骨を砕く衝撃     それは始まりの鼓動
  死を嘆く叫び     それは洗礼の歌
  溢れ出す血潮     それは歓迎のぬくもり
  真っ赤な海の中で伸ばした手は、もう届かず     .






  突然目を開いたに、その寝顔を見つめていたリーバーは慌てた。
  科学班のソファーの上で丸くなってうたた寝しているの寝顔を、他の人間がいないことを好都合にまじまじと見惚れていたのだから、それはそれは盛大に慌てた。
  咄嗟に既に読み終わっている文献を広げて、その向きが上下逆だったことにしばらく気付かないような、誤魔化しきれていない恥ずかしい行動をとり、さらに気不味く慌てる。何か言い訳をしようとして、そこで目を見開いたままが固まっていることに気付いた。
  「・・・・・・・・・・・・?」
  常とは違う様子に、不安になって呼びかければ、緩慢にの眼球が動き、リーバーに焦点を合わせる。
  「・・・・・・・・・リー、バー・・・・・・・・・」
  掠れた小声で呟かれ、これは寝顔に見惚れていたことを誤魔化すなんて悠長な状況ではないと、さすがに理解した。
  「どうした、?大丈夫か?」
  リーバーに向けて持ち上げた腕を伸ばしかけて、急に現実に呼び戻されたように、は手を引っ込めた。代わりに、深く息を吐き出して、問いかけへの返答を口にする。
  「・・・・・・・・・・・・平気・・・」
  とてもそうは思えない顔色で呟いて、はゆっくりと身体を起こした。
  「・・・・・・私、寝てた、んだ・・・・・・」
  状況を確認するように呟いて、は心配そうに自分を見ているリーバーに顔を向けた。
  「・・・ごめん、珈琲、もらっても、いい?」
  「ああ・・・・・・ちょっと待ってろ」
  のために、急いで珈琲を取りに行く。未だ心配そうなリーバーの視線を一時遮断したくて、は抱えた膝に額を押し付けた。
  「・・・また・・・・・・・・・夢の間隔が、狭くなってる・・・・・・・・・」
  誰にも聞こえないように、自分の膝に向って吐き出す。夢で繰り返される光景が、とてもとても怖かった。











Your Reason , My Excuse











  先ほどよりは大分マシになったとはいえ、まだまだどこか常と違った様子でマグカップを抱えてぼんやりしているを、横目で窺いながら、リーバーも自らのコップに口をつけた。
  こんな風に、どこか魂の抜けたようなを、ここ最近よく見るようになったと思う。それでも、夜明け間近の早朝や午前中で、遅くとも昼食後にはいつもの感じに戻っていたように思う。こんな午後も遅い時間に、こんな状態なのは、リーバーの記憶に残っている限りではないと思う。
  「大丈夫か?落ち着いたか?」
  「・・・うん・・・」
  問いに答える声も、力がない。心配するなっていう方が無理だ。
  「どうしたんだ?夢見でも悪かった?」
  「・・・・・・・・・うん・・・」
  心ここにあらずで頷かれた。
  (・・・・・・・・・この状態が午前中に多いのは、悪夢を見るのが原因だったから、か・・・・・・・・・)
  抑圧された恐怖の記憶や不安な想いといった負の感情が、悪夢となって深層心理から浮かんでくることは、普通の一般人でもそう珍しくない。はもう4年も黒の教団でアクマと戦っている。悪夢の一つや二つも当然見るだろう。
  「悪い夢は、口に出した方がいいらしいぞ?」
  リーバーの言葉に、がのろのろとリーバーに視線を向ける。緩慢に首を横に振る。
  「・・・・・・・・・やめとく」
  そう言って、再び自分の珈琲に口をつける。リーバーも、自分のコップを傾けた。
  が少々頑固なのは、4年の付き合いで理解しているつもりだ。が言わないと決めたのなら、これ以上は聞いても決して口を開かない。
  二人で黙ったまま、珈琲を啜る。
  (・・・・・・・・・どうやっていつも、戻ってたっけ?)
  必死に疲れ気味の頭を動かして、リーバーは経験を振り返る。が、結局、いつもコレといったキッカケがあったようには思えなかった。いつの間にか、いつも通りに戻っている。
  (・・・の自助努力、といったところか     でも、俺にだって何か・・・・・・)
  そう思ったが、残念ながら特に何かいい案が出てくるわけでもなく、リーバーは黙って珈琲を飲みながら、を窺う。
  昔なら、多分、のその頭を撫でて、それでも駄目なら、抱きしめたりしたんだろうが     .
  (今それやったら、完璧セクハラだよな・・・・・・)
  感情表現の下手な娘、世話のかかる弟分、少々天然の入った妹     が、いつの間にか、恋愛対象だ。
  (いやいやいや、恋愛対象っつーか・・・・・・・・・・・・うん、4年で綺麗になりすぎなんだっての・・・)
  自分で自分に言い訳して、リーバーは改めてソファーに腰掛けるを見つめる。
  いつもと同じように膝を抱えて座っているのだが、今のはどこか弱弱しい感じがして、何故か胸が痛くなった。
  (・・・・・・・・・意外に、抱きしめて、セクハラだと思ってるの、俺だけだったりして・・・・・・?)
  思いついたら、その通りな気がしてきて、リーバーはそろりとソファーの方へ移動して、の隣に腰を下ろした。
  マグカップを安全な場所に避難させて、隣のを見やった。
  思っていたよりも近いところに、の碧色の瞳があって、心臓が大きく音を立てた。
  左右で濃さの違う、綺麗なエメラルドが瞬きせずに、リーバーを見つめている。
  (・・・・・・・・・これは、抱きしめる体勢、っていうより     
  思考が明確な答えを出す前に、まるでそれが自然なことのように二人の顔が近づき、が瞳を閉じた。
  (     やっぱり、俺、のこと     
  二人の吐息が、重なり合う     .











  「あれ〜、ここにも室長いないんだ?」
  「ホント、あの人何処行ったんすか?」
  「あれ?リーバー班長、居たんですか?」
  「お、お、おぅ!!どうしたんだ、みんな揃って?!!」
  がやがやと入ってきた科学班の面々に、焦って返事をしながら、リーバーは当たり障りのないように、ソファーから立ち上がってと距離をとった。
  背中を、一気に汗が滑り落ちていく。
  まさに、ぎりぎりのタイミングで、後もう数瞬遅かったら、完璧にとのキスシーンを仲間たちに目撃されるところだった。
  (危ない、危ない・・・・・・・・・)
  ちらりとに目をやれば、関係ないというように、視線を逸らせている。
  少々人見知りの気のあるは、教団の数多くの団員には、無口で無愛想で通っている。未だ科学班の面々には、をそう思っている人間が多いだろう。が微笑むのは、気心が知れた極小数の人間にだけだ。
  「班長〜、コムイ室長見ませんでした?いないんすよ〜」
  「また逃げたのかっ!!?」
  「みたいっすよ?あの人、ホント反省しないっすよね」
  「・・・・・・報告書は?」
  「ここに、全部残ってます」
  示された机の上に積みあがったままになっている書類の山に、リーバーはがっくりと肩を落とした。
  「・・・・・・とりあえず、誰か探して来い」
  「俺らで探して、見つからなかったんすよ」
  「やっぱ、班長が一番見つけんのうまいんすよね〜、室長を探しなれてる分」
  仲間たちの言葉に、リーバーは頭を項垂れた。
  「・・・リナリーのところに居たら、連れてくるよ」
  そう言って、がソファーから立ち上がった。
  「!・・・・・・・・・・・・頼む」
  「・・・・・・当てにはしないで」
  呼び止めてはみたものの、科学班の面々が勢ぞろいしている今のこの部屋で、かける言葉を見つけられず、結局リーバーは当たり障りのない言葉を選んだ。振り返ったも、一瞬だけ目を合わせて、すぐに扉の外へ出て行った。
  まだ本調子には遠く及ばない、の頼りなげな背中に、他に何か、もっと自分が言わなければならない言葉があったように思った。思わずリーバーは溜息を吐いていた。
  「・・・・・・俺たち、お邪魔でしたか?」
  「いやっ!!!!?何言ってんだよ、そんなわけないだろう!!!?」
  ぼそりと呟かれた言葉に、必要以上に慌ててしまい、リーバーは冷や汗をかきながら、白衣を翻して扉に手をかけた。
  「室長探してくるから、お前たちはあの書類の山、急ぎとそうでないのと分けといてくれ!」
  「え〜、俺らそんなの分かんないっすよ?」
  「適当で構わん!とりあえず、緊急っぽいの出しとけ!!」
  言い捨てて、扉の外へ滑り出る。
  (・・・・・・誤魔化しきれたよな?バレてないよな?大丈夫だよな?)
  扉に背を当てて、リーバーは溜息を吐いた。
  何となく、気恥ずかしくて、慌ててしまった。
  自分がを好きだなんて、そんなことが仲間内にバレた日には、何だかとんでもないことになりそうで、リーバーはもう一度溜息を吐いた。
  (・・・・・・・・・大丈夫だ。バレる、根拠がない・・・)
  頷いて、リーバーは改めて周囲を見回した。
  先に出て行ったの姿があるかと一瞬期待したが、広い廊下に見知った背中は見えなかった。もちろん、コムイの姿もない。照明の控えめな廊下が、ずっと続いてる     .
       誰に何と言われようが、を一人にしてはいけなかったんじゃないか・・・・・・
       誰に何と思われようが、あの時を抱きしめなくっちゃいけなかったんじゃないか・・・・・・
  不意に、そう思った。
  けれど、薄暗い廊下に、すでにの姿はなく、根拠のない不安を、リーバーは頭を振って追い出した。
  「まずは、室長探すのが先だ・・・・・・」
  自分に言い聞かせて、リーバーは足を踏み出した。
  一歩踏み出した廊下は、暗く、冷たかった。











  どれだけ伝えられるだろう
  どこまで伝えられるだろう
  全ては、きっと無理
  少しも、きっと無理
  だったら、何も伝えない方がいい
  そう繰り返す
  これが理由
  それが言い訳











Continues to "Love it Openly"

Photo by Microbiz

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