「え・・・・・・さんと任務ですか?」
「あれ?アレンくん、君、神田くんだけじゃなくて、とも仲悪いの?」
コムイの言葉に、アレンは慌てて首を振った。
「違います!!・・・・・・ただ、神田はキライですけど・・・・・・さんは苦手なんです・・・師匠の関係者ですし・・・」
リナリーとリーバー班長が部屋にいないことは確認済みだ。それでも、アレンは少々声を抑えて言った。
「まぁね。クロス元帥の弟子ってとこでアレンくんに拒否反応が出るの、ティムキャンビーの映像を観て理解できるけど・・・・・・」
コムイはどこか哀しそうに微笑んだ。
「には・・・優しく接してくれると、僕も安心だな・・・」
「?それって、どういう・・・」
「さぁさぁ!さっさと片付く任務だから、すぐに出発して、さっさと戻ってきてね!!君たちなら、半日で片付くと思うし」
アレンの言葉を遮って、コムイは明るく言い放った。
どこか釈然としないものを感じつつ、アレンは手渡された資料とともに室長室を後にしたのだった。
馬車から降りて、アレンは大きく伸びをした。
ほんの数時間の移動だったのだが、狭い車内に二人っきりというのは、なかなか精神が疲労する旅だった。
ちらりと振り返れば、アレンを精神疲労に追い込んだ張本人は、軽々と馬車から飛び降りると、同行人をまったく気にすることなく、勝手に歩き出している。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ!!?」
慌てて追いかければ、足を止めて振り返るものの、何も言わず、アレンが追いつく前に再び自分のペースで歩き出す。その腕には、まだ包帯が巻かれたまま アレンが見てしまった傷は、まだ完治していないのだろう。
アレンは内心で大きく溜息を吐いた。
と二人で任務に赴いたものの、移動中もずっとこんな調子だった。
アレンが何か問いかければ、返事はするものの、表情はずっと無表情だし、返事が簡潔すぎて話しは続かないし、本当に散々だった。精神が磨り減るような、居心地の悪い時間だった。
僕のこと忘れられてたし・・・
コムタンが大暴走して本部が壊滅状態になりかけたあの後、目覚めたはアレンを覚えていなかった。
そりゃぁ、あんな状況で、ドサクサ気味に交わした自己紹介だったけれど、それでも目覚めたの第一声が「アレン・・・・・・知ってる名前?」だったことにアレンはかなりの衝撃を受けたのだ。
多感な僕の心を傷つけるには十分過ぎです・・・
アレンはもう一度大きな溜息を吐いて、前を歩くに追いつこうと足を速めた。
「さん・・・・・・やっぱり、アクマの仕業でしょうか・・・?」
「そうね」
「10人もの人間が行方不明になっているなんて・・・早くなんとかしないと!」
「ええ」
「探索部隊の人たちが頑張ってくれたおかげで、アクマと目される人物も目星がついてて助かりますね?」
「そうね」
「探索部隊の人たちには、危ないので既に退避してもらってますけど、他の一般の市民を巻き込まないようにしないと!」
「ええ」
「・・・さんって、僕のことキライですか?」
「別に」
と並んで足を進めながら、一生懸命会話を試みるのだが、アレンの努力は報われない。移動中も、ずっとこんな感じで、残念なことに会話はまったく盛り上がらなかった。
に気付かれないように、アレンは再度溜息を吐いた。
今回の任務は、潜伏しているアクマの破壊 出掛けにコムイから渡された資料は、気まずい車内の空気を誤魔化す為に、眺めつくしてしまい、その内容をアレンは覚えてしまっている。
「・・・・・・・・・奥さんが強盗に襲われて急死してしまって、それで、伯爵に縋ったんでしょうか・・・」
思わず口を出たアレンの呟きに、初めてがその視線を向けた。
アレンは呟きを続ける。
「アクマは『機械』と『魂』と『悲劇』を材料に造られる・・・その日のパン代の為に殺されてしまった最愛の人を、突然の悲劇によって死んでしまった彼女にもう一度会いたくて、彼は 」
「関係ない」
冷淡に言われた一言に、アレンは眼差しを厳しくした。
「でも !!」
「アクマは、壊さなきゃいけない。理由なんて、知らない。関係ない」
「だけど!!責められるは伯爵であって、アクマにされた魂じゃない!!!」
「 どうしたいの?」
アレンの声に、が足を止めて向き直った。正面からアレンを見据える。
「伯爵を責めるなら、あなたはこの世界中に蔓延る『悲劇』を止められる?世界中の皆が、平和に幸せに笑って暮らせる世界があると思う?無理でしょ?そんなことは無理 だから、私たちはアクマを壊す」
「それでも・・・それでも僕は、誰かを救える破壊者になりたいんです!」
マテールの街で、神田に言ったのと同じ言葉だ。
やっぱり自分は、この思いは曲げられない。自分は、人も、アクマも、同じように救いたい。
真っ直ぐにを見つめて言い切ったアレンに、はエメラルドの瞳を僅かに見張った。真っ直ぐに向けられる視線から、ふいっと顔を背けると、は再び歩き出した。
「ちょ、ちょっと!!さん、待ってください!!!?」
何も言わずに歩き出したを、アレンは慌てて追いかける。
ずんずんと歩いていくを追いかけながら、アレンは今日何度目か分からない溜息を吐いた。
アレンの発言に呆れてしまったのか、前を歩くの背中に再度同じ話をするのは気が引けた。
以前、同じ言葉を言った神田にも呆れられて怒られた実績がある。今回も、多分、分かってもらえないんだろうな そう思いながら、アレンはの後ろをついていく。
唐突にぴたりと足を止めたに、内心でビビリながら、その視線の先を見渡した。そこに書かれた住所が覚えのあるもので、アレンはが足を止めた理由に納得した。目的地だった。
「・・・中に、いる」
家屋内の気配を探ったのだろう、そう呟いてが扉に手をかける。アレンは、周囲をざっと確認した。
大丈夫、巻き込まれそうな範囲に人はいないみたいだ・・・
そのことに、安堵の息を吐いて、アレンはに頷いた。それを確認して、が扉を引いた。
ぎいっと不気味な音を立てて、扉は開いた。薄暗い室内に、男性が一人、ゆらりと立っている。泣きそうに下がった目じりとは対照的に、まるで笑っているように弓形に吊り上げられた口元 その口が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ナニカ、御用デスカ?」
「・・・・・・ええ。あなたに大切な用があって」
「・・・さん、まずいです・・・もうすぐ、レベル2へ進化する・・・・・・」
内臓されている魂が悪化して、マテールで見たアクマの魂に近い状態になっているのがアレンの左目には見えていた。
「アア・・・モウ、我慢、出来、ナイ・・・・・・」
発するとともに人の皮を脱ぎ捨てるアクマ けれど冷静に、がその頭部を片手で掴んで床へとめり込ませた。
「・・・用件の説明さえ出来ないのね・・・」
残念そうに呟くへ、抵抗を試みたアクマの弾丸が一斉に発射される。
「さん!!」
弾丸を受けて崩れる屋根から身を交わしながら、アレンが叫ぶ。
土埃が舞う中で、が掴んだままのアクマの頭を持ち上げて、アレンのほうへ振った。
「救いたいんでしょ?」
アクマ越しに向けられたの視線に息を呑みながら、アレンは左腕を振るった。
「・・・哀れなアクマに魂の救済を」
既に発動していた左腕は、綺麗にアクマを切り裂いた。舞い上がる土埃の中で、内臓されていた女性の魂が柔らかな微笑を浮かべて消えていった。
「・・・・・・さっさと帰ろう」
魂を見送っていたアレンの横をがすれ違おうとした。アレンはハッと気付いて声をあげた。
「さん、被弾してませんでしたっ!?大丈夫ですか!!!?」
慌てての腕を掴んで、あちこち確認するアレンに、無表情のままでが答える。
「・・・私、アクマの弾丸も弾き返すから」
「あ、そうなんですか?はぁ、良かった・・・・・・」
そう言って笑ったアレンを見つめて、が呟いた。
「私は・・・救おうなんて、思ってない。私には、出来ない」
「・・・僕の、我侭ですから。それでも、僕はさんに伝わったことが、嬉しいですから」
そう言って、もう一度にっこりと笑う。本当に、がアレンの思いを汲み取ってくれたことが、嬉しかった。
「・・・・・・帰ろう」
理解されなくても、いい。理解されたいけど、そこまではまだ望んじゃいけないんだ。そう思う。だから、今はこれでいい 嬉しそうに微笑み続けるアレンを、一瞥してはさっさと歩き出す。
それでも、のアレンを見る視線が珍しいものを見るようなものでありながら、どこか優しさを含んでいた。僅かだが、本当に些細な違いだが、そう感じて、アレンは少しだけ、ともう少しだけ仲良くなってもいいかな・・・と思った。
さっさと歩いていくを慌てて追いかけ、その横に並んで、アレンはその努力をしてみようと声をかけた。
「さん、ホーム好きなんですね?そんなに急いで帰るなんて・・・」
「メモ帳しか持って来てないから」
「?・・・メモ帳・・・?」
疑問符を浮かべるアレンをちらりと見て、は歩くスピードは緩めずに、包帯の巻かれた自身の左腕を指し示した。
「足りなくなったら、また書かなきゃならないから」
「・・・はい?」
で、何で人の名前を腕に刻むわけ?
疑問符を浮かべ続けるアレンに、今度は答えずに、は真っ直ぐに帰途の馬車へ足を進めた。
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