「あぁん?そんな面倒くさいもん、オレに押し付けんなよぉ」
真っ白な部屋で、白に近い金髪の青年が、これまた真っ白な椅子に埋もれるように座ったまま、手にした携帯に向かって溜息を吐いた。
「文句ぐらい言わせろよ、てめぇの仕事だろ?ったく、戻ってくるんじゃなかったぜ」
行儀悪く足を机の上に投げ出す。その弾みで机の上にあった書類が、ばさばさと床散ったが、青年はまったく気にした様子はなく、変わらず手にした携帯に向かって愚痴をこぼす。
「だ、か、ら、そんなもんまでオレに回すなっつーの。てめぇ、オレの休暇申請潰す気かっ?!」
組み替えた足が、机の上にあった綺麗なペン立てに当たった。お気に入りだったペンが転がったことに青年は舌打ちをして、眉根を寄せて宙を睨んだ。
「勝手言ってんじゃねぇよ!こっちは5年以上も前から申請してんだ!!」
床に書類は散乱し、真っ白な部屋はとても綺麗とはいえない惨状で、青年は腹立たしげに床に積んであった分厚い本の柱を崩しながら、引き抜いた本を机の上に放り出す。
「尻拭いだっつーの。残ってんだろ、やることが・・・・・・ああ、そうだよ、来年も・・・2月7日、申請出てんだろ?」
苛立たしげに机の上に上げていた足を、音がするほどの勢いで下ろす。何枚かの書類が靴の下で拉げる音がしたが、青年は気にしない。
「ちっ。分かりきったこと言うなよ?自分の立場くらい理解してるさ・・・・・・歯車の回りを良くするだけだ」
机の上に頬杖をついて、青年はつまらなそうに、先ほど掘り出した本をぱらぱらとめくる。最後までめくった本をつまらなそうに机の端に押しやる。
「ああ。だから、これ以上は・・・・・・分かってる、今回はさっさと戻る。じゃぁな」
乱暴に受話器を投げて、青年は椅子の背もたれに勢いよく倒れこむ。そのまま一緒に欠伸もする。ついでに、体もぼきぼきと鳴らして、興味なさそうに呟いた。
「そういうわけだから。後よろしく」
「かしこまりました」
部屋の隅でずっとパソコンを叩いていた女性が、メガネの位置を直しながら答える。その態度に、青年はつまらなそうに首を鳴らした。
「ありがと。だけど、せっかくなんだから、君ももうちょっとクダケたら?」
女性はキーボードを叩いていた手を止めると、無表情のまま答えた。
「私は、あなたと同じようには、許されていませんので」
「つまんね〜の」
青年は言葉通りの顔をすると、転がっていたペンを拾い上げ、机の上の書類を手繰り寄せた。
断交
先ほどから止む気配のない雨が降っている窓の外をなんとなく眺めながら、松田桃太は手元の珈琲を啜った。
一年前、YB倉庫で起こったシンジケートの捜査は、関わった者たちの感情を置き去りにしたまま幕を引き、事後処理も滞りなく進み、休暇も予定通り取れるようになっていた。
せっかくの休日、偶にはドライブでもしようと車を走らせていたら、突然エンジンの調子が悪くなった。運よくガソリンスタンドに辿り着きはしたが、エンジンの修理に1時間ほどかかるらしく、それを待っている間に元々あまり良いとは言えなかった空模様がどんどん悪くなり、ついには雨が落ち始めた。それもどんどん強くなり、冬の空は凍えるような様相に様変わりしていた。
部屋に籠もっていても特にやることもなくて出てきたが、元々どこか行く当てがあるわけでも無く、松田の気分はすっかり部屋で不貞寝を決め込みたいレベルに降下していた。
この珈琲を飲み終えて、車が動く状態に戻ったら、まっすぐ帰ろう そんな風に思っていたとき、冷たい空気とともに、待合室の自動扉が開いた。
「もう最悪。あ〜びちゃびちゃじゃん」
まるで水泳でもした後の犬のように頭を振って水を周りに飛ばしながら、若い男が一人、松田のいる待合室へと入ってきた。飛んだ水滴が僅かにかかり、松田は顔を拭った。迷惑な男だ。
この急な雨に運悪く降られたのだろう。白に近い派手な金髪、纏う服は黒を基調としたどこか高級そうなもの。それらを松田は職業病のように観察し、彼を金に困っていない今時の学生、と判断した。
そういえば、ライト君は大学生らしからぬ大学生だったなぁ、そんなふうに思った。
男の黒い服装は、もう一人のキラだった彼女を連想させて、松田は少々憂鬱になった。
「あ、すいません。水、撥ねちゃいました?」
欠片も悪びれた様子なく、青年は松田に軽く頭を下げた。自分の思考に嵌りかけていた松田は、青年の言葉に不意を付かれた。
「あ・・・いいえ、大丈夫です」
嘘だ。反射的に選んだ無難な答えに、松田の気分はさらに下降した。
「なら、良かったです」
そう言うと、青年は笑って、松田の隣のスチール椅子に腰を下ろした。
濡れた体で椅子に座ることに抵抗がないらしい。随分自分勝手な性格だ、と松田は心中でため息を吐いた。
そんな松田の心中を察することなく、青年は人の良さそうな笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「ほんと、突然の雨で、マジ困っちゃいますよね」
「そ、そうですね」
「おかげで、予定が狂っちまいますよ」
松田のそっけない返事も気にせず、青年はカウンターに設置してあるコーヒーメーカーに手を伸ばした。紙カップに半分ほど珈琲を注ぐと、備え付けてあるクリームと砂糖の山を引き寄せた。ご自由にお使いください、と書いてあってもそれは酷いんじゃないか、と松田が思っている目の前で、5つのクリームと3本の砂糖を投入した。その紙カップを嬉々として口へ運ぶ。
「甘っ!!」
そりゃそうだ、という松田の突っ込みも残念ながら青年には届かなかったようだ。
「あ〜、でも、本当、マジで良かったっすよ」
甘いと文句をつけた珈琲をすすりながら、青年が呟いた。
「はい?」
「だから、水、撥ねてなくて。本当、良かった、って」
松田の素っ頓狂な問いに、青年は「ね?」と笑って続ける。
「こういうとき、嘘付かれるのって厭じゃないっすか」
そういうものだろうか?人は得てしてそういう嘘を重ねて、人生を円滑に進めていくものなのではないだろうか?
いや、第一、嘘、と呼ぶほど大げさなものだろうか?
松田の疑問が顔に出たのか、青年が笑って続ける。
「そうでしょ? やっぱり、本当のこと言ってもらったほうが良いに決まってますって」
松田の脳裏に、不意に一人の少女の姿が浮かんだ。少女、という年ではもうないだろうが、彼女にはそれが一番しっくりきた。今、目の前にいる青年と似通った黒い衣装を好む少女。
彼女は真実を知らない。彼女には知らせていない。彼女の一番好きだった人の、本当の姿を。どうして、彼女の愛した彼が死ななければならなかったのか。どうして、それを自分は止められなかったのか。
「真実が、一番、です。本当のこと、言ってくださいよ、ね?」
本当のこと。君の愛した彼はキラだった。ライト君はキラだったんだ。だから、だから、だから・・・・・・・・・
「雨、やみましたよ。それじゃ、後よろしく。」
我に帰った松田の目に映ったのは、厚い雲を割って差し込むまぶしい光と、閉まっていく自動ドア。
さっきまで隣にいたはずの青年の姿はすでになく、空っぽになった紙コップと水溜りが残っているだけだった。
「松田さん、車のトラブル、直りましたよ。ついでに雨も上がりましたし」
「あ、はい、どうも」
人のよさそうな整備士が室内に入ってきて、まるで夢から引き戻された気分で、松田は修理代を払うため、慌ててポケットの財布に手をやった。
「ちーっす。今終わりました〜」
携帯を耳に当てたまま、は首をバキバキと回した。
「あ?もち、予定通りっすよ」
携帯に向かって話しながら、は背負った鞄の中に手をやった。
「あ〜もうちょいしたら戻りま〜す、はい、はいっと」
軽く返事をしながら、鞄から取り出した真っ赤な林檎を宙へ放った。
「ケケケ。ありがとよ」
「どうぞ、どうぞ」
携帯を仕舞うに、林檎を受け取ったリュークが嬉しそうに声をかけた。
「なぁ、なぁ、前から聞いてみたかったんだけど?」
「なにを?」
興味なさそうに振り返ったに、リュークは顔を寄せた。
「は、何がおもしろくて生きてんるんだ?」
リュークの問いを、はクダラナイとばかりに鼻の上にしわを寄せて笑い飛ばした。
そのまま、悠然とした足取りで、宙を歩き続ける。
「悪りぃな、自分には興味ないんだ」
「ケケケケ。だよなぁ?」
リュークの笑いをかわして、は鞄を背負いなおすと、足を止めて首だけをぐるりとリュークの方へ向けて口を開いた。
「次はいつ?」
「安心しろ、次も声掛けっから」
「おっけ〜、じゃ、よろしく、リューク」
そう言って、は軽やかに空を駆けた。
アトガキ
、ぶっちゃけ何も考えずに作ったキャラ過ぎて、苦労しました・・・
そして、歯車は日常を取り戻す
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