いつだったか、桜の木の下で、と酒を飲んだことがあった。
  桜はすでに見ごろを過ぎ、散り始めていた。あれは確か、日本がなくなる前、最後の春だった。
  桜の下に座りこみ、舞い散る花びらに埋もれようとするかのようなの姿に目を奪われた。
  「なぁ、藤堂・・・・・・どうするのが、一番いいんだろうな」
  手元の杯に視線を落としは呟いた。自分が答えるべき問いではないと思ったから、私はただ杯を口へと運んだ。
  唇にどこか歪んだ笑みを浮かべて、は桜の木を振り仰いだ。
  「『自分が誰か?』なんて問いには、とっくの昔に答えが出てたはずなのに・・・な」
  「・・・・・・急いて答えを出す必要もないだろう」
  そう返して、私は杯を置いた。そろそろ戻らねばならない刻限だった。
  「・・・そうだな、考える時間はまだあるか・・・・・・藤堂」
  腰をあげた私を、が呼んだ。春の夜風に、の髪が舞った。
  「また、こんなふうに付き合ってくれ・・・こういう酒も悪くない」
  「わかった」
  並んで置かれた杯に、舞い散った桜の花びらが浮かんでいた。と、またこうやって酒を飲むのも悪くないと思った。
  そのとき、まだが悩んでいるようなら、答えてやればいい。
       お前は、は、日本人よりも日本人らしい私の仲間だ     と。
  だが、その言葉を伝えるべき相手はもういない。











  「7年、ぶりか・・・・・・」
  「過去を懐かしむのは、老化現象の一つだよ」
  長く紫煙を吹き出しながら、が答えた。煙草を咥え、こんな風に笑うなど、7年前には想像も出来なかった。
  「何故だ?何故、がここにいる?」
  「居ちゃ悪い?」
  黒の騎士団がアジトにしている倉庫のひとつだった。
  壁に背を預けて立つ互いのこの距離が、私との離れてしまった時間を、広がってしまった溝を表しているようだった。
  歪めた唇で笑うが、知らない人物のように思われた。
  「藤堂・・・・・・結局、私は何もできなかった」
  黙っての声を聞いた。目を閉じてしまえば、そこに昔と変わらないがいる気がするというのに。
  「ブリタニアの侵攻時も、日本という国がなくなったときも・・・何も出来ない、一人の弱い人間だった」
  「だから、か?」
  目を開ければ、そこには異国の女がいる。昔と同じ、強い意志を秘めた目をもつ、けれど藤堂の知らないだ。
  「違うね。ブリタニアも日本も、ゼロさえも、私は興味がない」
  「ならば、何故     ?」
  は煙草を揉み消し、私に背を向けた。そのまま去っていく背中に、私は再度問うた。
  扉の前で立ち止まり、は呟いた。振り返りはしなかった。
       きっとまだ、私は夢をみていたいだけなんだろうな     と。
  その夢が何だったのか、私が知ることはもうない。











  「しっかりしろっ、!!」
  そこかしこで黒煙が上がっていた。ゼロがいなくなっただけで、ここまで戦況は不利になるのか     その事実が重かった。
  だが、それ以上に、目の前に重傷を負ったがいるという、その現実が怖かった。
  「ったく、ダメだね・・・・・・こんな時だってのに、素直には、なれそうに、ない・・・」
  「喋るなっ!」
  荒い息を吐きながら、それでも変わらず口元を歪めたに、私は思わず叫んでいた。
  酷かった。
  の右腕には骨まで達する深い裂傷があり、完全にその機能を失っていた。布で押えてはいるものの顔の右半分からの出血はとまる気配はなく、腹部にも銃弾によるものと思われる出血があった。
       このままでは、助からない     勘ではない。多くの死を見てきた、私の経験がそう言っていた。
  私の考えを読んだかのように、が笑い、その視線で、私を呼んだ。
  引かれるように近寄った私の肩に手をかけ、が半身を起こした。そのまま、私の耳元に顔を寄せた。
  「藤堂・・・あんたが決めてくれないか?・・・私を過去の思い出にするか、未来への荷物にするか・・・・・・頼むよ、鏡志朗・・・」
  そう言って、は目を閉じた。肩にかかるの重さを感じながら、私は懐剣を引き寄せた。
  今更、悩む必要はない。考えるまでもなく、私の中で既に答えは出ていた。
  私は、剣を抜いた。
  あの選択を後悔したことはない。
  だが、その答えがの意に沿うたものだったのか、問うことはもう出来ない。











  「私は、あの人を、という人物を、信用できません」
  千葉にそう言われたとき、驚きはしなかった。おそらく、多くの仲間たちは、そう思っているだろうと推測していたからだ。
  「理由を聞こう」
  「が、ブリタニア人と日本人との混血だから、という理由ではありません。紅月カレンは、信用に足る人物ですし・・・」
  頷いてみせた私に、千葉は安心したように口を開いた。
  「藤堂さんの古くからの知人とは聞いています。しかし、行動が軽はずみ過ぎます。ブリタニア軍に潜り込み、処刑場のナイトメアに潜んでいたとして、どうやって私たちを救出するつもりだったのでしょうか?ゼロが現れたから、どうにかなったものを・・・もしゼロが現れなかったら、と思うと・・・・・・」
  「なりに、作戦があったのだろう」
  「ゼロが現れる、という作戦ですか?それが、信用できないんです!あんな男を信用しているなんて・・・・・・が開口一番に、藤堂さんに対してなんて言ったか覚えてます?『一発殴らせろ』なんて、いくら知人でも度を越えてます!ナイトメアに潜んでいたことに対しても『助かったんだからいいだろ?』なんて、人として信用に足る人物とは、私には到底思えません!!それに、いくら藤堂さんと昔馴染だからって、呼び捨てにするなんて・・・・・・」
  音を立てて開いた扉の向こうに、話題の人物がいて、千葉は唐突に言葉を切った。対して、は一瞬驚いたような顔をした後、いつものように唇を歪めただけで、私たちの前を横切っていった。
  「どこへ行く?」
  の隻腕に抱えられた重そうな鞄を指して問えば、「ちょっとそこまで、ゴミの処分を」と楽しそうな声が返ってきた。
  振り返りもしないの背中を、私は黙って見送った。
       たとえ、本物のゼロが現れなくても、私たちを助け出す     その確かな作戦をお前はもっていたのだろう?それなら、その鞄の中身も、今それを処分しなければならない理由も、全て見当がつく・・・・・・、お前はその覚悟でいたのだろう?
  だが、私がその答えを確かめる術はもうない。











  あれは確か、黒の騎士団が蓬莱島という拠点を得て、皆が未来に確かな希望を見出していた頃だった。
  私は将軍と呼ばれるようになり、傍らにはいつも残った四聖剣がいた。戦場と会議室とを行き来する、忙しい日々だった。
  ナイトメアが収納されているドッグの前、ポーカーに興じている連中のなかに、はいた。
  玉城にカードを持たせ、隻腕でゲームに参加していた。
  カードが配られるたびに一喜一憂する玉城に、は呆れた表情で蹴りを入れている。
  時折、玉城と楽しげに笑うの声が風に乗って聴こえてきた。
  まるで、戦争が起こる前の、がそこにいるかのようだった。
  あの頃、の隣にいたのは、玉城ではなかったが・・・・・・・・・。
  「さんきゅー」「いいってことよ!」
  右側の視力が極端に弱いが読みやすいように、玉城がカードを広げてやっている。
  「藤堂さん?」
  朝比奈の声に、無理矢理視線を二人から引き剥がした。
  「・・・・・・行こう。扇たちが会議室で待っている」
  歩き出した私の耳に届いた、二人の笑い合う声が、何故か心に痛かった。
  その理由を、私がに伝える機会はもうない。











  覚えている。あれは、ゼロを、私たちが切り捨てた日だった。
  防音の部屋に、かすかに響く船の動力音が、あの夏の蝉の音のように、私の深い部分に焼きついている。
       ゼロを捨てるのか?     と。
       何故だ?!     と。
       ブリタニア人だから?皇族だから?他人に無関心だから?それとも、日本人を殺したからか?それで、ゼロを、ルルーシュを捨てるのか?!!今までのこと、全部なかったことにして、彼を捨てるのか?!     と。
  初めて触れた、の怒りだった。深い、慟哭だった。
  私には、理解できなかった。何故、がそんなにもゼロに肩入れをするのか、が。
  「お前たちも、何も変わらない!!ブリタニア人も、日本人も、同じ人間で・・・何も、変わらないじゃないか・・・・・・」
  そう叫ぶが解らなかった。
  は、ブリタニア人の誰よりもブリタニアを嫌い、日本人以上に日本を好いていたはずだった。そのが、何故そこまで言うのかが、理解できなかった。
  だから、問うてしまったのだ、私も     、何故お前は、私たちの手助けをしていたのだ?     と。
  「今更・・・今更、鏡志朗が・・・あんたが、それを私に訊くのか・・・・・・?」
  そう答えた、そのときのを、私は一生、忘れることはないだろう。
  あの瞬間、少なくとも並んでいた私たちの道は、完全に二つに分かれ、二度と交わらぬ道となったのだ。
  真実を、理由を知ったとき、どんなに自分の言葉を悔いたことか。
  だが、それを私がに伝える術はもうない。











  「藤堂将軍・・・・・・」
  扇の呼び声に、目を開いた。
  気遣わしげに思える扇の視線に、不意に可笑しさを感じた。
  私ととの間に存在していたのは、甘いだけの感傷などでは決してなかった。
  少なくとも、が私に対して、そんな感情を抱いていたとは思えないし、私自身が自分の気持ちを自覚したときには、すでに歯車は狂っていた。
  いや、私たちの歯車は最初から、噛合ってなどいなかったのだろう。
  「お前は、確かに、私の仲間だった     
  「藤堂将軍・・・・・・」
  痛みを堪えるような扇の声から逃れるように、私は扉を開けた。
  「・・・行こう、シュナイゼルが待っている」
  「・・・・・・ああ」
  扇を促して、部屋を出る。
  つけられたままのテレビには、シュナイゼルの、黒の騎士団の、そして藤堂の敵となったの姿が映し出されていた。











     友情ならよかった











 アトガキ
  はい★と言うわけで、やりたい場面をやり切った(笑)藤堂鏡志朗夢でした〜!!
  藤堂より、ちょっとだけ年下設定のさん・・・・・・三十路です(汗)
  伝えられなかった気持ちは、もう二度と届かない     .

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