ひたひた  ひたひた  ひたひた

それは夢か   絶望か

遠ざかって     近づいて

それでも  時は  明日へ向かう











大人の事情











  「おっはよ〜」

  「・・・・・・ム」
  「あ・・・さん、おはよう」
  「どうしたん? 何かあったん?」
  チャドと織姫を交互に見て、が首を捻った。
  「黒崎くんと平子くんが・・・」
  「平子くん・・・・・・?」
  織姫の言葉に、は再び首を捻った。
  「転校生の平子真子くん・・・覚えてないの? 昨日、さんを一緒に保健室まで運んだ・・・」
  「そうだったん?! マズイなぁ・・・平子真子、ね。覚えとくわ」
  苦笑してが呟いた。

  新学期が始まってからというもの、は学校で寝てばかりだった。
  だから、2学期になって転校して来た平子真子のことが記憶にないのも仕方ない。
  下手をすると、朽木ルキアがいないことにも気付いていないかもしれない。

  「あ!! さん、違うの!! さんを実際に運んだのは平子くんじゃないんだけど・・・
   一緒に保健室まで来てくれたんだけど、だけど、すぐに平子くんはいなくなって、あたしも先生呼びに行って・・・」
  「そうなん? 何か、よく分かんないけど・・・・・・じゃぁ、誰が運んでくれたん? まさか、織姫?」
  「それは      
  「・・・、体調はいいのか?」
  織姫の言葉を遮って、チャドは口を挟んだ。
  知らないのなら、それでいい。今更に知らせることはないと、チャドは話をすり替えた。
  正直、昨日のことよりも、今日のの体調が気になった。
  昨日までは随分とダルそうで、眠気を抑えられず、起きているのも辛そうだったが、今日はそんな様子がない。

  チャドの質問に、は頷いた。
  「不思議なことに。今日はすっごく体が軽いんよ」
  「そうか・・・良かった」
  「心配してくれたん? ありがと、チャド」
  がにっこりと微笑んだ。
  「!? あ・・・あたし、タツキちゃんに用事があったんだった!! タツキちゃん、どこかな!!?」
  突然そう言いながら、織姫が離れた。
  教室内に親友の有沢タツキがいないことを確認すると、教室の外へと飛び出していく。
  「? どうしたんやろ? 何か、織姫が変・・・・・・っていうか、いつも、か・・・」
  そう言って、が再び苦笑した。
  否定するか暫し迷ってから、チャドはやはり肯定することにした。織姫が気を利かせた理由を説明するのも面倒だった。
  「ム・・・・・・まぁ、そうだが・・・・・・」
  「あ! そうだ!! ねぇ、チャド      
  そう言って、が、じっとチャドの瞳を覗き込んだ。

  その先を口にしない<に、チャドは数瞬困惑してから口を開いた。
  「・・・・・・・・・・・・何だ?      
  「そう、それ!!」
  ビシッとチャドに向かって人差し指を突きつけて、が口を尖らせた。
  「じゃなくて、がいい!!」

  突然の要求に、チャドは固まった。
  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いきなりだな・・・」
  長い沈黙の後に、どうにかチャドは言葉を発した。
  「そう? ・・・で、どう?」
  「・・・・・・・・・・・・」
  「ま、いいや」
  戸惑うチャドの沈黙をが苦笑いで遮った。
  「無理強いはせん。したくないし。したら意味ないやん?」
  「・・・・・・ム・・・」
  が儚く微笑んだ。
  「ええよ」
  「・・・・・・すまない」
  「そんな顔せんでよ〜」
  がわざとらしく、おどけてみせた。
  「無理だ〜って顔してたよ? だから、気にせんといて」
  「・・・そんなことは思っていないが・・・」
  憮然と呟くチャドの言葉をは笑った。
  「嘘言うたらあかんよ、チャド。人間って自分で思っとるほど、嘘、上手くないんや。人間って、正直なんよ」
  「・・・・・・」

  昨日、を『お姫様抱っこ』で保健室に搬送した件が、思いの他クラスの皆には衝撃だったらしい。
  今も、立ち話をする自分たちに、ちらちらと視線が集まっていることにチャドは気付いていた。
  教室内の雰囲気も何だか浮ついているような気がする。
  そんな中で、今まで『』と呼んでいたのに『』と名前で呼んだりしたら、一体どうなってしまうのか      .
        チャドは喉の奥で小さく唸った。
  この教室の浮ついた雰囲気に、は気付いていないのだろうか? それとも      .
  自分が神経過敏になっているのか       チャドは僅かに眉を寄せた。

  「ほら! そんなに難しい顔せんといて!!」
  「?!」
  の指がチャドの眉間によった皴を突っついた。
  「いい、って言ってるじゃん?! 今じゃなくて、そのうち、でいいよ」
  が頬を膨らませながら、目だけで笑った。チャドも仕方ないと息を小さく吐いた。
  「・・・・・・ああ。すまない・・・・・・・・・だが、けして嫌なわけではない」
  「ええよ〜、呼んでくれるの、そんな先のことじゃない気がするし?」
  イタズラっぽくニヤリと笑って、はスカートを翻した。
  「・・・・・・?!」
  「あ! そうだ!!」
  がチャドを振り返った。
  「今日の放課後、暇?」
  「いや、今日は・・・・・・」
  平子真子に直接、何が目的で一護に近づいているのかを放課後に尋ねようと、織姫と相談したところだった。
  何か理由として納得できる正当なものを       そう探していたチャドに、が笑った。
  「今日は駄目か・・・ま、仕方ないか。急だし」
  「何故・・・・・・」
  「チャドの顔に書いてあるよ、事情があって、今日は勘弁って。 ホント、正直なんやから」
  「・・・・・・・・・すまない」
  「ええって! そんな顔せんといて」
  どんな顔をしているのか自分で分からず、チャドは困った。
  そんなチャドに、がもう一度微笑んだ。
  「なぁ! もう!! そういうとこ、チャドらしくて好きやけどさ」
  悪戯っぽくそう言って、はチャドに背を向けた。
  教室の中ほどで騒いでいる浅野たちの輪の中へと向かうその背中を、チャドは驚いた表情のまま見送った。

  「・・・・・・・・・?」
  小さなことに拘っているのはチャド一人で、は全て分かっていて、そんな態度をとっているのか      .
        チャドは苦笑を浮かべた。

  全てが大丈夫だと思えたら、そのときは、自分の心の望むままにと呼ぼうと思った。
  自分の心を、素直になれるのなら伝えてもいいと思った。
  小さな言い訳などやめて      .











  これが最後になると知っていたら、何か違っていたのか       チャドは後々、思い出しては悩むことになる。
  けれど、それは、もう少し、ほんの少しだけ先の話      .





















     あいうえお行で5種のお題/二人のお題より「大人の事情」
 日常が転がり出す。止められない明日に向かって・・・・・・

Photo by 塵抹

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