「     コムイ、あいつをお前に任せる」
  「・・・・・・あんな子供を、たった一人、教団に置いていくんですか?」
  思わず眉を顰めたコムイに、彼は煙草を咥えたまま笑った。相変わらずな態度に、語調が強くなるのを止められなかった。
  「今まで育てたのはあなたでしょう?それなら、責任を持ったらどうです、クロス・マリアン元帥」
  「偉そうに、責任なんて大層なこと言うんじゃねぇよ」
  飄々と肩を竦めて、彼は自分の背後を指し示す。そこには、一人の子供がこちらにはまったく関心を示さずに、じっと窓の外を見つめたまま立っている。
  「あいつには、そろそろ俺以外の人間が必要なんだよ     ほら、噂をすれば、だ」
  咥えていた煙草を口から外して、彼が促すようにコムイの背後へ視線を向けた。振り返れば、不安そうな顔をしたリナリーの姿をそこに見つけて、コムイは取り繕うように笑顔を浮かべた。
  「・・・リナリー、よく来たね・・・・・・・・・・・・リナリー、こちらがクロス・マリアン元帥だよ」
  「リナリー・リーです」
  不安そうな顔をしながらも、しっかりと挨拶をするリナリーに、コムイの胸は痛む。
  そんなコムイを気にすることなく、彼は上機嫌に笑う。
  「リナリー、な。将来いい女になるぜ?」
  「当然です。けど元帥、駄目です。僕の大切な妹ですから」
  「バカ。今、手を出すわけじゃねぇよ」
  「信用できません・・・・・・リナリー、この人に近づいたら駄目だからね」
  胸の痛みを誤魔化すように、彼の軽口に乗って言葉を紡ぐ。不安そうなリナリーに、笑みを向ける。
  きっとコムイの心中など、彼はお見通しなのだろう。くだらないことに付き合ったとでも言うように、再び煙草を咥えて、彼は勝手にリナリーに背後の子供を紹介する。
  「あいつ、今日からここで世話になるから」
  これ以上、リナリーの澄んだ瞳に見つめられているのが苦痛で、コムイはもう一度、表情筋を酷使して笑みを浮かべて言った。
  「・・・・・・行っておいで」
  足を踏み出すリナリーの先には、相変わらず窓の外へ視線を向けたままの子供が一人。
  (・・・・・・あなたは、あんな幼い子供を、アクマとの戦いに放り込む気なんですか・・・!?)
  「
  コムイの葛藤を気遣うこともせず、彼はその子供の名前を呼ぶ。振り返ったその子の視線は、まっすぐに彼にぶつかり、そうしてから、目の前にいるリナリーへと向けられる。それらのことに、満足そうに、目の前の男の唇が笑みを形作る。
  名前を呼ぶ声にも、向けられる視線にも、他人にはうかがい知れない強い絆のようなものを感じさせるのに、それなのに、彼はあの子だけをここに残すという。
  (     いや、だから、なのか・・・・・・・・・)
  「・・・・・・あいつのことは、お前に任せる」
  コムイを振り返り、彼は告げる。
  「イノセンスも持ってる、アクマも倒せる     それで充分だろ?それ以上の追求を、あいつにするな」
  「・・・・・・どういう意味ですか?」
  今度はコムイの問いを、はぐらかしたりせず、彼はまっすぐに受け止めた。手元の煙草を揉消して、視線を上げる。
  「ヘブラスカには、もう話を通した。俺は、あいつをエクソシストとして、ここに置いていく」
  「・・・・・・・・・人体実験は、もう行っていませんよ」
  「俺はただ、あいつはエクソシストとして置いていくって言っただけだ」
  そう言いながら、彼は満足そうに笑みを浮かべた。
  「それと、ついでにもう一つ     
  そう言いながら、彼は新しい煙草を取り出した。
  「もし、あいつがあいつじゃなくなったら、その時は必ず俺に連絡しろ」
  「・・・・・・どういう意味ですか?」
  彼は、新しい煙草を咥えて、コムイから視線を外した。それから、子供たちの方へ足を向けた。
  「・・・・・・・・・すぐに分かるさ」
  そう言ってコムイに背を向けて、彼は歩き出す。最後に見せた微笑が、どこか寂しそうに、コムイの目にはそう映った。











I realized my own Weakness











  「・・・・・・調子は、どう?」
  「うん、まだ、大丈夫」
  そう言って目の前の彼女は微笑む。ソファーで膝を抱えた姿勢で、手の中の珈琲をちびりちびりと啜る。
  ちらりと上げた目が、まだコムイが自分を見ていることを確認して、もう一度笑う。
  「大丈夫。自分が忘れていってることは、ちゃんと理解出来てるから」
  「・・・・・・・・・・・・消失する記憶の量は、変わってないかい?」
  諦めたように溜息を吐くコムイに、は今度は苦笑を浮かべて答える。
  「ん・・・若干、増えていってるかな。毎朝、読み返す日記の量も日々増えるしね」
  「そうか・・・・・・」
  再び珈琲に口をつけるを見ていることが出来なくて、コムイも手元の珈琲へ視線を落とした。
  の記憶が、任務に赴くたびに、アクマと交戦するたびに、少しずつ消えていくことに気がついたのは、彼女がエクソシストとして黒の教団に来て間もなくだった。おそらく、イノセンスとのシンクロ     の場合はどうやら、常時シンクロしている、という得意体質だった     のせいだと推測されるのだが、はその解明を強く拒んだ。幼いが、こちらの言葉に対して頑なに首を横に振り、強い瞳で決して承諾しなかった。
  イノセンスの解明のために、アクマとの戦いのために、人類の未来のために、自身のために     それらの言葉に、は一切揺れ動かなかった。
  強引に、の意志を無視して、原因解明を行おうという声もあった。指示もあった。けれど、コムイはそれを許さなかった。
  の師、クロス・マリアン元帥に約束したからだけではない。コムイは、の意思を、エクソシストを守りたかった。それが、自分のここでの務めだと、そう思っていたから。
  カタチだけでも周囲を納得させるために、には任務後に必ずコムイに症状と進行具合を報告することを義務付けた。
  カタチだけだが、それでも4年間、はコムイの元を訪れた。任務後、数日経ってから、ということが多いが、それでもはコムイの元に報告に訪れ、こうして珈琲を飲んでいく。いつも二人っきりで交わす会話の内容を、他の人には、たとえリナリーにでさえ口外しないで欲しい、と告げられたの要望も、コムイは守り続けている。
  「大丈夫だって、コムイ」
  黙り込んでしまっているコムイに、が明るい声で繰り返す。
  「自分のことだもん、自分で分かってるから」
  視線をあげたコムイの顔が、相変わらず深刻で、は安心させるように笑みを浮かべる。
  「まだ、そのときじゃないと思う。だって、私まだ若いもん」
  のおどけた調子に、コムイも苦笑を浮かべた。
  「加齢のスピードは、変わってないかい?」
  「たぶん。でも、それはコムイの方が分かるんじゃない?」
  「さっきと、言ってること違うけど?」
  コムイの呆れた声に、は悪戯が見つかったように笑う。
  「自分じゃぁ、そこまで実感ないもの。周りと比べないと」
  の言葉に、諦めたように笑って、コムイが口を開く。
  「・・・たぶん、変わってないと思うよ。常人の3倍程度の加齢スピードのまま、だと思うよ」
  「でしょ?なら、大丈夫」
  そう言って、満足そうには笑う。
  イノセンスと常時シンクロをしている     その特異体質のせいだろう。シンクロを強制される身体は、通常の何倍もの負荷がかかるようで、の細胞は、普通の人とは比べ物にならないスピードで劣化していく。
  教団でが過ごした時間は4年     だが、外見はそれ以上に変化した。
  「・・・まだ、大丈夫」
  言い聞かせるようにが呟く。
  たった4年間でまるで10年近く経過したかのように、小さな子供は大人の女性へと変貌した。周囲には、4年前が発育不良だったと誤魔化しているが、それもそろそろ限界かもしれない。このままのスピードで歳をとっていけば、の外見はあっという間に年老いていく。加齢のスピードが早まらない保障だって、どこにもない。今以上のスピードで加齢が進めば、の身体の寿命はすぐに費えてしまうだろう。
  (・・・リナリーに、と仲の良いリナリーに、そのとき、僕はどう伝えるのだろう     
  「眉間に皴、寄ってます・・・リナリーにまた、心配されちゃいますよ?」
  向かいに座るが身を乗り出して、コムイの額を突いた。
  苦笑を浮かべるコムイに、はふんわりと微笑む。
  「大丈夫です。だって、相変わらず、クロスとは音信不通なんでしょ?」
  「・・・うん。まったく所在不明」
  奔放でいい加減なあの元帥は、コムイにを託してから、それっきり連絡がつかないままだ。4年間、消息不明。
  (・・・・・・どうやって、連絡しろって言うんですか、あなたは     
  彼と交わした最後の言葉を思い出しては、コムイはこの4年間、頭を悩ませてきた。のことで、彼に確認したいと、話を聞かせて欲しいと思ったことが、何度あったことか。だが、彼とは一切連絡がつかなかった。
  「連絡とれないのは、クロスが、まだ私が大丈夫だって、そう思ってるからです」
  コムイが頭を悩ませるたびに、はこのセリフを繰り返す。今も、どこか嬉しそうに、安心したように、そう呟く。
  「クロスがそう思ってるなら、まだ大丈夫。約束しましたから」
  「・・・信じてるんだね、元帥のこと」
  コムイの言葉に、は微笑む。とても、嬉しそうに、そして、どこか悲しげに。
  だから、コムイも、いつものように微笑む。儚げに、そして、寂しげに。











  君のために、何か、僕に出来ることはないのだろうか
  少しでも、君が笑ってくれる為に、僕に出来ることはないのだろうか
  いつも、いつも、僕は君が笑うたびに、そう思う
  そして僕は、結局、
  いつもと同じように微笑んで、君の言葉を信じるしかないのだということに気がつくんだ     .











Continues to "Your Reason , My Excuse"

Photo by Microbiz

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