くるくる くるくる くるくる
世界は回る 明日へ進む
初めまして また明日
だから、 もうすぐ お別れです
「偏平足の平に、小野妹子の子、真性包茎の真に、辛子明太子の子で、平子真子でぃす。よろしくーゥ」
教室の前では、転入生がなかなか面白い自己紹介を続けていたが、チャドの意識は別に向いていた。
まず。斜め前に座る一護が、何か悩んでいること。
多分、尋ねても、何も答えはしないだろう。付き合いも長くなれば、それくらいのことは分かる。
もう一つ。教室中央寄りにいるが、登校してきたからずっと机に突っ伏して居眠りをしていること。
声をかければ、生返事はするものの、明らかに眠たそうだ。
昨日に引続き、あれだけ眠そうにしているのは、何かまずいんじゃないだろうかと、それくらいのことはチャドにも分かる。
昨日も、結局夕暮れまでは眠り続け、起きてからも覚醒しているとは言い難い状態で、アクビを繰り返す彼女をチャドは随分と心配した。家の近くだというコンビにまで送って別れたが、ふらふらと帰っていくの後姿に不安を感じた。
そして今日。昨日と同じ、いや、昨日以上に眠たそうなのことが気にかかっていた。
「お隣さんやなァ、仲良うしてや! 黒崎くん」
「ん? お、おう・・・・・・」
いつの間にか挨拶が終わっていたらしい転入生が、一護の隣の席へ腰を降ろそうとしていた。
前学期、その席に座っていた者は、今、いるべき場所に戻っていった。空席になっていたその席に、平子真子という転入生が新に座ることになったらしい。
【ヴォロ〜ウ!!ヴォロ〜ウ!!ヴォロ〜ウ!!】
一護が転入生に挨拶を返そうとしたとき、代行証が鳴った。
「ゴメン越智サン!! ちょっと便所!!」
「何ぃ!? またか、黒さ・・・ちょっ・・・まて、コラ!! 黒崎ィ!!!」
越智の止める声も聞かずに、一護が教室を飛び出していく。
「・・・すまん。何というか・・・ああいう奴なんだ」
フォローのために、チャドは転入生に話しかけた。
フォローになっていないフォローに、しかしチャドの予測とは裏腹に、転入生はニヤリと口元を曲げた。
「あァ、イヤ、構めへん構めへん・・・思てたまんまや」
楽しそうに笑って、それから転入生は、教室の一箇所を指差した。
「・・・あれも、いつも通りなんか?」
転入生の視線の先、眠そうに目を瞬かせたが、再び机に突っ伏すところだった。
「随分、眠そうやけど?」
「いや、あれは・・・・・・」
チャドがどう答えたものか迷っている間に、の様子に気付いた越智が出席簿を片手に近づいてきた。
「〜!!! 昨日に引続きかぁ?! 夜のバイトは禁止のはずだがっ?!!」
がツンと落とされた出席簿は、の後頭部を直撃した。
「ん〜・・・痛い・・・・・・」
「なら起きろ!! 〜!! おーい!!!」
越智の声にも僅かに反応しただけで、は顔を上げない。
微かに聴こえる寝息に、越智は溜息を吐いて、教室を見回した。
「おーい、誰か、が寝不足な理由知ってる奴、いるかぁ?」
フルフルと首を振るクラスメイトたちに、越智はもう一度溜息を吐いた。
「・・・・・・おーい。誰か、を保健室へ運んでやってくれ」
「はーい!」
保健委員の井上が立ち上がった。が、どうやったて無理そうだ。
は一般女子平均レベルよりかなり長身なうえ、今は半分以上夢の中だ。
なんとか井上が肩を貸そうとするが、井上よりも10センチ以上高いの身長に、重心が安定しない。
机から引き剥がしたものの、ふらついた拍子に、はそのまま他の机を巻き込んで、盛大に倒れこんだ。
「さんっ!!!?」
床に倒れこんでも、は変わらず寝息をたてている。
このままでは、保健室にたどり着く前に、打ち身だらけになりそうだ。
「・・・・・・・・俺が運ぼう・・・」
「おっ?! 男前だな、茶度。じゃぁ、頼んだ!!」
「・・・うむ」
越智から許可も出て、チャドはの横に膝をついた。
「・・・・・・運ぶぞ・・・」
一瞬迷ってから、チャドはの肩に手をまわし、スカートから伸びる脚をすくいあげた。
荷物のように肩に担ぐよりもいいだろうとチャドは思ったのだが、所謂『お姫様抱っこ』というやつに、教室にざわめきが走る。
「ナマのお姫様抱っこなんて、初めて見ちゃったv」
「何?? 茶度くんとちゃんって、そうなの?!」
「さすがチャド・・・勇気あんなぁ・・・・・・」
「あのをお姫様扱いだぜ?!!」
「二人ともデカくて、迫力あんなぁ・・・・・・」
「あー、相手がじゃなければ、俺が立候補したのに・・・」
「井上さんをお姫様抱っこ・・・グフッ!!!」
「まぁ・・・茶度ほどタッパないと、あのを抱えるなんて無理だろうケド・・・・・・」
思いもしなかったクラスメイトたちの反応に、チャドは僅かに眉を寄せた。
「はーい、先生ィ!! オレもついてって、えーですかァ?」
「何だ、平子? お前も寝不足か?」
越智の問いに、転入生こと平子真子がニヘラッと笑った。
「いやー、せっかくやから、この機会に、校舎探検でもしてみよーかと・・・保健室の場所も知っといて、損ないやろーし? ってなわけで、一緒に行ってもえーですかァ?」
「分かった、分かった。好きにしろ」
「おーきに、ありがとさん」
溜息とともに吐き出された担任・越智の言葉に、平子はニヤリと笑った。
「ほな、行こーか?」
「・・・・・・あぁ」
「保健室はこっちだよー!」
平子と井上と連れ立って教室を出る。
「先生〜!! 俺も、学校の探検をっ!!!」
「浅野、お前は駄目だ」
「じゃ、じゃぁ、俺も寝不足で・・・・・」
「一生眠るか?」
「ひぃぃぃ〜!!!!!?」
教室から聴こえる浅野の悲鳴に反応することもなく、はチャドの腕の中で、規則正しく寝息を繰り返している。
ふと、チャドは腕に抱えているが、すいぶんと軽いことに気がついた。女子は全般的に軽いだろうとは思ってはいたが、こんなにだとは思っていなかった。は身長がある分、それなりに重量があるのではないかと、どうやらチャドは勝手に思い込んでいたらしい。
「ここだよ、保健室」
生憎、保健の先生は不在で、チャドは勝手にをベッドの上に降ろした。
教室からずっとは夢の中だ。
静かに、規則正しく呼吸のたびに上下する胸に、チャドはと親しくなった屋上での会話を思い出して、淡く微笑んだ。
「じゃぁ、オレは校内、ブラッとしてくるわー」
「え? 平子くん、一人で大丈夫? 迷っちゃわない?」
井上の言葉に、平子はニヘラッと笑った。
「迷うんが楽しいんやんか。知らんから迷えるんや。知ってしもうたら、迷いたかて、迷えへんわぁ・・・ほなな」
解るような、解らないようなことを言って、平子はガラガラと扉を開けて保健室を出て行った。
「・・・・・・平子くんって、面白いね・・・・・・あ! 私、先生探してくるね!!」
感心したように頷いていた井上も、何故か慌てたように言い残して保健室を出て行った。
「・・・・・・・・・」
と二人きり、残されてしまったことを理解して、チャドは困った。
困る必要なんが全然ないのだが、何故か困った。
部屋の真ん中に突っ立ているのもアレなので、とりあえず、チャドはの足元にある椅子に腰掛けた。
時計の刻む音が妙に響く。
(・・・・・・・・・戻ってきた・・・・・・・)
チャドはの伏せられた睫と、その横顔を見つめながら、この半年足らずのことを思い出していた。
シバタに出会って、力を手に入れて、尸魂界へ行って、そして今ここでの隣に座っている。
不思議な感じがした。
理由なんか全部すっ飛ばして、ここにいられて良かったと思った。
日常に帰ってこられて良かったと思った。
「・・・ねぇ、茶度・・・もう少し涼しくなったら、海行かん?」
「?!!」
いつの間にか、が目を開けていた。
「スイカ割りもしたい。花火もやりたい。キャンプファイヤーも、バーベキューもやりたい。パラソルもって、海行こ〜よ?」
にっこりとが笑う。
「涼しくなったら海行こ〜よ、海」
「・・・海は、涼しくなったら、あまり行かないものだと思うが?」
「じゃぁ、どこでもいい。どっか行こ〜よ? 茶度と、みんなと、どこでもいいから、遊びに行かん?」
「・・・・・・?」
困惑したように尋ねたチャドに、が真剣な瞳で笑顔を作った。
「ねぇ、夏終わっちゃうよ、急がないと」
「そうだが・・・・・・」
「ねぇ、どっか行こうよ? 電車に乗って、みんなで旅行行こうよ!! ねぇ、ねぇ、どっか行かん?」
「・・・・・・そうだな。それもいいな・・・だが、暫くは日常で満足だ」
チャドの言葉に、が口を噤んだ。
「俺は、この日常が好きだ」
「・・・・・・僕も、大好きや。ずっと、ずっと、続けばええのに・・・・・・」
「?」
寂しそうに笑ったに、チャドは急に心配になった。
もしかして、は病気か何かで、ここ最近の尋常じゃない眠りっぷりも、その為なんじゃないか .
「なぁ、・・・」
「ねぇ、茶度・・・」
また、いつかと同じようにタイミングが被った。
「あ、ごめん。いいよ、何?」
いつかと同じように、が、チャドに先に言うように促した。
「・・・・・・・・・いや、なんでもない」
が、やはりいつかのように、チャドは言葉を纏められず言葉を濁した。
暫く沈黙が続いて、徐にが口を開いた。
「・・・・・・ねぇ、茶度、大したことじゃないんだけどさ・・・・・・」
「?」
「・・・僕も、浅野たちみたいに、茶度のこと、チャドくんって呼んでもええ・・・?」
「・・・・・・チャドでいい」
「ん?」
「今更、くん付けなんかされたら 」
チャドは思いっきり口をひん曲げた。
「 気味が悪い」
目をパチクリと瞬いてから、が笑った。
「了〜解」
「・・・本当に、今更だな」
チャドも笑った。
「・・・・・・なぁ、・・・」
「ん〜?」
今なら、言いかけたものを、きちんと纏められる気がした。言葉に出来る気がした。
「・・・来年の夏は、海へ行こう。一護や、浅野たちも誘って、みんなで」
「ん、え〜なぁ! 想像するだけで、めっちゃ楽しみやん!!」
微笑んだその表情のまま、がチャドを見つめた。
「なぁ、チャド・・・僕に内緒で、死んだりしたらアカンよ?」
「?! ・・・・・・」
言葉の真意を問いただす前に、が目を閉じた。
チャドの呼びかけに応えず、再び規則正しい寝息が流れだす。まるで、今までの会話が、チャドの空想だったかのように プツリとの意識が途切れた。
「・・・・・・・・・・」
微かな不安を溜息に誤魔化して、チャドは微笑を浮かべた。
「約束しよう。次の夏には、必ずみんなで海へ 」
呟いた言葉は、晩夏の日差しに溶けていった。
廊下の壁に寄りかかって、平子真子は頭を掻いた。
「なんや・・・・・・えろう面倒臭いことになっとるやんけ、・・・・・・・・しゃーない、荒療治で行くか・・・」
呟いて、溜息を吐く。
とても損な役回りだと、やはりその思いを強めて、もう一度、溜息を吐いた。
あいうえお行で5種のお題/二人のお題より「子供の我侭」
日常が動き出す。坂道を転がり落ちるように・・・・・・
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