アクマ、アクマ、アクマ、アクマ     倒しても倒してもキリがない。
  ここ最近のこと、まだ覚えてる?     レベル1のアクマにめり込んでいる自身の腕を引き抜きながら、は考えた。
  昨日は、隣町でアクマを殲滅。ホームには帰れてない     後ろから近づいてきていたアクマを足蹴にしながら、は考える。
  一昨日は、東の町でアクマを探索、追跡のためホームには帰れず     反転して、蹴り飛ばした悪魔に拳を叩き込みながら、は考える。
  その前日は、アクマの情報をもとにホームを出発、移動中の列車の中で書いた日記が最新     刺さったアクマごと腕を振って、襲ってくるアクマをなぎ倒しながら、は考える。
  あぁ、そっか。丸三日、リーバーに会ってない     つけた勢いそのままにアクマを放り出し、追い討ちをかけるために地面を蹴って、は思い出した。
  しかも、出立の決定が急すぎて、リーバーと言葉を交わしてない     壁に叩きつけられ動けなくなったアクマに、とどめとばかりに踵を下ろして、は思い出していた。
  ホームを発つとき、ちらりと見えたリーバーは、相変わらず忙しそうで、とても声なんてかけられる隙、なかったっけ     別方向から向かってきたアクマをかわしながら、は思い出していた。
  ということは     .
  「リーバーに『いってきます』って、私言ってないわけだ・・・」
  ため息とともに呟いて、は襲いくるアクマに拳をめり込ませた。
  「早く戻らなきゃ、忘れちゃうよ・・・・・・リーバー」
  もう一方の拳をアクマに叩き込みながら、が囁く。拳を受けたアクマが、塵となって消えていく。
  (     あぁ、でも、こんな手じゃ、あなたに触れられない、かなぁ・・・・・・)
  アクマの残骸で汚れてしまった手に視線を落として、は自嘲の笑みを浮かべた。
  体を反して、横から迫ってきていた別のアクマに、は躊躇いなく拳をめり込ませた。
  「今さら、そんなこと、気にするなんて、ね・・・・・・今さら、よね」
  悲しげに呟いたの声は、その笑みとともに、塵の中に溶けていった。











Love it Openly











  「・・・なぁ、なんか班長、機嫌悪くないか?」
  「そうだな、今回は一段と・・・」
  タップとジョニーの視線の先、眉間にくっきりと皴を刻み、目の下に濃〜い隈をはりつけた科学班班長が、まるで書類を呪い殺そうとでもするかのように睨みつけている。
  皴も隈もいつものことだが、珈琲の消費量がいつもの3倍だ。これはまずい。いつもの消費量だって相当のものなのに、その3倍も飲んだら致死量もいいところだろう。まずいだろう。珈琲で死んだ人間なんて、聞いたことがない。
  「てめぇら、余所見してる暇があったら、仕事片付けやがれ」
  投げつけられた言葉が、いつも以上に棘棘していてタップとジョニーは縮みあがった。
  リーバーの睨みから逃げるため、慌てて書類に目を落とす。怖い怖い。怖すぎるだろう、何だあの目。寝不足疲労困憊の今の自分たちなら、簡単に殺されそうだ。
  「・・・なぁ、やっぱり原因は、アレか?」
  「だろうな、今回はまた一段と・・・」
  書類をものすごいスピードで確認しながら、タップとジョニーは再びちらりと顔をあげた。視界に入った科学班班長の白衣の背中から、どす黒い負のオーラが滲み出してきている、気がする。いや、多分本当に染み出してきている、だろう、あれは。
  「原因は・・・「」」
  言葉に出して、タップとジョニーは深々とため息を吐き出した。
  何を考えているのかよく分からない美人なエクソシストと、我ら科学班班長との関係を疑っていたのは、やはり自分だけではなかったらしい。
  二人は同じように、ため息をついた。
  エクソシストの恋人     考えなくたって分かる。しんどい話だ。ハッピーエンドになる可能性は極めて低い。
  黒の教団内での恋愛は少ない。世界中の情熱溢れる若い人間が集まっているのだから、それなりの話があってもいいはずなのだが、そんな話はほとんど聞くことがない。女性が少ない、という理由はあるだろう。医療班以外の女性と言ったら、それこそ数えるくらいしかいない。
  (・・・そのうちの一人、しかも、よりによってエクソシストを恋人にするなんて、うちの班長は救いようのない大馬鹿だ・・・)
  タップはリーバー班長の背中を見つめた。
  分かってるのか、あんたは?     エクソシストを恋人にするという、その結末を。
  アクマとの戦いのため危険を承知で出て行かなければ恋人と、それを見送らなければならない自分と。ハッピーエンドを望めるほどの希望もない、そんな恋愛なんかしてどうするんだ。
  「ハイ。これ、追加の書類。頼むよ」
  いつのまにかリーバーの背中を眺めてしまっていたタップの目の前に、マービンが書類を積み上げた。積みあがった書類の量に、ジョニーはすでに半泣きだ。
  非難がましくマービンを見上げてみたが、彼の手元に積みあがっている書類の量をみて諦めた。
  マービンの手元の灰皿にも、こぼれるほど吸殻が積み上げてある。あれは、致死量だろう、どう見ても。
  「ジェリーちゃんが差し入れ持ってきてあげたわよ〜ん」
  威勢良く部屋の扉が開き、ワゴンを押して料理長ジェリーが入ってきた。ワゴンには科学班のインスタントとは比べ物にならないほど馨り高い珈琲、それから様々な具が入ったサンドウィッチが山のように盛られている。
  「もう、あんたたち2日も食堂にこないんだもの。マテールだっけ?忙しいのは分かってるけど、体のことも考えなさいっ!!」
  喋りながら、近くにいる科学班員にポークサンドを手渡しているジェリーが、まるで女神のように見える。チキンサンドを受け取りながら、ジョニーは自分の疲れが限界に差し掛かっていることを自覚した。
  「せっかくのジェリーの差し入れだしな・・・よし、15分だけ休憩していいぞ〜」
  自身もジェリーから珈琲を渡されたリーバーが、ようやく休憩の許可を出し、科学班一同は安堵の息をついた。
  BLTサンドを咀嚼しながら、マービンは呆っとリーバーを眺めていた。リーバーは受け取った珈琲を一口で流し込み、科学班の連中に背を向け、自分は手元の書類のチェックを再開している。
  (・・・班長もそんなにイライラしないで、一息つけばいいのに・・・)
  マービンは傍らに置かれた皿から、トマトサンドをつかみながらそう思った。いくら焦ったって、彼女が帰ってくるのが早まるわけじゃなし。第一、無傷でなんて保証もないのに。
  もそもそとサンドウィッチを租借しているマービンの隣へ、あらかた餌を配り終えたジェリーが、するりと近寄ってきた。
  何か?と目線で問えば、ジェリーが眉を寄せて肩を竦める。
  「リーバー班長、ご機嫌斜めね・・・いつにも増して。何かあったのかしらん?」
  「が任務中だからだろ?」と返しそうになったのを、マービンはトマトと一緒に飲み込んだ。さてさて、リーバー班長とあの不器用すぎる美人なエクソシストとの関係を疑ってる奴は、どれくらいいるのだろうか?まさか俺一人ってことはないだろうが、確証がない疑惑を黒の教団の噂発信源ジェリーに軽々と口に出すのは憚られた。愛、という字が大好きな彼(彼女か?)に恋愛関係の話は、それこそ美味しいネタにしかならないだろうし。
  「・・・・・・エクソシストが任務中だからだろ・・・カンダとか、、とか、それから新人のアレンってのも初任務だしな」
  「ふ〜ん・・・まぁ、そうよね。みんな無事に帰ってくるといいけど」
  なんとか誤魔化した、と思う。よくやった、俺。ちょっと自分で自分を褒めたくなったマービンだった。
  「さて、夕食の下準備もあるし、アタシはこれで失礼するわ。みんな次の食事は食堂でね」
  すでに空になった皿を何枚か抱え、ジェリーはウィンクをしながら、科学班に命令した。そのまま出て行くかと思いきや、扉のところで立ち止まり、振り返った。
  「・・・・・・そういえば。さっき医療室に入っていく、見かけたわ。帰ってきたみたいよ」
  それだけ言って、ジェリーはさっさと出て行った。
  しばしの沈黙。みんなの視線が、何故かリーバー班長の背中に集まる。
  「・・・・・・まだ休憩時間、10分残ってますよ」
  ロブが、ボソリと呟いた。
       ガタッと音を立ててリーバー班長が立ち上がった。足元にバサバサと書類が舞い落ちる。凄い勢いで扉に向かい、そのまま部屋から出て行った。と思ったら、勢いよく閉まった扉が再度開き、リーバーが顔だけ覗かせた。
  「休憩後、ちゃんと仕事しろよ!」
  再び扉が音を立てて閉まり、同時に科学班の面々が、口々に驚きの歓声と納得のため息を吐き出した。
  「班長も、意地っ張りだからなぁ」
  ベリーサンドを片手に、扉を見つめたままロブが苦笑を浮かべて呟いた。











  あっんのバカ、バカ、バカ、バカやろう     リーバーは廊下を走るような速さで医療室の方へ向かって進んでいた。
  いつも無傷で帰ってくるくせに、医療室に入って行っただとっ?!     リーバーはぎりりと奥歯を噛締めた。
  もしも、なにか大きな負傷でもしていたら     リーバーは握る拳に力を入れる。
  もしも、なにか痕が残るような怪我でもしていたら     リーバーは瞠目して頭を振る。
  もしも、アクマとの戦闘で傷つきでもしていたら     リーバーは走り出していた。
  俺は、を見送れなかったことを一生後悔する。あの日選んだ、今を後悔したくない。だから     廊下ですれ違った人の驚きの表情を気にする余裕もなく、リーバーは医療室へ向かって走っていた。
  廊下の角を曲がり、見えた医療室の扉が開き、ちょうど中からが現れた。その姿が見えたことに安堵し、リーバーは走るのを止めた。途端、息が上がる。
  膝に手を当て肩で息をしているリーバーを見つけたが、驚いたように目を開く。呼吸を整えながら、がさっと左腕を背後に隠したことに、リーバーは気付いていた。
  近づいてくるに、リーバーは体を起こした。
  「・・・左手」
  「えっ?」
  が停止する。
  「・・・左手、怪我したのか?」
  「あ、コレ?」
  どこかぎこちなく笑いながら、背後から左腕を引き出しては振って見せた。
  「ただの、掠り傷。痕も、残らないって、婦長さんが」
  「そうか・・・」
  左手首付近から上腕部まで白い包帯が巻かれている。見慣れた黒い手袋をはめていない左腕は、ひどく細く見えて、リーバーは眉を寄せた。
  「痛むのか?」
  「全然!!まったく!!・・・大丈夫だよ?」
  そう言っては左腕を振り回して見せる。それだけ動かせるようなら、本当に軽い掠り傷なのだろう、リーバーは今度こそ本当に安堵した。
  こうなると、さっきまであんなに心配していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるから不思議だ。でも、こうやって無事にホームへ帰ってきてくれたを本当に嬉しく思う。
  だから、いつもは照れて出来ないようなことも、素直に出来そうな気がして、リーバーは右手を差し出した。
  「?」
  「戻るぞ」
  差し出されたリーバーの右手に、が戸惑う素振を見せる。それさえ愛しいと思える自分は、もうのいない世界では生きられないだろうとリーバーは他人事のように思った。
  「戻るぞ、一緒に」
  「・・・・・・いいの?」
  「?」
  差し出されたリーバーの右手の意味に気付いたが、視線を伏せて呟いた。今度はリーバーがの言葉に戸惑う。
  「・・・リーバーが思ってるほど、キレイじゃないよ・・・」
  手を繋ぐことに照れているのだとばかり思っていたの、戸惑っている理由が別の部分にあることを、リーバーは思い至った。
  は、時々酷くナーバスになることがある。それは例えば、仲間の誰かが死んだときだったり、アクマを倒した後だったり、悪夢を見てしまった後だったり     .
  との付き合いも4年目になると(親密になったのは最近かもしれないが)、そういうときの彼女の思考が、なんとなく理解できるようになってくる。
       アクマを倒した自分が、アクマの血が付着していた自分が、汚れているのに、それでも触れていいの?     .
  リーバーは、微笑んだ。
  「だから、いいんだ。俺にとっちゃ、じゃなきゃダメなんだ」
  言ってから、結構恥ずかしいセリフだよなぁ、とふわふわした頭で思った。多分、ここ何日かの徹夜と疲労で、頭のどこかのヒューズが飛んだんだ。そうだ、そうとしか思えない。だから、今日の俺は特別なんだ。
  不安そうな瞳がリーバーを見つめている。
  「ねぇ・・・私、まだ、ここにいていい?」
  「ここに、ホームに、俺のところへ、帰ってこい」
  答えて、の右手を握った。そのままを腕の中へ引き寄せる。互いの肩にもたれるように引き寄せて、リーバーはずっと言いたかった言葉を口にする。
  「おかえり、
  「・・・ただいま、リーバー」
  ためらうように回されたの左手を背中に感じて、リーバーは何故だか無性に泣きたくなった。こんな幸せが、続けばいいと思った。ずっとずっと、続けばいいと願った。
       「いってきます」と「おかえり」は次もちゃんと帰ってこられるオマジナイ     そんなジンクスめいたことに縛られてる科学班班長なんて笑い種にしかならないけど、それでもが無事に帰ってこられるなら、どんな小さなことにでも縋りたいとそう思う。リーバーはを抱きしめて、微笑んだ。











  「あ、そうだ。新人入ったんだ、の留守中に」
  「エクソシストの?」
  手を繋いだまま廊下を進みながら、リーバーは並んで歩くに話しかける。
  「そう。しかも、の弟分!」
  「じゃぁ、クロスの弟子なんだ、その子・・・」
  休憩時間はもう過ぎてしまっているが、まぁ何とかなるだろう・・・それより、とのことバレてるだろうなぁ、とリーバーは内心苦笑した。
  「任務で神田と出てたんだけど、今晩あたり戻ってくるんじゃないか?」
  バレたから何だと言うんだ。自分にはが必要なのだから。そう思える自分が、リーバーは少し誇らしかった。











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     46音で恋のお題「赤裸々に愛して」より

Photo by Microbiz

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