバーはの肩を引寄せた。
アクマとの戦闘が激しくなり、イノセンスとのシンクロ率を上げれば上げるほど、の記憶は抜け落ちていく。
科学班で手を尽くしても、の記憶の欠如は止まらなかった。今も、の記憶は少しずつ消えていっている。
忘れないために、思い出せるように、自身日記を書きとめてはいるが、それだって記録として完璧なものではないし、微々たることでしかない。
この症状を止めるためには、がイノセンスを手放すしかない。それは、がエクソシストではなくなるということだ。神の使徒であることを辞め、咎落ちとなりその命を失うことだ。
がとして生きていくためには、この記憶障害と付き合っていかなくてはならない。だが、この症状が酷くなれば、がとして存在していられなくなる。
根本的に解決できなくても、それでも今だけでもを安心させたくて、リーバーはその髪を優しく撫でた。
「夢ってのは、前にも見るって言ってた悪夢か?」
「うん・・・・・・大嫌いな、アノ夢・・・」
頷いて、がギュッと目を閉じた。
その夢の内容まで、が語ることはない。だが、以前も悪夢を見て、が随分とナーバスになっていた。
のイノセンスは接近戦で、その力を最も発揮する。アクマと戦う恐怖が、抑圧されて悪夢というカタチで、が眠っているときに深層心理から上がってくるのだろう。
「大丈夫だ。」
「リーバー?」
しっかりと、の手を握った。
リーバーの手と比べたら細くて柔らかなその手は、微かに震えていて。リーバーは、ギュッとの手を握り締めた。
「魘されたら、すぐに起こしてやるから」
「でも・・・」
「悪夢から、すぐに攫ってやるから」
「リーバー・・・」
「隣でずっと、見張っててやるから」
「だったら・・・」
がリーバーの手を両手で握り返した。
「ずっと繋いでて・・・リーバーと同じ夢が、見られるように」
「分かった」
「ありがとう・・・」
リーバーの肩に頭を凭れかけさせて、が目を閉じた。
やはり寝不足だったのだろう。目を閉じたが、安心したように深くゆっくりと息を吐いた。
「ずっと・・・一緒にいたい・・・・・・」
「ああ」
「絶対・・・リーバーのことだけは、私、忘れない・・・忘れたくない・・・・・・」
「約束、したからな」
「リーバー・・・・・・」
「ん? どうした、?」
「彼・・・どうして・・・・・・ここに来たの?」
「? 誰のことだ?」
「・・・クロス、もう・・・限界だと、思ってる?」
「?」
「まだ・・・わたし・・・・・・」
「・・・?」
「やくそく・・・まだ・・・・・・もう、すこ、し 」
すぅ、との寝息が続いて、リーバーも小さく吐息を吐いた。
「お休み、」
の猫毛をそっと撫でて、繋いだままの手はそのまま、リーバーもソファの背に体を預けた。
同じ夢を そうは言ったが、そう簡単には眠れそうにない。
もちろん、疲れていないわけではない。残業続きで、体自体はとっくに限界を超えて、休息を必要としている。
だが、顔のすぐ横で聞こえるの寝息に、朝まで眠れる気がしない。
長い夜になりそうな気配に、リーバーはそっと苦笑を浮かべた。
出来ること .
君のために俺が出来ること .
どんな些細なことでもいい。
本当にどんなことでもいい。
だって、君が幸せなら、俺も同じ気持ちになれるんだから .
あいうえお行で5種のお題「手を繋いで眠ろう」より
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