「ラビぃ!!」
  「・・・・・・またさ?」
  「うん」
  開け放った扉そのままに、部屋に踏み込んできたが、勢いよくラビの前で頷いた。
  「・・・で、今回はいつの分さ?」
  「前回、ラビと一緒にアクマ倒しに行った時の分」
  「・・・・・・、ちゃんと日記書いてたじゃん?」
  ラビの言葉に、はボロボロになった分厚い帳面をどさりと机の上に置いた。相当使い込んだらしく、ページの端々が手垢で汚れている。それを指差して、が怒ったように唇を尖らせた。
  「書いたページが、どっかで抜けたみたいで、どこいっちゃったか、分かんない!」
  その帳面を持ち上げようとすれば、装丁が大分痛んでいるらしく、数ページが不安定にはみ出した。
  「・・・いや、これはさすがに・・・・・・新しいのにしたら?」
  「え〜、それはいろいろとメンドクサイ」
  「・・・・・・いや、今の状態の方が、絶対的にメンドクサイことになるって」
  ラビの言葉に、が拗ねたように口を曲げた。
  「・・・・・・・・・だって。何冊も持ち歩くの、大変なんだもん・・・」
  「でも、失くしたら、もっと大変さ・・・・・・ちなみに、これいつの分からあんの?」
  「教団に来てからだから・・・・・・4年分くらい?」
  指折り数えたの言葉に、ラビは改めて古びた帳面を見下ろした。
  毎日の出来事を書き記したの日記帳     そりゃぁ、毎日書いて、毎日読み返して、ってしてれば、これくらいの分厚さになるだろうし、これくらいボロボロにもなるだろう。
  (・・・てことは、オレと出会った頃のことも、書いてあるんか・・・・・・)
  「・・・・・・分かったさ。とりあえず、失くした分は、オレが書き足すとして、今日以降の分は、新しい日記帳に書いた方がいいな〜。オレと会う前の分まで失くしたら、いくらオレでも、どうも出来んさ?」
  「・・・・・・・・・分かりました。よろしくお願いします」
  不承不承といった様子で、だが、畏まって正座で頭をぺこりと下げるに、ラビは優しく笑みを浮かべた。











I remember All of You











  「・・・あなた、記憶力がいい、って聞いた」
  黒の教団に来て数日も経っていない頃、同じくらいの年頃の女の子に、唐突にそう言われた。
  (     こいつもエクソシスト、か・・・・・・)
  団服の胸にあるローズクロスを見て、そう判断した。
  「だったら、何さ?」
  ヘラっと笑ったラビに対し、その子は変わらず無表情のまま、一度瞬きをして口を開いた。
  「どうするの?」
  「・・・はい?」
  意味が分からず、今度はラビがぱちりと瞬きをした。
  「どうして?」
  もう一度聞き直されたが、やっぱり意味が分からず、ラビは首を傾げた。目の前の女の子はそんなラビを無表情にじっと見つめているだけだ。
  「・・・・・・・・・えっと、とりあえず、君、誰さ?」
  「!!」
  ラビの問いに、その子が答える前に、背後から現れた人物が名前を呼んだ。
  振り返れば、先日紹介されたばかりの科学班の男性     あの人の良さそうな顔は覚えてる。確か、リーバー・ウェンハム     が白衣を翻して走り寄ってきた。
  「よぉ、ラビもいたのか」
  今更気付いたらしく、そんなことを言いながらラビを素通りして、と呼んだ少女の元までやってきたリーバーが、上から下まで確認するように視線を向けてから、安堵したように微笑んだ。
  「おかえり、。怪我もしてないみたいで、よかった」
  「ただいま、リーバー」
  そう言った少女の顔を見て、ラビは暫し停止した。
  先ほどまでの無表情が嘘のように、少女が柔らかく微笑んでいた。さっきまでとは別人のような、その笑顔に驚愕しているラビを置いて、リーバーが問いかける。
  「リナリーに、が戻ってきたって聞いて、探したんだぞ?帰ってきたなら、ちゃんと報告に来いよ」
  「うん。次からは、そうする」
  「で、帰った早々、どうしたんだ?・・・・・・あぁ、ラビに挨拶してたとこか」
  「ラビ?」
  「?違うのか?」
  「ラビ、ってコレ?」
  「何だ、リナリーに聞いてきたんじゃないのか?」
  「聞いた。新しい人が来た、って。すごく記憶力がいいって」
  「ああ、それ。ラビのことだと思うぞ、な?」
  そこでリーバーから振られて、ラビは思わず姿勢を正した。リーバーの視線を追って、と呼ばれた少女も、ラビを見つめている。
  毛先が琥珀色に変色している金の猫毛、瞳の色は左右で濃さの違う碧眼、笑うと雰囲気が柔らかくなる可愛子ちゃん     これが、
  「えっと・・・・・・オレが、ラビさ。Jrって呼ばれたりもするけど。で・・・あんたが、?」
  ラビの言葉に、少女はこくりと頷いた。
  「えっと・・・エクソシストなワケ?」
  また、こくりと頷く。先ほどまで、リーバーに向けていた笑顔は、その表情にカケラも残っていない。
  (・・・・・・・・・この違いは何なのさ?!)
  「う〜ん、と・・・な・・・・・・慣れるまでこんな感じだけど、打ち解ければ大丈夫だから、な?」
  気まずくなりかけた空気を救うかのように、リーバーが口を挟んだ。最後の方はの顔を窺いながらだったが、はふいっと顔をそらした。
  「・・・・・・極度の人見知りかい・・・まぁ、いいさ〜。おいおい仲良くなるさ?」
  「そうしてくれ」
  リーバーと二人、愛想笑いのように笑いあう。その間に、は踵を返して遠ざかっていってしまった。
  その背中を見送って、もう一度苦笑を浮かべて、リーバーが尋ねる。
  「何、話してたんだ?」
  「う〜ん、よく分からんさぁ・・・どうするのか、とか、どうしてだ、とか聞かれたけど、何のことか・・・」
  「あぁ、そういうことか・・・・・・」
  ラビの言葉に、リーバーが納得したように息を吐いた。
  「どいうことさ?」
  「いや・・・・・・・・・それも、そのうち分かる。・・・けど、どにもならんだろうけどな・・・」
  少し悲しそうに笑ってみせたリーバーに、ラビは結局それ以上聞くことが出来なかった。今聞かなくても、他の人に聞いてみよう、おいおい分かるだろう、そんな風に思ったからだ。
  この時のリーバーの言葉の意味をラビが知るのは、もう4ヶ月後のことになる。











  「ラビ!おかえりなさい」
  「疲れたさ〜」
  「長期任務、お疲れ様」
  「人使い荒すぎさ〜」
  科学班のアイドルと化しているのも頷ける、癒される笑顔を浮かべるリナリーにラビもヘラリと笑って答える。
  「ここ暫く忙しかったものね。ラビもも任務に出ずっぱりで、寂しかったわ」
  「あ、も帰ってきてんの?オレ、そう言えばアレっきり会ってないさ」
  互いに入れ違いのように任務が入り、結局あれ以来顔を合わせることのなかった少女のことを思い出した。あの人見知りの激しい少女の自分に対する態度は相変わらずなんだろうな、と思い苦笑を浮かべたラビに、リナリーが気不味そうに問いかけた。
  「・・・あれ?ラビ、あれ以来、と会ってなかったの?」
  「そうさ〜、相変わらず他人行儀なんだろうなぁ〜」
  「・・・・・・・・うん・・・そうだね」
  そう言って、言葉を濁したリナリーに、ラビは首を傾げた。
  「どうしたさ?」
  「・・・・・・・・・、今なら科学班フロアに居ると思うけど・・・」
  そう言いながら二人は科学班のフロアにたどり着いた。扉を開ければ、珍しくがらんとした室内で、リーバーが一人報告書を作成していた。
  「おぅ、ラビ、お帰り。任務ご苦労さん」
  そう言って顔を上げて笑ったリーバーに、ラビもヘラっと笑った。
  「ただいま。戻ってきたさ」
  「お疲れさん。報告書なら、ブックマンからコムイ室長の方へ出てたと思うぞ?」
  「なら良かったさ」
  「リーバー班長、来てる?」
  リナリーの質問に、リーバーは自分の背後のソファーを指し示した。
  「なら、そこに」
  リナリーと一緒に覗き込んで、ラビは自分の目を疑って瞬きを繰り返した。
  示されたソファーでは、女性が一人、猫のように体を丸めて眠っていた。ソファーの周囲の床には、彼女が眠るまではそこに積みあがっていたであろう書類が散乱している。
  毛先が琥珀色に変色している金の猫毛     それだけ見れば、眠っている女性は以前出会ったの特徴と一致している。
  が、しかし、眠っているその女性はどう見たって、以前ラビが出会ったよりも随分と大人っぽかった。
  (4ヶ月間会わなかっただけで、ここまで変わるもんか?いやいや、リナリーと比べたって、これは明らかに綺麗になりすぎ・・・・・・前会ったときには、オレと同い年くらいだと思ったのに、今じゃぁ、そんなこと絶対思わんさ・・・)
  「、リナリーとラビが来てるぞ?」
  「・・・・・・・・ん・・・」
  リーバーの呼びかけに、と呼ばれた女性は、緩慢に瞼を持ち上げた。幾分とろんとした瞳は、左右で濃さの違う碧眼で、これもラビの中のの特徴と一致している。
  (でも、なんだ、これ・・・4ヶ月前に会ったの姉だって言われた方が、素直に納得できるさ・・・・・・・・けど     
  「あ。リナリーだ・・・・・・と、誰?」
  リナリーを認めて微笑んで、と呼ばれた女性は、まだ幾分寝ぼけた様子で首を傾げた。
  「エクソシストのラビ、よ・・・」
  「ふわぁ〜・・・・・・ラビ・・・・・・初めまして?」
  「いや、前に     
  「まぁ、ほぼ初対面だな」
  ラビの言葉を遮って、リーバーが笑って口を挟んだ。
  「そっか・・・じゃぁ、初めまして。エクソシストの、です・・・・・・ふぁぁ〜」
  が未だ眠そうに欠伸をする間に、リーバーがリナリーに目で何かを伝えたようだった。微かに頷いたリナリーが、未だに眠そうに目を擦っているに微笑みかけた。
  「、せっかくだから、みんなでお茶しましょう!手伝ってくれる?」
  「了解〜」
  ん〜っと伸びをして、はリナリーとともに、ささやかなお茶会を準備の為に部屋を出て行く。
  それを見送ってから、ラビはリーバーを振り返って、疑問を口にした。
  「どういうことさ?」
  「何が?」
  手元の報告書に目を落としていたリーバーに問いかけるが、とぼけられてしまった。ラビはもう一度口を開いた。
  「初対面じゃなかったさ。何で、オレのこと忘れてるわけ?」
  かけていた眼鏡を外して、目頭を一度押さえてからリーバーが顔を上げた。その真剣な顔に、ラビはぐっと息を呑んだ。
  「あいつは     は、どういうわけか、イノセンスとシンクロすればするほど、記憶が消えてくんだ」
  「・・・・・・なんなんさ、それ・・・・・・」
  「分からん。俺たち科学班が必死になっても、の記憶の欠如は止まらなかった・・・それどころか、どんどん酷くなってってる・・・・・・新しい記憶から消えてくらしくてな。暫く会わなきゃ、すぐに初対面だ」
  「だから     
  「初対面じゃないって言っても、4ヶ月前に1回だけなら、忘れられてても文句は言えないな・・・・・・けど、そのことで一番悩んでるのはだ。だから、ブックマンJrのラビに尋ねたんだろうな」
  「・・・・・・・・・」
  黙ってしまったラビに、リーバーが労わるように微笑んだ。
  「だから、悪いな。のために、初対面ってことにしといてくれないか?」
  「・・・そういうことなら、別に構わんさ     けど」
  「けど?」
  「4ヶ月会ってない間に、あそこまで綺麗になる理由が分からんさ・・・」
  「そうか?別段変わってないと思うが・・・」
  本気で首を傾げるリーバーに、ラビは溜息をついて顔を覆った。
  「・・・・・・4ヶ月のうちに、随分美人になったと思うんスけど?」
  「う〜ん・・・・・・まぁ、そうか?」
  「以前はただの可愛い子ちゃんだったのに、今じゃぁ、直球ストライク!モロ好みの年上の美人なお姉さんさ!!」
  「・・・・・・好み・・・」
  「あれだけ美人なのに、制服がズボンだなんて、もったいないさ!!」
  「・・・・・・・・」
  「もっと、こう、体の線のはっきり出る服の方が絶対に合うさ!!」
  「・・・・・・・・・」
  「んで、リナリーと同じようなミニスカートにするべきさ!!!!!」
  「却下だ!!!」
  「何が?」
  力説を遮るリーバーの大声に、思わず驚いたラビだったが、リーバーもかけられた声に体を強張らせていた。振り返れば、お茶のセット一式を携えたが小首を傾げている。その背後に、同じように盆を携えたリナリーが苦笑を浮かべている。
  「・・・・・・いや、何でも     
  「も、ミニスカートにしたらいいさっ!!!」
  固まって言葉を濁そうとしたリーバーを置き去りに、ラビが元気よく主張した。その言葉にさらに固まったリーバーを置き去りに、リナリーがラビの言葉に賛同を唱えた。
  「なら、スカートも似合うわね」
  「スカートの方が似合うさ!!」
  ラビの言葉に苦笑を浮かべるリナリー。ラビは構わず、リナリーの隣で立ち尽くすに顔を寄せた。
  「やっぱり、ストライクさ!!・・・よっしゃぁっ!オレがにとって忘れたくても忘れられない男になるさ!!!」
  その発言とともに、の唇を奪った。
  にっこりと笑ってみせたラビを、リナリーが悲鳴とともに蹴り倒し、茫然とするをリーバーが背後にかばう。
  崩れた本や書類に埋もれながら、ラビは痛む身体に呻きながら、それでも思わず微笑を浮かべてしまっていた。
  (     やっぱり、モロ好みさ!)











  「なぁ、
  じっとラビの手元を見つめているに声をかける。目線だけ上げたに、ラビはヘラリと笑ってみせる。
  「オレと初めて会ったときのこと、覚えてるさ?」
  左右で濃さの違う碧の目が、窺うようにラビを見つめる。
  暫く間を空けてから、が口を開く。
  「・・・・・・・・・ごめん、忘れた」
  が心を痛めているのが分かるから、ラビは殊更何でもないことのように微笑を浮かべる。
  出来るだけ軽く聞こえるように、冗談のように聞こえるように、言葉を紡ぐ。
  「やっぱさ、、オレと付き合うさ?そうすれば、の記憶とオレの記憶が一緒のことになんね?」
  そう言って、近いところにあるに顔を寄せる。
  「     その手には乗らない」
  唇を奪おうとしたラビのその口を、は人差し指を当てて止める。にやりと笑ってみせたに、ラビは殊更大袈裟に溜息を吐いてみせる。
  「の意地悪」
  「毎回同じ手で来るから、ばればれ」
  「・・・そっか・・・・・・でも、オレは諦めないさ」
  が自分の仕掛けたキスを止めることに満足を覚えながら、ラビはヘラリと笑う。
  まさか、そんなこと思っているとはに気付かれないように、残念そうに溜息をつきながら、ラビは今日もの隣でその笑顔に満足を覚えていた。











  約束をしよう
  何度でも、君と約束をしよう
  君が忘れてしまっても、大丈夫
  君が忘れてしまっても、オレが覚えてるから
  だから、叶うなら、君はいつだって、オレの傍にいて     .











Continues to "I realized my own Weakness"

     46音で恋のお題「ちぎれた記憶」より

Photo by Microbiz

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