見上げる空は とても高く 美しく
すべてのものが 綺麗に見えた
降り注ぐ光は とても暖かく 柔らかく
すべてのものを 優しく感じた
佇むあなたは とても深く 愛おしく
自分がひどく 惨めに思えた
寝物語
「あれ、独り? 珍しいじゃん?」
屋上でまどろんでいたら、そんな声が聞こえた。同時に茶色い髪がチャドの視界に映りこむ。
「・・・む」
「や、いつもは黒崎や浅野といるから、さ」
寝転んだチャドを上から覗き込んだまま、クラスメイトのが笑う。
「・・・・・・うむ・・・」
「あ、悪気はないんよ? ただ、珍しいな〜って」
チャド自身、先ほどの返事に不機嫌の意味は含まれていなかったのだが、もともと口数が少ないため、相手が勝手に解釈してしまうことは少なくない。に言われて何となく、先ほどの返事は不機嫌に聞こえたかも知れない、と他人事のように考えた。
その間に、は「よっこらせ」と呟きながら、少し距離を取った位置に腰を下ろしていた。
結局、やはり謝ったほうがいいだろう、とチャドは考えをまとめた。
「う〜〜〜ん、やっぱ屋上は気持ちええわ」
大きく伸びをして、が勢いよく寝転がった。
謝ろうとして、先にに発言されてしまって、チャドはタイミングを見失う。
はさらに、「ね、茶度もそう思うっしょ?」と同意を求め、チャドは「・・・・・・そうだな」とだけ返事をした。
答えながら、やっぱり謝った方がいいんだろうか、とチャドは再び考えて口を開いた。
「・・・・・・ぁ 」
「あ、そう言えば、茶度」
また、タイミングがかぶった。
「あ、ごめん。いいよ、何?」
しかも、今回はが言葉を止めて、謝罪の言葉とともに、チャドに言葉を促してきた。
今更謝るのも、何について謝っているのか分からないような、謝るのもおかしいような、そんなことを諸々考えて、チャドはやっと言葉を発した。
「・・・・・・・・・いや、何でもない」
が、結局出てきたのはそんな言葉で。
「ん、そう? こっちも、そんな大切ってわけでもないんだけど・・・」
が困ったように笑う。
「この間、茶度、怪我してたよね?」
「ああ・・・・・・・・・していたな」
「・・・・・・今、どの怪我か分かってなかったっしょ?」
「・・・・・・・・・」
バレた。
「どのっていうか、怪我多かった時期あったじゃん?」
チャドが黙っていても、は話を続ける。
の指摘する通り、鉄骨が落ちてきたり、一日に何度も交通事故にあったりした時期が3日ばかりあった。記憶に靄がかかったように、その日々のことで明確に思い出せることは少ないのだが。
「何してたん?」
そんな状態だったわけで、の質問に答えられる答えも持っておらず、チャドは沈黙した。
暫く沈黙が続いて、唐突にが口を開いた。
「・・・そういえば、茶度って頭いいよね?」
「ああ・・・・・・そんなこともないと思うが」
一度頷いて、それは何だか違う気がして、慌てて否定した。
寝転がったまま、顔だけをチャドの方に向けたが尋ねる。
「勉強好きなん?」
「・・・・・・嫌いではない」
「ふ〜ん」
会話が終了する。
暫く沈黙が続いて、また唐突にが口を開く。
「・・・で、何やったら、あんなに怪我多い日々が送れるん?」
質問が戻ってきた。
時間差で問われても、その答えが用意できているわけもなく、チャドはやっぱり黙りこむしかなくて。
今度はも言葉を発せず、沈黙が続いていく。
長い長い沈黙の末、耐え切れなくなったチャドがを窺い どうやら眠ってしまったらしい。昼食を食べた後だ。天気もいいし、昼寝には最適な気候だ。
チャドは大きく息を吐き出して、視線をから外した。伏せられた睫毛とその横顔、呼吸の度に微かに上下する胸、スカートの裾から伸びる形のいい脚は、はっきり言って目のやり場に困る。
視線を引き剥がすように外した先、屋上の柵に、青い空を背景に小鳥がいた。
手元のビニールの袋から、昼食の残りのパンを取り出す。
小鳥は首を傾げて、暫く迷うような素振りを見せた後、近づいてきてパンくずを啄ばんだ。
すぐに何羽か飛んできて、一緒に啄ばみ始める。その様子を眺めていたチャドの顔が、自然と笑顔になる。
「・・・茶度、小動物好きやよね? この間もオウム、肩に乗せとったし」
眠っていると思っていたから声をかけられて、チャドは慌てて振り返った。
寝乱れた髪をガサガサ掻きながら、が胡坐をかいて座る。
「・・・ああ。カワイイものは好きだ」
「あー、じゃぁ僕はダメだね。身長、浅野並にデカイし」
「む・・・・・・?」
その発言に、パンくずを撒こうとしていたチャドの手が止まった。
確かには平均的な女子高校生からすれば、長身だとは思うが・・・・・・いや、それよりも、さっきの発言の真意は・・・・・・? とチャドの頭の中はパニックに陥っていたりするのだが、残念なことに かどうかは分からないが、心の内が顔に出ない性質のため、表情は全く変わっていない。これで得したことも無いわけでは無いが、何だか複雑な心境だった。
一方、は大きな欠伸をひとつして、缶入りのジュースを飲んでいる。ん〜と伸びをして、胡坐を組んでいた足を前に投げ出した。
「でも、黒崎よりも大きくなるのが目標!」
「そ、そうなのか・・・・・・」
力強く言い切ったに押されて、チャドは少々たじろいた。そんなチャドを気にせず、は瞳を輝かせて続ける。
「そ! で、超魅力的な女性になる!!!」
身長の高さは、もう充分なのではないかと思ったが、チャドはあえて突っ込まなかった。の勢いに押された、だけかもしれないが。
だが、チャドのその態度が気に入らなかったのか、が唇を尖らせた。
「何それ〜? 言いたいことがあるんなら、はっきり言えっつーの」
「いや、大したことじゃない」
遠慮したチャドに、缶の中身を飲み干して、が唇をさらに尖らせる。
「さっき譲ったんやから、今度は言いや?」
引きさがりそうにないの様子に、チャドは暫し迷ってから、漸く口を開いた。
「・・・・・・・・・一つだけ」
「うん、ええよ?」
「・・・・・・・・・本当に、いいのか」
「もう、ええって言っとるやん! 怒らんから、言うてみ?」
に促されて、チャドは口を開いた。
「・・・・・・座るときに『よいしょ』って言うのは、年寄り臭いと思うぞ」
「ほっとけ!!」
パコーンと、が放り投げた空き缶がチャドの頭にクリーンヒットして、空の彼方へ吸い込まれるように消えていった。
どこか遠く、下のほうで、誰かの(多分、浅野の)「痛っ!!?」って声が微かに聞こえた。
屋上に寝転がって見上げる青空はとても高くて眩しくて、どこまでも飛んでいけるような気になる
どこまでも、どこまでも
それこそ、宇宙の果てまでも・・・・・・なんてらしくないことを口にしてしまいそうな、そんな昼下がりの、それこそ、どこにでもあるような何でもない話。
46音で恋のお題より「寝物語」
他愛もない日常を失うなんて、僕らは想像すらしなかったんだ・・・・・・
ブラウザバックでお願いします。