一つ 名前を与えられ
二つ 牙を内に隠し
三つ 必然の出会いを経て
四つ 感情の在り処を知り
五つ 時間を共にした
零 それは戻るべき場所
「嫌だっ!!!!! チャド!!!!!!!!!!」
聴こえるはずのない声だった。
(・・・・・・・・・?)
「茶度くん!!!!!」
駆け寄ってくる織姫の向こうに、の姿を見たような気がした。
力を失った体が地面に落ちる痛みよりも、伝う生暖かい濡れた感触が厭わしかった。
(・・・・・・)
感覚の消えうせた右手よりも、自分の心をに伝えていないことを後悔した。
(・・・・・・・・・・・・)
ここで命を失うことよりも、不要な言い訳を重ねて、その名を呼ぶのを躊躇ったことを無念に思った。
「茶度くん!!!」
倒れたチャドの傍らに膝をついて、織姫はここへ向かう途中で彼が告げた言葉を思い出していた。
俺たちが現場に着いた時、もしそこに生き残っている人がいたら・・・お前はその人を連れて下がっててくれ .
あれはきっと、こうなることが分かっていたからに違いない。
チャド自身が敵うはずがないと、ましてや織姫が敵う相手ではないと、霊圧で分かっていたから。
だからチャドは織姫を庇って一人で戦おうとしたに違いない。
「茶度くん!!!!!」
「チャド・・・織姫・・・・・・何なん、これ・・・・・・」
「?!! さん!!」
かけられた声に、織姫は驚いた。クラスメイトのがそこにいた。
蒼白な顔で近づいてくるの目は、血まみれで倒れたチャドの姿を凝視している。
「何で、チャドがこんな目に合わんなんの・・・?」
いつからいたのだろうか? この辺りにいた人間は、魂魄を奪われて命を落とした。
何とか一命を取り留めていたタツキですら、意識が朦朧としているのに .
はキッと顔を上げて、目の前に立つ影を睨みつけた。
「あんたら、何してんのよ!!」
の叫びに、体の大きな方が、面白そうにニヤリと笑った。
「ウルキオラ!! こいつか!?」
「・・・・・・」
ウルキオラと呼ばれた方は、感情のない瞳をじっとに向けた。
ヤミーの魂吸―ゴンスイ―で付近の魂魄に力無い者は命を失ったはずだった。
ウルキオラの探査神経―ペスキス―で探っても、目の前に立つ人間からは霊力のカケラも感じられない。
ならば何故この女は自分たちを睨みつけていられるのか .
ウルキオラは、ゆっくりと口を開いた。
「・・・それも、ゴミだ」
「そうかい!!」
ウルキオラの言葉に、ヤミーが凶悪に口を歪め、に向かって拳を振るった。
「三天結盾!」
ヤミーの拳が、に届く前に弾かれる。
の前の空間に、拳の威力を物語るように亀裂が走っていた。
「・・・双天帰盾」
チャドの横で膝をついていた織姫が立ち上がる。織姫の力 盾瞬六花がチャドの破壊された右腕を治していく。
「織姫・・・?!」
「さん、逃げて・・・」
「嫌だ」
チャドの傍らに立ったまま拒否を口にしたに、織姫は戸惑った。
は普通の人間だ。
こんな戦いに巻き込むべきじゃない。
安全なところに非難しているべきだ。
「チャドの傍にいる。僕に出来ることが、何もなくても・・・」
「さん・・・・・・」
悔しそうに唇を噛み締めたに、織姫は理解した。
織姫と同じだ。
何も出来なくても、足手まといにしかならなくても、それでも大好きな人の傍にいたい 自分が黒崎一護に抱いている想いと、がチャドに抱いている感情は同じものだ。
「・・・うん、分かったわ。さん、茶度くんの傍にいてあげて」
「ありがと、織姫・・・・・・」
と微笑み合って、織姫は前を向いた。
ウルキオラの無感情な瞳が、とチャドを守るように進み出た織姫を観察するように見つめている。
「・・・・・・妙な人間だ、女・・・」
織姫は小さく震えた。
恐かった。
だが、守らなければならないと思った。
タツキを、チャドを、を。せめて .
「椿鬼!!!」
織姫は腕を構えた。
浮かんだ思いを振り払った。
こんな場面でも、ここにいない黒崎一護に頼ろうとする自分が嫌だった。
「・・・孤天斬盾」
今、自分に出来ることは、黒崎一護を待つことじゃない。
自分の力で、タツキを、チャドを、を守ることだ .
「・・・・・・私は『拒絶する』っ!!!!!」
渾身の想いを乗せて、織姫は椿鬼をヤミーに向かって放った。
バチンッ .
「!!?」
織姫の放った椿鬼は、ヤミーを真っ二つにするはずだった。
「何だ、こりゃ。蝿か?」
「・・・つ・・・椿鬼くん・・・・・・そんな・・・・・・」
織姫は呆然と立ち尽くした。ヤミーの手から、バラバラにされた椿鬼の破片が落ちた。
椿鬼は、盾瞬六花唯一の攻撃手段だった。
それを失った今、織姫に敵と戦う術は残されていなかった。
「こいつ、どうするよ、ウルキオラ?」
「殺せ、ヤミー」
「あいよ」
答えるとともに、ヤミーが織姫に向かって拳を振るった。
「!?」
「くっ!!」
「さん!!」
ヤミーの拳から、が織姫の体を引寄せていた。
ヤミーの攻撃が翳めたのか、織姫の代わりにの脚から鮮血が流れていた。
「僕にだって分かる。今、織姫がやられたら、チャドの命が危険だってことぐらい・・・」
「さん、怪我を!!?」
「大丈夫。これぐらいじゃ死ねへんよ」
慌てて双天帰盾を使おうとする織姫を制して、が顔を歪めながらも小さく微笑んだ。
「頼むよ、織姫。チャドを助けて。もう、失うのは勘弁して欲しいんよ・・・頼むわ」
「さん・・・・・・」
初めて、の瞳を真っ直ぐに見たような気がした。
こんなに寂しい色の目をしていた .
「ごちゃごちゃ五月蝿ぇよ!! 死ねやぁ!!!」
再び振り上げられたヤミーの拳に、織姫もも動けなかった。
叩き潰される その視界をオレンジ色が遮った。
「・・・・・・黒崎くん」
ヤミーの腕をその斬魄刀で止めて、死装束を纏った黒崎一護は織姫を振り返った。
「・・・悪い。遅くなった、井上」
意識を失っているタツキ、右腕を破壊され倒れているチャド、傷を負い苦しげに荒い息を吐いてうる、そして涙を浮かべる織姫を見て、一護は安心させるように宣言する。
「離れてろ、井上・・・心配すんな。俺がこいつらを倒して終わりだ!!」
叫んで一護は斬魄刀を構えた。
「卍解!」
凄まじい霊圧が一護から溢れ出す。
その濃くて重い霊圧に、知らず織姫の足が後ずさった。
「・・・黒崎。悪いと思ってんなら、心配するなと言ったその言葉、違えんなよ・・・」
その声に、がいたことを織姫は思い出した。
はしっかりと一護を見据えていた。
「?! ・・・ああ。分かってるよ」
答えて、一護は飛び出した。
一護がヤミーに向かって斬魄刀を振るう。
その様子を、は静かに見つめている。
「・・・さん・・・・・・」
ヤミーやウルキオラの姿が見えているのだ。
一護の死神姿が見えていることも疑いようはない。だが、一護の戦う姿に驚く様子もない。
そういえば、チャドの右腕にも驚かなかった。
どうして そうだ。どうしてはここにいるのだろう?
どうしてタツキのように意識を失っていないのだろう? どうして .
「織姫、チャドを助けて。絶対、死なせんといて」
「? あ・・・はい!!」
の言葉に、織姫は慌ててチャドの横に膝を落とした。
そうだ、今はチャドの治療を優先しないといけない。
それが終ったら、の治療をしないと。
痛まないはずがない。
今だって、の額には脂汗が浮いている。
一護も来てくれた。
もう、大丈夫 .
「!!!?」
戦う一護へ視線を向けて、織姫は驚愕に揺れた。
ヤミーの右腕を切り落として、圧倒的な力を見せていたはずの一護が膝をついていた。
そこへ、ヤミーの足が叩きつけられた。
「黒崎くん!!!」
思わず駆け出していた。
意識を失ったタツキのことも、傷を負ったチャドのことも、顔を歪めるのことも、頭から消えていた。
ただ、一護しか見えていなかった。
「来るな、井上っ!!」
必死の形相で叫んだ一護の顔が、ぶれた。
激痛が、織姫の左側を襲った。
「井上!!!」
「織姫!」
ヤミーに弾き飛ばされたのだと知った。
単に弾かれただけなのに 体の骨が何本も折れてしまったようだ。
真っ赤に染まる織姫の視界で、脚を引き摺るが見えた。
「お前も邪魔だ!!」
ヤミーが叫んで口を開けた。
口内に光が集まる 虚閃―セロ―だ。
「避けろ、!!」
「?!! くっ・・・!!!」
ヤミーを振り仰いだが、倒れた織姫とチャドに視線を走らせ の瞳に、覚悟を見たように一護は感じた。
放たれる虚閃を、は避けなかった。
あの脚の怪我では、避けられなかったのかもしれない。
「っ!!!!!」
一護は叫んだ。
の体が、虚閃に飲み込まれた。
閃光が走り抜けた焼け焦げた大地に、の体が倒れていた。
一護の呼び声に、ピクリとも反応しない .
「くっそぉ!!!!!」
「うるせぇよ!!!」
叫んだ一護に向かって、ヤミーが拳を振り下ろした。
動くことが出来ない一護は、その攻撃を避けられなかった。
すでに、体も、精神も、ぼろぼろだった。
それほど親しかったわけではない。
だが、クラスメイトだった。
毎日のように顔を合わせていた。
井上織姫も、自分が弱いせいで負わなくてもいい傷を負った。
チャドも傷ついている。
このままでは、誰も助けられない .
「終わりだ、ガキ!! 潰れて消えろ!!!」
ヤミーが振り上げた両拳は、一護を粉砕するはずだった 霞んだ視界に、黒い羽織が翻った。
「どぉーもーv 遅くなっちゃってスイマセーン、黒崎サン♪」
飄々と薄笑いを浮かべた浦原喜助がヤミーの拳を、斬魄刀で軽く受け止めていた。
「何だぁ? てめえらも殺すぞ!!」
叫んで振り上げたヤミーの体が宙を廻った。
軽い動作で、ヤミーの巨体を背中から地面に叩きつけて、四楓院夜一が浦原に手を出した。
「井上を介抱する。薬をよこせ」
「はいな」
余裕の会話を交わす浦原と夜一に、倒れたヤミーが体を起こした。
「くそがぁぁぁぁぁぁぁ!!! ガッ?!」
「?!!」
咄嗟に身構えた浦原と夜一は、ウルキオラの冷たい瞳に動きを止めた。
「バカが。頭に血を昇げ過ぎだ、ヤミー」
ヤミーの巨体を、その腹に一発打ち込んで動きを制したウルキオラが、その血を拭いながら冷静に言った。
「こいつらは浦原喜助と四楓院夜一だ。お前のレベルじゃ、そのままでは勝てん」
ウルキオラがその手で空間を裂いた。
虚圏への入口が、その割れ目に現れる。
「退くぞ。差しあたっての任務は終えた。藍染隊長には報告しておく 」
その割れ目へ消えながら、ウルキオラは一護を振り返った。
「 貴方が目をつけた死神もどきは、殺すに足りぬ塵でした とな」
冷たい目で一護を観察したまま、ウルキオラとヤミーは空間の裂け目に消えた。
一護は、荒い息を吐きながら、瞳を伏せていた。
ウルキオラを睨み返す、それすら出来なかった。
「井上」
「・・・よ、夜・・・い、ち・・・さん・・・・・・」
弱弱しい織姫の声が耳に届く。
「く・・・くろ・・・くろさ、き・・・・・・くん、は・・・・・・」
「無事じゃ。案ずるな」
「よ・・・か、た・・・・・・」
「夜一さん、井上さんを店へ運んでください」
「ああ。分かっておる」
織姫を抱えた夜一が立ち上がった。その体が瞬歩で消える。
「黒崎さん、一人で動けますか? アタシは茶度さんとそこのお友達も運ばなきゃならないんで」
「・・・・・・・・・」
「アタシ一人じゃ、一度に3人運ぶのは難しいんで・・・」
「・・・ は・・・」
「・・・・・・何です、黒崎さん?」
「・・・・・・は・・・・・・」
一護は顔を上げた。
「は?!」
「あぁ、アレですか?」
浦原が振り向いた。
「黒崎さんも、分かってるんじゃないですか?」
浦原が肩を竦めた。
「あれじゃぁ、井上さんの双天帰盾でも無理でしょ」
「だけどっ!!」
「黒崎さん、あなたも分かってるはずだ。すでに、魂魄が 」
「言うなっ!!!」
浦原が帽子に表情を隠した。
「 彼女は、もう死んでます・・・いくら井上さんでも、すでに死んだ者は生き返らせることは、出来ません」
「くっそぉぉぉぉぉ!!!!!」
一護の叫びが空気を震わせた。
だが、倒れたままのは、やはりピクリとも動かなかった。
あいうえお行で5種のお題/二人のお題より「それだけはどうか」
さよならを告げることさえ その別れは許さない・・・・・・
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