他人の心なんて解らない。
  心の奥で何を考えているかなんて、誰にも解らない。
  私の本当の心も、誰も解ってなんかいない。
  寧ろ、理解なんかされて、堪るかってんだ。











   闇の現











  「ごめんね、。今度、何か奢るから!」
  「いいよ、いいよ、気にしないで」
  謝りながら、急いで教室を出て行く友人を見送る。
  クラス全員分のアンケートの集計     本当なら学級委員の彼女の仕事。だけど、デートの約束があった彼女の代わりに、集計を引き受けた。
  多分、友達だし。私は、今日暇だし。難しい仕事じゃないし。別に断る明確な理由がなかったから。
  はっきり言って、面倒な仕事ではあるのだけれど。
  でも、引き受けておけば彼女との関係も友好なままでいられるし、私に対する他の人からの評価も下がらないだろうし。
  そんな風に考えてるなんて、多分、誰も思ってもいないだろう。
  私が損得勘定で動いてるなんて、多分、みんな知らないだろう。
  誰も、私の心の内なんて解らないだろう。解って堪るもんか!
  こうして笑って、みんなの意見を聞くフリをして・・・・・・実際に、心の中で、私が何を考えているか、それがバレるようなヘマはしない。甘い顔をしていたら、他人にそこから付け込まれるだけだ。











  「・・・提出先は生徒会室、ね」
  出来上がった集計表と、集めたアンケート用紙の束を手に教室を後にする。
  正直、学級委員の彼女がやるよりも早く、綺麗に仕上がっている自信がある。
  自信はあるけど、もちろん彼女には言わない。
  それが、私が身につけた処世術だ。
  「失礼します。3組の分のアンケートの集計用紙、持ってきました」
  生徒会室には現生徒会長の海音寺一希しかいなかった。
  海音寺一希     野球部キャプテン兼生徒会長。そして、県内模試でいつも上位に名前の載る有名人。あまり目立たない、けれど、分類するならカッコいいに属する人     そして、多分、私とは相容れない人。
  「ありがとう・・・・・・3組の学級委員は?」
  「彼女は今日用事があって、代わりに私が。3組の分の集計結果です」
  「あ、うん・・・ありがとう・・・・・・3組のさんだよね?」
  何で知ってるの?ほとんど話したこともないのに。
  軽い不信感に、私の眉が寄る。
  「・・・何か?」
  「あ、いや・・・・・・」
  焦ったように海音寺は私の手渡した用紙に視線を落とした。その顔が驚きの表情を浮かべ、次いで何故か笑みに変わる。
  「すごく綺麗に纏めてある・・・これ、さんが一人で?」
  「うん。そうだけど・・・何か?」
  「いや、思ったとおりだなって・・・」
       ああ。この人もか・・・・・・
  そう思ったら、言わなくていいことが、私の口から滑り落ちた。
  「・・・どう思ってたのか知らないけど、私のこと知らないのに、勝手に決め付けるの、やめてくれませんか?」
  「え?」
  自分の声なのに、随分冷たい声だな、と他人事のように思った。
  「人の一面だけ見て、その人のこと分かったようなつもりになるなんて・・・・・・くだらない」
  「・・・・・・」
  「どうせ、みんな私が演じてる『作った私』しか知らないのよ」
  口に出してから、しまった!と思ったけれど、もう遅い。
  一度言ってしまった言葉を取り消すことは出来ない。
  こんなこと、言うつもりなかったのに・・・・・・最悪だ。
  ちらりと海音寺の顔を盗み見ると、予想に反して、彼が真剣な目で私を見ていた。
  「・・・・・・そうかも知れん。だけど、俺     
  そこで、唐突に理解した。
  あぁ、私は彼のこの目に負けたんだ。私を真っ直ぐ見つめてくるこの目に負けて、私は自分の心の内を曝してしまったんだ、と。
  「さんって、さんが思ってるほど、悪い人じゃないと思うんじゃ」
  この人なら分かってくれるかも知れない、そう私は思ってしまったんだ、と。
  「・・・・・・分かったようなこと、言わないでよ・・・」
  さっきよりも、随分弱い感じになってしまった。
  「そうじゃろか?それほど間違っとるとは、思ってないんじゃが・・・ちょっと説教臭かったかな」
  そう言って、海音寺は照れたように笑った。
  「・・・・・・あ、あの、さぁ・・・」
  「?さん?」
  「・・・・・・やっぱり、いい!これ、ここ置いておくからっ!!」
  「さん?」
  「それじゃぁ!!」
  そう言って、生徒会室を飛び出すので精一杯だった。
        一目惚れ。
  そんな言葉が浮かんできて、慌てて自分で打ち消す。
  冗談じゃない!!そんなものに引っかかるような私じゃないでしょっ?!!
  あ。でも、海音寺は学校でよく見かけるから、厳密には一目惚れじゃない、か・・・・・・って、ちょっと待って!!惚れてないからっ!?私、別に、海音寺なんかに惚れてないから!!
  必死で言い訳しながら、廊下をずんずんと歩いていた。
  「     さん!!」
  突然、名前を呼ばれて、肩に手がかかった。
  振り返ると、軽く息を弾ませた海音寺の姿     って、何で?
  「あ、あのさぁ・・・本当は、言うつもりなかったんじゃけど・・・・・・」
  海音寺が、さっきと同じように真っ直ぐに私の目を見て、言葉を紡ぐ。
  「実は、俺・・・・・・さんのこと、前から気になっとったんじゃ・・・・・・」
  「・・・・・・え?」
  「・・・一目惚れ、ってやつじゃ・・・・・・けど、さん、そういうの好きじゃないって聞いとったから・・・・・・」
  びっくりした。
  「・・・・・・いつから?」
  「・・・一年のとき、図書室で見かけて、から・・・」
  心底恥ずかしそうに、海音寺が笑う。
  「・・・・・・バッカじゃないの?」
  「・・・そうじゃろうか・・・?」
  「そうよ・・・一年のときからって、私たちもう三年生だよ?・・・・・・ほんの一瞬でも深刻に悩んだ、私がバカだったわ」
  「?」
  バカと言われて、少々落ち込んでいたらしい海音寺が、困惑して首を傾げた。
  「・・・・・・一度しか、言わないわよ・・・私も、あなたに一目惚れ、したみたい」
  「えっ?!」
  「・・・・・・だから・・・!海音寺になら、私のこと理解してもらいたい、って思ったの!!」
  の一世一代の告白が、ロマンチックという言葉からこんなに縁遠いものになるなんて、想像すらしていなかった。
  「・・・なんて言うか、俺、今、信じられないや・・・・・・」
  そう言って笑い出した海音寺につられて、私も笑い出した。
  放課後の廊下で二人、声をあげて笑った。
  今笑ってる私は、きっと本物の私だ、そう素直に信じられた。











  他人の心なんて解らない。
  私の心も、誰も解ってなんかいない。
  ・・・・・・でも、海音寺、あなたになら、私を解って欲しいと思う。
  海音寺の心なら、解りたいと思う。
  私でさえ、私自身の心を解ってなかった・・・一目惚れなんて、しないと思ってた。
  だけど、そうじゃなかった・・・だから、私の心も、あなたなら・・・そう思っても、いいですか?











 アトガキ
  後半を、ごっそり書き直しました・・・夢、見てもいいでしょ?
  解らないから、理解したい・・・お互いを、お互いに・・・・・・

Photo by 塵抹

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