頭痛がする。
ラチャダ・ストリートの売春窟で三合会(トライアド)直属の幹部が殺られて、ただでさえ雑事が多くて面倒だったってのに。
連絡会でのバラライカの宣戦布告的な発言 あぁあ、大事になりそうだ。
「・・・また」
思わずもれた溜息を、隣から指摘されて、張(チャン)は悪いと片手をあげた。
指摘した当人は、張のことを見もせず、走る車の窓からロアナプラの街並みを興味なさそうに眺めている。
「・・・・・・おい、」
張が呼んでも彼女は振り返るどころか返事すらしない。
張は肩をすくめて、軽く息を吐いた。
「・・・・・・ワザと?」
それにさえ、冷めた指摘をされて、張は苦笑を浮かべた。
の機嫌がすこぶる悪い。
張は少女を観察するように、体をシートに預けて肘をついた。
張の視線に気付いていない筈がないのに、少女はずっと窓の外に視線を向けている。
少女が着ているのは、普段のラフな格好ではなく、黒を基調としたフォーマルなパンツスーツだ。三合会の他の構成員が着ているものと変わらない。髪も後ろでまとめており、三合会の年の若い構成員にしか見えない。
ラチャダ・ストリートで殺しがあってから、張はを常に目の届くところに置いている。張と共に行動するためには、いつものハーフパンツとTシャツ姿では少々問題があったため、そんな格好をさせられているのだ。張としては、この機会に隣にいて目の保養になるように着飾らせたかったのだが、はそれを断固拒否し、黒服に落ち着いた。
それでも、何か思うところがあるのか、彼女はずっと機嫌が悪い。
「・・・・・・雨になる」
外を眺めていたが呟いた。言われて、張も窓の外を窺えば、確かに分厚い雲が広がり始めている。
「・・・傘ある?」
「いや、積んでないな」
それっきり互いに言葉を交わさず、車内に沈黙が流れる。
煙草を取り出し咥え、火を点けずに弄んでいた張が、漸う口を開いた。
「・・・・・・お前、バラライカのこと好きだろ?」
「・・・・・・・・・バラライカが男性だったら、大哥(タイコウ)以上に惚れてた」
「やれやれ・・・ミス・バラライカに感謝だな」
そう言って肩を竦めて、張は自分をじっと見つめているに気付いた。
「何だ?」
「別に・・・・・・」
そう答えたものの、彼女は張を見つめ続けている。その目がまるで不思議なものを見るようで、張はもう一度問うた。
「・・・・・・怒るかと思った」
「どうして、俺が怒る?今のは、俺の方が好きだってことだろ?」
張の言葉に、は憮然としたような微妙な表情をした後、再び窓の外へ顔を背けた。彼女なりに照れているのだと知っている張は声を立てずに笑った。
「・・・・・・バラライカにデートに誘われたくせに・・・維新(ウァイサン)なんてキライだ」
負け惜しみのように呟いたがおかしくて、張はとうとう声を上げて笑った。
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「噂になってるわよ、あなたのところの"狼"のこと」
立ち去ろうとして、バラライカの方から声をかけられた。
の予想通り降り出した雨に濡れながら、互いの用件だけ伝えてさっさと立ち去るつもりだった張(チャン)は、バラライカの言葉に足を止めた。高級煙草(ジタン)をくゆらせながら、張はゆっくりとバラライカの方へ向き直った。
「あなたが"狼"に夢中だっていう話。もう、街中が知ってるでしょうね」
「・・・・・・何が言いたい?」
自身の声が、いつもの飄々としたものよりも随分と硬いことに張は気付いていた。
「そのままの意味よ、ベイヴ。ただの世間話」
そう言って、バラライカは煙草を咥える。
「お宅の組員が殺られてから、ずっと傍に置いてるんですって? ・・・そんなにタイセツなら、今回の件が終わるまで、首輪でもつけて金庫に入れておきなさい」
紫煙を燻らすバラライカは、けれどその言葉にも表情にも嘲る気配はなく、張は撫でつけられた自身の髪に手をやった。
「・・・・・・それができるような相手なら、とっくにやってるさ」
「・・・それなら、せめてこの件には関わらせないことね。今回のガキ共と歳もそう変わらんだろ?」
「・・・・・・おい。あいつはそこまで幼くないぞ?!」
「本当? ・・・・・・東洋人は実年齢より若く見えるというけど・・・・・・」
心底驚いているバラライカに、張は溜息をついて空を仰いだ。
「それじゃぁ俺が、ロリコンだと思っていたってことか・・・」
「悪かったわ。あなたのことを誤解してたようね」
「・・・まさか、あんたから謝罪の言葉が聞けるとは、な・・・」
肩を竦めてみせた張に、バラライカが笑う。
「・・・・・・それでも、今回の件には関わらせない方がいいでしょうね。"三合会のボスの愛人"としてなら、あの双子は興味を示さないでしょうけど、"黒狼"としてなら、どうかしら?」
張は黙って新しい煙草に火を点けた。
「今回に限らないわね・・・あなたがタイセツにしてるってだけでも標的になりやすのに、"黒狼"だなんて広まったら・・・・・・」
「それこそ大変だな」
「あら? 人事みたいね」
バラライカの言葉を聞きながら、張は紫煙を吐き出した。どこか面白そうなバラライカの口調に、それでも裏を感じなかったからかもしれない。
張には分かっていた バラライカは世間話をしている。だから、この話がホテル・モスクワから広まることはない と。
「それくらい、なら切り抜けられる。それに・・・・・・俺もいるしな」
そう言った張の顔を見て、バラライカが呆れたように頬の筋肉をつり上げた。
「・・・・・・重症のようね、ベイヴ」
「自分でも、よく知ってるさ」
張は煙草を靴底で揉消して、今度こそバラライカに背を向けた。
「じゃぁな。行動のときは一報を入れてくれ。それと・・・・・・"ベイヴ"と呼ぶな。嫌いなんだ、そのあだ名は」
言い残して去っていく張の背中を見送りバラライカは浮かべていた微笑を消し、戦争の始まりを告げるラッパならぬ携帯を取り出した。
紫煙を燻らせながら、張(チャン)は積みあがったコンテナの間を抜けて歩いていく。
人払いはしたが、良く知っている気配をずっと感じていた。いつもより幾分緊張気味なそれに、張はついつい笑みを浮かべてしまう。
角を曲がって、その気配の元が視界に映り、張はその笑みを深くした。
近づけば、その緊張が緩んでいくことに愛おしささえ感じている自分の、重症さ加減を思い知る。
「水も滴る何とやら、か・・・、濡れてるぞ」
「平気・・・・・・張大哥(チャン・タイコウ)の方が、濡れてる」
「いつもに増して、いい男だろ?」
張の軽口に、は何も言わず車のドアを開けた。しかし張は乗り込もうとしない。が張を怪訝そうに見つめる。
「車の中で待ってろ、と言ったと思ったが・・・そんなに心配だったか?」
「・・・・・・・・・別に。ただ・・・雨に濡れたかっただけ」
相変わらずな返答をするに、張は笑みを浮かべた。
「が水浴び好きとは知らなかったが お互いこの格好じゃ、風邪をひいちまうな」
「?」
訝しげに眉を寄せたに張は浮かべた笑みを濃くして続ける。
「いっそのこと、お互い脱いじまうってのはどうだ?」
張のその言葉にが目を見開いた。
これからやってくる嵐を前にしての高揚感との相乗効果で、心が浮き立つような、そんな気分に酔いながら、張は心なしか赤くなっているの耳に唇を寄せて囁いた。
「それとも 」
「脱がされるほうが好みか?」
46音で恋のお題より「脱がされるほうが好みか?」
つかず離れず、けれど気になって仕方がない・・・・・・
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