「リーバー」
白衣の青年へと走り寄っていく、その背中をつい目が追っていた。
「任務、入ったんだってな」
「でも、すぐ戻るよ」
「無茶すんなよ?」
「平気。大したのじゃないから」
「アクマの破壊だっけ?最近、に振られること多いよな・・・」
「多分、彼の肩慣らしも兼ねてる」
指し示されて、反射的に背筋を伸ばして愛想笑い。
納得したように白衣の青年が頷く。
「兄弟弟子だから、か・・・・・・」
「うぅん、だけじゃないと思う。多分、コムイ室長が、リナリーと二人っきりで組ませたくないから」
青年が苦虫を噛む潰したような顔をする。
「・・・あのシスコン・・・!!!」
「まぁ・・・別に、いいけど」
そう答えた彼女に、青年は溜息を一つ吐いて。
「・・・とにかく、無茶はするな。も、アレンも」
「うん、ありがと」
そう言って、彼女はふんわりと微笑んだ。それから、すっと姿勢を正して。
「リーバー、行ってきます」
「おう、行ってこい」
そう応えて、彼も柔らかく微笑んだ。そうして、離れて立っていたこちらを向いて。
「行ってこい。アレンも気をつけて」
「あ、はい!行ってきます」
不意打ちで少々ぎこちなくなってしまったのは、多めに見て欲しい。
歩き出した彼女の後を追いながら、もう一度後ろを振り返る。先と同じように柔らかく微笑んだ青年が、見送ってくれている。振り返ったことに気付いて親指を立ててみせた彼に、軽く頭を下げて、再び前を行く彼女を追いかける。その左腕には、まだ包帯が巻かれたまま。
見送ってくれている青年を振り返ることなく、彼女は前へと歩み続ける。
「・・・・・・・・・さっさと片付けて帰るから」
呟かれた言葉は、誰に向けてのものか。足を止めることなく、彼女は進む。
「・・・行こう、アレンくん」
「はい・・・さん」
交わされた言葉。交わらない視線。
でも多分、目的は同じ。だから .
二人は曇天の下、教団本部を後にした。
「さん、後ろです!!」
振り向きざまに、が足を振るう。今まさに背後からに襲いかかろうとしていたアクマが弾かれ、アレンが左手を振るった。崩れ去ったアクマに、アレンたちの背後の路地に隠れていた探索部隊がほっと安堵の息を吐いた。
「・・・終わった・・・・・・」
「まだ」
「え?」
呟かれた言葉に、探索部隊が顔を上げれば、まだ緊張を解かないままが、周囲を窺うように一歩足を引いた。
「まだ、いる・・・潜んでる・・・・・・」
の言葉に、探索部隊が不安げな表情を浮かべて、ごくりと息を飲み込んだ。
何事もなかったように行きかう人の群れ、この雑踏の中にまだアクマが紛れ込んでいる 人の皮を被ったアクマは、常人では見破ることが出来ない。近くに市場があるためか、人波は途切れることなく、探索部隊の目の前を流れていく。
(・・・・・・どれが、アクマだ・・・?!!)
エクソシストの後ろに隠れるようにするしかない、探索部隊の背中を嫌な汗が伝い落ちていく。
「さん、あそこ!!」
アレンが指差した先、買いもの籠を下げた女性が横切っていく。
探索部隊には、人間にしか見えないその女性に向って、は躊躇うことなく距離を詰める。
誤魔化すことは不可能と悟ったのか、アレンに指し示された女性が、人の皮を脱ぎ捨てる。まるでゼンマイ仕掛けの人形のように、アクマが不恰好に動き、口を開いた。
「危ない!!」
アレンが叫ぶと同時にアクマの口からウィルスを含んだ血の弾丸が複数吐き出された。
思わず身を縮めた探索部隊とは対照的に、は弾丸の前に体を投げ出す。そのまま止まることなく、アクマの顔面を地面に叩き込んだ。アクマの口から吐き出され続ける弾丸が、舗装された道を割り、その振動に地面が揺れる。
その頃になって漸く異常に気付いた人々が、悲鳴を上げて逃げていく。
周囲に人がいなくなったことを確認して、が地面に押し付け続けていたアクマから手を離した。
拘束から解かれたアクマが体を起こそうとする。
「・・・哀れなアクマに魂の救済を」
アクマが再び弾丸を吐き出す前に、その体をアレンの左手が切り裂いていく。
崩れ去っていくアクマから離れて、がさっさと歩き出す。
「終わった」
探索部隊にそれだけ声をかけると、さっさと歩き出す。
アクマの砲弾を喰らったのだろう、ところどころ団服が破れている。それを気にすることなく、無愛想なエクソシストは平然と来た道を戻っていく。
「大丈夫ですか?」
物陰に隠れたままだった探索部隊が声の主へ顔を上げれば、白髪の少年が心配そうに右手を差し出している。
「・・・平気です・・・・・・ホームへ戻りましょう」
(・・・呪われてる奴の手なんか、握れるか・・・!)
差し出された右手を取ることなく、探索部隊は立ち上がった。差し出していた手を引っ込めて、少年が笑顔を浮かべる。
「そうですね」
そう言って、先を歩く先輩エクソシストを追いかけていく少年の左手に、探索部隊は目を向けていた。
イノセンスが埋め込まれた真っ赤な左手を持つ少年にも、自分の体を盾代わりに使う女にも、関わろうとは思えなかった。
あの女の戦い方は、いつもそうだった。いくらアクマの殺人ウィルスが効かないからといって、被害を最小限にとどめる為に自分自身の体をアクマの前にさらけ出すなんて、普通の人間が普通の神経で出来ることではない。それ故、その戦い方を称して、彼女は探索部隊ではこう呼ばれている 死にたがりの、と。
アクマのウィルスでは決して死ぬことはない。けれど、彼女はアクマと戦っている時、普段の無表情とは違う、そこに感情が浮かぶように見える。まるで、キケンに身を曝すことを楽しんでいるように、探索部隊には見えるのだ。
(・・・・・・呪われてるのも、死にたがりも、関わりたくねぇよ!!!)
探索部隊という仕事を選んだことを後悔はしていない。
ただ。こんな時に思う。自分は、ただの、人だ、と。
(・・・・・・帰ったら、仲間と一杯やって、あったかい寝床でぐっすり眠ってやる・・・!)
そう思うことで心を保ちながら、探索部隊はホームへと戻るエクソシストから視線を外した。
ホームへの帰り道、向かいの席に座ったがアレンに声をかけた。
「・・・アレンは、どうやってアクマを判別してるの?」
あまり話しかけられることのないからの質問に内心驚きながらも、アレンは自分の左目を指し示した。
「僕の左目は、アクマに内蔵された魂が見えるんですよ。だから、僕はアクマが分かるんです」
笑顔で答えたアレンに向って、がすっと手を出した。何をするのかと身構えるアレンの右目を塞いで、が尋ねる。
「・・・その左目で見て、私は人間?」
「ええ。人間にしか見えませんけど・・・・・・どういう意味ですか?」
質問の意図が分からなかった。
アレンの左目で見るは、右目で見るのと変わらない。アクマのように内蔵された魂も見えない、普通の人間と同じだ。
いつもよりも若干強張ったような、真剣な表情を浮かべているように見えるが、その判断すらアレンには難しい。
アレンの答えに、一度目を伏せてから、は立ち上がった。
何をするのかと再び身構えるアレンに構わず、は向かいの席からアレンの隣へと腰を下ろした。
「・・・戻ろう、ホームへ」
それだけ言うと、何事もなかったかのように窓の外へ視線を流す。
わけも分からずに、アレンはの横顔から目をそらした。
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