「」
「うん・・・・・・」
呼びかけても、は微笑を浮かべて、灰色の空を見上げている。
ふわりふわりと落ちてくる、冷たく白い結晶を受け止めようとするかのように両の手を伸ばすの隣へ並んで、リナリーも空を見上げた。
「綺麗だね・・・」
絶え間なく、けれど不規則に落ちてくる白い結晶を手のひらで受け止めながら、が呟く。
「積もるかなぁ?」
「そうね・・・あまり寒くもないから、"忘れ雪"になっちゃうかもね」
「"忘れ雪"?」
首を傾げたに、リナリーは瞬間さっと表情を無くした。それからすぐに、微笑を浮かべる。
「そう、"忘れ雪"。多分、積もらないと思うわ」
「そっか・・・・・・うん。積もらない方が、綺麗なままかも知れないね」
再び空を見上げて、が白く息を吐いて微笑んだ。
『元帥が新しいエクソシストを連れてくるって。リナリーと仲良くなれればいいね』
兄さんの言葉に頷いたものの、正直自信はなかった。初対面の人間は、やっぱりちょっと怖いと感じてしまう。
リナリーは教団の冷たい廊下を歩いていた。
出来ることなら一人ではなく、神田と一緒に新しいエクソシストに会いたかったのだが、残念ながら彼は任務で出てしまっている。
本当は顔を出す気は無かったのだが、戻ってきた神田に呆れた目で見られるかと思うと、自己紹介だけでもしておいた方がいいかな、と思ったのだ。そうすれば、多分、神田もリナリーのことを人見知りと呆れないだろう。
あまり乗り気のしないまま、とぼとぼと歩いていたリナリーの視界に、見慣れた背中が映った。
白衣を着たその背中が振り返る前に、話をしていた背の高い男性の方がリナリーに気付いたようで、咥えていた煙草を指に挟み顎をしゃくった。
「リナリー、よく来たね」
振り返った兄さんがにっこりと笑って、リナリーは顔を出すことを躊躇ったことを後ろめたく思った。
「リナリー、こちらがクロス・マリアン元帥だよ」
「リナリー・リーです」
感情を読ませない瞳をした男を窺いながら、リナリーは頭を下げた。じっとリナリーを見つめていた男が、突然にやりと口元を歪めた。
「リナリー、な・・・・・・将来、いい女になるぜ?」
「当然です。けど元帥、駄目です。僕の大切な妹ですから」
「バカ。今、手ぇ出すわけじゃねぇよ」
「信用できません。リナリー、この人に近づいたら駄目だからね」
そう言う兄さんの言葉に頷いていいものか、リナリーは元帥と呼ばれた男の顔色を窺った。再度咥えた煙草の煙を、けっと吐き出して元帥は背後に顎をしゃくった。
「あいつ。今日からここで世話になるから」
少し離れたところで、窓からじっと外を眺めている子がいた。こちらの会話なんかに興味がないかのように、無表情に外を眺めている。
「行っておいで」
兄さんに言われて、リナリーはその子へ近づいた。近づきながら、観察する。
この子が、新しいエクソシスト、なのだろうか 多分、歳は自分と同じくらいか、ちょっと年下か。ショートに切られた髪は金色をしているが、毛先にいくにしたがって琥珀色に染まっている。女の子、もしかすると男の子かもしれない。神田を女の子と間違ってしまった過去もあるから、その辺は注意しないと そんなことを思いながら近づくが、その子は相変わらず窓の外を見つめている。
どう声をかけたらいいものか、リナリーは躊躇した。
「」
元帥の呼び声に、その子は漸く視線を窓から外した。近づいてきていたリナリーを、じっと見つめる。その瞳の色が、左右で濃さが違うことに気付いた。綺麗な碧色だった。
「あの、私、リナリー・リー・・・・・・よろしく・・・」
じっとリナリーを見つめて、その子は黙ったままだ。
リナリーは、もう一歩、その子との距離を縮めた。
「あの、あなた、っていうの?」
こくりと頷いたその子の反応に、リナリーは自分の声がちゃんと届いていることに安心した。
「、何?」
「。それだけ」
初めて訊いたその子の声は、高くもなく低くもなく、耳に心地いい音だった。
「は、女の子なの?」
「そうみたい。リナリー・リーは女の子?」
「うん、レディだよ。それと、私のことはリナリーでいいから」
の問いかけが可笑しくて、リナリーは思わず笑って答えた。
「綺麗」
笑うリナリーを見つめたまま、発せられたの言葉に心臓が撥ねた。
リナリーの内心の動揺に構わず、は再び窓の方へ視線を向ける。
リナリーも慌ててその視線を追えば、空から舞う白い結晶 冷え込むと思っていたが、雪が降っていたようだ。
その雪を眺め続けるに、さっきの言葉は空から落ちる雪に向けられたものだと気付いて、急に恥ずかしくなり、リナリーはその横顔に慌てて声をかける。
「雪が降ってたのね・・・積もるかしら?」
「クロスが"忘れ雪"だって」
「?」
聞き慣れない単語に首を傾げるリナリーを振り返って、が口を開く。
「"降ったことすら忘れられてしまう程に、すぐに消えちまうんだよ"ってクロスが」
「それじゃぁ、積もらないのね・・・残念」
リナリーの言葉に、今度はが僅かに首を傾げた。
「どうして?積もるより、降ってる方が綺麗なのに」
「だって、積もったら、一緒に遊ぼうと思ったのに・・・」
若干拗ねたように口にして、リナリーははっとした。
せっかくジェリーにレディとしての嗜みを教わっているのに、今のはあまりにも子供っぽかった気がした。何より、今の発言は雪が積もらなかったからとは遊ばない、と言っているのと同じことになりはしないかと思ったのだ。
「あ、あのね、そういう意味じゃなくてね・・・」
慌てて取り繕うとしたが、相変わらずじっとリナリーを見つめているの視線に、つい下を向いてしまう。
(こんなのじゃダメ・・・・・・私はと友達になりたいのに・・・・・・)
はまだ教団に来たばかりで、心細いに違いない。だから、自分がお姉さんになってと仲良くしなきゃいけない .
そう自分自身を叱咤して、リナリーはもう一度、きっと顔を上げた。
「あのね、私とお友達になって欲しいの!」
相変わらずリナリーをじっと見つめたままだったが、その言葉に僅かに驚愕の表情を浮かべた。
「・・・友達?」
「うん!一緒に遊んだり、一緒に御飯食べたり、一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に大人になるの!!」
リナリーの言葉に、が初めて視線を落とした。
「・・・・・・・・・泣けない。それに 」
「いいの!泣かないなら、それでも!!ただ、が辛い時に傍にいて、楽しい時も隣にいて、私、と仲良くなりたいの!!!」
「・・・・・・仲良く・・・?」
リナリーは大きく頷いて、にっこりと笑った。
「うん!ここにいるのは、みんな家族だもの。仲良くしたいじゃない?」
「・・・・・・家族・・・」
「うん!だから、悲しい時も、嬉しい時も、私と一緒だからね。約束だよ?」
そう言って差し出した小指とリナリーの顔を見比べながら、が少々困惑したような表情を浮かべた。
(もしかして、指切りの仕方しらないのかしら?それとも、私と友達になりたくない・・・?)
内心不安に思いながら表情を窺うリナリーに、申し訳なさそうにが口を開く。
「・・・クロスが"簡単に約束なんてすんじゃねぇ"って 」
「いいんだよ、これは。 ただし、ちゃんと俺が教えた方の方法で、だぞ」
背後からの元帥の声に、リナリーは慌てて振り返った。いつの間にか、煙草を燻らせたまま近づいてきた元帥が二人を見下ろしている。
「"指切り"の方?」
「それだ」
「そっちの"約束"は簡単にしてもいい?」
「簡単に、じゃなくて、お前がしたいならすればいい」
煙草を咥えたままの元帥の言葉に、はリナリーへ視線を戻すと、小指を差し出した。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます、指切った!」
歌い終わって絡ませた小指を離す。
リナリーが歌っている間、はじっと繋がれた小指を眺めていた。何だか可愛い妹が出来たみたいで、ちょっと嬉しくなって、リナリーは微笑んだ。
そんな二人を黙って見下ろしていた元帥が、煙草を燻らせながら踵を返した。
「じゃぁな。リナリー、そいつのこと頼んだぞ」
「クロス」
遠ざかって行こうとする背中に、が呼びかけた。足を止めた元帥の傍へ近寄ると、その長い服の裾を掴んだ。
何も言わずに見上げてくるの隣で、クロス・マリアン元帥は煙草の煙を吐き出した。
「・・・・・・じゃぁな、。元気にやれよ」
「クロス、約束」
「安心しろ。約束は守ってやっから」
言って、ぐしゃぐしゃとの髪を掻き乱すように乱暴に撫でた。
その動きに、初めての表情が大きく変化した。日向で寝転んだネコが撫でられた手に喉を鳴らすように、気持ち良さそうに目を細めた。
「・・・・・・・・・うん。ありがと、クロス」
が元帥を名前で呼んでいることに、リナリーは今更気付いた。
( あんな顔もするんだ・・・いいなぁ・・・・・・)
いつか、自分の隣でも、あんなふうに笑ってくれるだろうか .
( 違う、笑ってもらえるようにするんだ!)
そう心に誓って、リナリーは、遠ざかっていくクロス・マリアン元帥の背中を見送っているの隣に並んだ。
黙って、の手をつなぐ。
「約束したでしょ?悲しいときも、一緒だって」
の視線に、にっこりと笑って伝える。
とリナリーは並んで元帥の背中を見送った。
振り払われるかと内心緊張したけれど、はリナリーと繋いだ手を離さなかった。
元帥の背中が完全に視界から消えて、リナリーはに訊ねた。
「ねぇ、クロス元帥との約束って、なぁに?」
リナリーを振り返ったは、僅かに微笑んだように見えた。
「一生に、一度きりの、約束」
その顔がどこか悲しそうに見えて、リナリーはそれ以上訊くことができなかった。
リナリーは隣に並ぶを見上げた。
あれからすぐに身長を追い越されてしまった。
年下だと思っていたのに、どうやらただ単に発育が遅れていただけだったのか、顔つきだって、随分と大人っぽくなってしまい、今では誰が見たって、リナリーの方が年下に見られてしまう。
「ねぇ、」
「うん?」
相変わらず舞い落ちてくる雪を見つめていたが、リナリーを振り返って首を傾げた。
あの頃よりも大分伸びたの髪、それでも毛先に向かって琥珀色に変わっていく色彩も、左右で濃さの違う瞳も、あの頃と同じだ。
「・・・・・・・・・ううん、何でもない」
「何?どうしたの?何でも言ってよ?」
言葉を濁したリナリーに、不満そうにが頬を膨らませた。
時々、が年上なのか年下なのか分からなくなる。
それでも、がこんな表情をするのは、気心の知れた人間にだけだ。それ以外の人間の前では、相変わらず無愛想で無口な面しか見せない。だから、にこんな表情をさせられることを、リナリーは内心で誇りに思っているのだ に打ち明けるつもりはないけれども。
「・・・・・・、恋してるでしょ?」
恨みがましく下からじっとを睨めば、顔を真っ赤にしてそっぽを向かれた。
「ねぇ、そうなんでしょ?だって、急に綺麗になったし・・・・・・」
「いやいやいや、リナリーの方がめっちゃ可愛いし?リナリーは、教団のアイドルだし?私なんて全然、まったく 」
慌てて言募るをもう一度睨んでから、ふんっと顔を背けて、その場に置き去りにして歩き出す。
「え〜、リナリー!!!待ってよぅ!!!」
そう言って慌てて追いかけてくるをひらりひらりと交わしながら、リナリーはちょっと微笑んだ。
の恋の相手が誰だか知らないが 正直言うと、何となく当てはあるが 、もう暫くは、の隣を明け渡すつもりはない。今はまだ、自分が一番の近くにいると、の一番は自分だと、そう思っていたい。
( クロス・マリアン元帥は、にとって別格なんだろうけど)
それだって、いつか追い越してやろうと思っている。だって .
( "今"、の隣にいるのは私だから。過去なんて忘れてしまって構わない・・・・・・)
そう自分に言い聞かせて、リナリーは振り返って、自分に追いついてくるを待った。
もう一度、並んで一緒に手を繋ぐ為に。
悲しい時も、嬉しい時も、悔しい時も、楽しい時も
大丈夫、あなたの隣に私がいるから
寂しい時も、可笑しい時も、苦しい時も、どんな時も
独りじゃないって、そう信じさせてあげるから
友達だから、じゃないよ
仲間だから、だけじゃないよ
一緒にいたいから、なんだよ
46音で恋のお題「忘れ雪」より
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