紂王の魂魄が封神台へと飛び、そうして殷が滅んだ。
そして、一人の仙道の魂魄もまた .
蝋燭に照らされた情事
殷が滅び、周から届いた食料や酒を前に朝歌の民は喜びに湧いている。
明かりが灯った街はまだまだ眠りそうにない。
禁城に入城した周の兵士や仙道たちも酒宴を繰り広げ、朝歌の町全体が今日という日を祝っている。
盛り上がる酒宴を抜け、姫発は禁城の奥へと向かった。
広い禁城は奥へ進めば喧騒もほとんど聞こえなくなる。
街の喧騒も、仲間たちの笑い声も、微かに風のざわめきのようにしか聞こえない禁城の奥まで来て、姫発は足を止めた。
人工的に作られた池を囲むように作られた回廊の隅の小部屋。
御簾の下がった入口を姫発はくぐった。
星明りも届かないその小部屋はうす暗く、姫発は入口近くに置かれた蝋燭に火を灯した。
暗かった部屋にぼんやりとした光が広がる。
姫発は、部屋の隅、蝋燭の明かりと闇が溶けるその場所に、膝を抱えた人影を見つけた。
姫発が捜していた人物だった。
いつもなら酒宴の場に必ず居るであろう彼女。
「・・・・・・・・・」
姫発に呼ばれ、膝を抱えて俯いていたが顔を上げた。
蝋燭の微かな明かりしかない室内でも、の目が赤く腫れているのが分かった。
やはり泣いていた・・・・・・
「・・・ねぇ、天化がいないの・・・どこにも、いなくて・・・・・・また、みんなで飲もうって、言ったのに・・・・・・」
言葉を紡ぎながら、の瞳から新たな涙が溢れ出す。
姫発は蝋燭の傍に立ち尽くしたまま、まるでその涙に呪縛されたように動けなかった。
「おかしいよ・・・天化がいないのに、どこにもいないのに・・・・・・」
喧騒のざわめきが波のように膨らんで、また遠ざかっていく。
立ち尽くしたまま、姫発が口を開いた。
「天化のこと・・・・・・好きだったのか?」
は再び顔を俯け、頭を振った。
「分かんない、もう分かんないよ・・・・・・・・・ただ、ただ、天化がいないことが悲しいの、寂しいの、涙が止まんない・・・」
ボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
声を殺して、はただ涙を流し続ける。
姫発は崩れるように膝を落とした。
姫発は目の前にあるを体ごと抱き締めていた。
丸められたの背中に優しく手を置く。
腕の中にある温もりが壊れ物のようで、愛しくて仕方なかった。
「泣きたいだけ泣いちまえ・・・それで、それで・・・・・・」
優しい手に、その温もりに、姫発の優しさに、の心が解れていく。
徐々に姫発の腕の中から嗚咽がもれ始める。
姫発はを強く胸に抱く。
上げられる嗚咽を全て自らの胸に収めるかのように。
いつの間にか、自身の膝を抱いていたの手が姫発の服をつかんでいて。
「・・・・・・忘れろとは言わない・・・けど・・・」
姫発の搾り出すような言葉に、が俯けていた顔を上げた。
蝋燭の微かな明かりの中でもお互いの顔をはっきり見ることの出来る距離で、の頬に流れる涙に姫発は思わす手を伸ばし、その涙を指で拭っていた。
拭っても新しい涙がの頬を濡らす。
その涙に姫発は優しく唇を寄せた。
そのままを慰めるように抱き締める。
の体が今自分の腕の中にあって。
涙をためた瞳は蝋燭の仄かな明かりでゆらゆらと怪しくきらめいていて。
姫発は自然との唇に自身の唇を寄せて .
が体を引いた。
体が勝手に動いてしまったらしく、二人は動きを止める。
意識していなかったとはいえ、姫発のキスを拒んだの瞳が伏せられた。
姫発はそんなの肩を引き寄せて、その額にキスを落とした。
姫発の優しい仕草に、の瞳から涙が溢れ出す。
は服を握り締めていた手を離し、姫発の首へと腕を回した。
姫発の腕の中で、が瞳を伏せ、諦めたように呟いた。
「・・・でも、姫発も私を残していなくなっちゃうんだよね・・・先に死んじゃうんだよね・・・・・・」
「・・・・・・たぶん、な」
少しの間の後、姫発が答える。
その口調は何気ないものだったが、そのことにさえ姫発の思いやりをは感じてしまう。
だから、少しだけ明るい調子で笑って言った。
「ね、姫発。姫発が仙道になっちゃうってのはダメかな?」
姫発は少し考えてから
「そんな簡単に、誰でも仙道になれるわけじゃないだろうし・・・・・・俺が仙道になったら、太公望の目指す、仙道のいない国を創る、てのに反しちまうからな・・・」
姫発の答えに、は笑ってみせた。
「だよね〜。あ〜あ、今更あたし仙道辞めるわけにもいかなしな・・・こんな思いするなら、仙道なんかにならなきゃよかった」
「・・・・・・・・・」
笑いながらの言葉だったが、姫発は何も言うことが出来なかった。
の笑顔が泣いているように、姫発には思えた。
やさしい姫発
ごめんなさい、ごめんなさい
あたしは弱いから、こんなふうに姫溌の優しさに甘えてしまう
温かい胸に、たくましい腕に、姫発の全てに甘えてしまう
それが姫発を傷つけると分かっているのに、あたしは .
ぼんやりとした闇が広がっていて、は腕を伸ばした。
何も縋るものがないような、暗闇ではないのに、何故か怖くて。
「・・・・・・」
呼ばれて、どこか霞がかかったような視界と頭で、声の主を探して。
伸ばした手の先に、確かに人のぬくもりを感じて。
「き、はつ・・・」
薄明かりに浮かんだ人物の名前を呼んで。
その瞳が優しいのに、泣いているような、そんな気がして。
なのに、彼はの涙を優しく拭って。
すごく悲しくなって、はもう片方の手を姫発の頬へと伸ばす。
触れて、でも、それでは何も変えられなくて。
握った手を引き寄せた。
その手に軽く口付けを。
いつかの、誰かのように・・・・・・こんな方法しか知らないから・・・
ごめん、
分かってるつもりだ、でも俺だから
俺たちは強くなんかない、でも、だから、こうしていられる
泣いてほしくない、泣かせたくない
言葉では上手く伝えられないから、俺は .
蝋燭の仄かな明かりに浮かぶ白い肌に。
「愛してる・・・」
握った手に力を込めた。
一つになんてなれやしないけど。
それでも、こうしていれば何か伝わるような気がして。
多分、何ひとつ伝わりはしないのだろうが、それでも。
今は何もかも全て忘れてほしいから。
きっと、何ひとつ変わりはしないのだろうが、それでも。
「・・・ありがと」
その言葉が、謝罪の言葉に聞こえてしまって。
口付けられた手を引くことが出来なかった。
それは誰への?
分かっているから、姫発は微笑む。
出来るだけ、やさしい微笑を彼女に・・・・・・こんな方法しか知らないから・・・
アトガキ
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