やさしい冷笑
「よ、ラッイト〜」
本当には馴れ馴れしく、且ついきなり現れる。
「もう、嫌んなるよな〜何百人分のテストの採点なんて、教授だってやりたくないだろうにさ。みんなに単位くれればいいのにな〜」
そう言いながら、はちゃっかり隣りに腰を下ろす。
食事中だった月は、不満を隠す気もなくを睨んだ。
「・・・・・・、食事が不味くなる」
「酷い!!いいじゃん、一緒に食おうよ〜」
「クククククク。一緒に喰えば?」
月がのことを嫌っているのを知っているリュークが自分の背後で笑って、月は不快気に眉根を寄せた。
「・・・うるさい・・・・・・食べるなら、静かに食べてくれ」
「いぇ〜い!ライトと昼飯が喰える!!」
そう言うと、はコンビニの袋から携帯サプリを取り出す。カロリー補給飲料、鉄分やアミノ酸などの錠剤などが後から後から出てくる。
結局、コンビニ袋からは栄養補給系の携帯食しか出てこなかった。
の食生活に月は驚いたが、本人はそんな月を気にする様子もなく、嬉々としてビタミンの錠剤を口に運び、それを噛み砕いてはカロリー補充飲料で喉の奥へと流し込んでいる。
それも、美味しそうに。
「ライト、食わないの?」
の言葉で、暫し茫然としていたことに気付いた月は、憮然として自分の食事を再開した。
「ライト、オレも腹減った。林檎くれ、林檎!」
涎を垂らしそうな勢いで林檎を強請るリュークを見えない振りをする。
ちらっと隣にいるに視線を送ると、は相変わらず美味しそうに栄養ドリンクを飲んでいる。にリュークが見えるはずないのだが、妙に気になってしまう。
これ以上に視線を送っていると不自然に思われるだろう。月はから視線を外そうとして、こちらに近寄ってくる女子生徒に気が付いた。
東大生にしては派手目な感じだ。多少化粧が濃いのは、年上ということを意識しているからだろうか。
高田女史よりは格下、まぁ美人な部類にはいるだろうな、と月は評価を下した。
月にそんな評価をされていたとは想像もしていないだろうその女性は、つかつかとミュールの踵を鳴らしての前まで来ると、バンっと勢いよく机に手を置いた。
「くん、昨日、どうして約束破ったの?」
怒気が含まれた声に、クククと、リュークが楽しそうに笑った。
その怒りの矛先であるはずのは、さほど気にした様子もなく口に残っていた錠剤の欠片をドリンクで飲み込んでから、悠然と口を開いた。
「あ〜あれね、忘れてた。興味なかったから、忘れちゃったのかも?」
「グホッ!?」
の能天気ぶりに、月も思わず普段の冷静な顔を崩しかけた、が先にリュークが吹き出してくれたおかげで、月は何とかいつものクールな顔を保つことが出来た。
しかし、彼女の方はそうもいかなかったらしく、気の弱い男ならこの場で土下座して誤ってしまいそうな表情でに詰め寄った。
「なにそれ?私のこと、どう思ってるわけ?!」
「遊びでもいいのならって、最初に言ったじゃん?」
全く悪びれた様子もないに、月は呆れに似た感情を抱いた。
怒りの向け場を無くしてしまったらしく、彼女の目に涙が浮かぶ。
「・・・で、君、名前なんていったっけ?」
いつもと同じの笑顔で、が冷たい言葉を彼女に放った。
いつもと同じの笑顔、月の嫌いなへらへらした笑顔、いつも見ている笑顔と何も変わらない、そのはずだ。
なのに、背筋が冷たくなるのは何故だろうか。月は思わず体を強ばらせた。気のせいか、リュークも固まっている気がする。
「・・・・・・もういい!!!」
彼女はやってきたときと同じように、しかしその背中は傷付いているのが押して量れるようなものだったが、踵を鳴らして去っていった。
涙を堪えられただけ、彼女を評価しようと月は思った。
「人間って、オモシロイ」
リュークが心から楽しそうに呟くのが聞こえた。
「さ〜てと、携帯のメモリー消しとかないと」
彼女の姿が見えなくなった途端に、は携帯を開いて何やら操作を始めている。
「・・・・・・」
「あ、でも、オレ、彼女の名前、覚えてないや」
「・・・」
「ま、いっか」
「」
「な〜に?」
『』と呼んだ瞬間に、嬉しそうに携帯から顔をあげたに、月はもう二度と呼んでやるものかと心に決めた。
は楽しそうに笑いながら月を見つめている。
「・・・・・・、お前、人として最低だよ」
月の言葉に、はにっこりと笑った。
「そうか?オレは、いつだって、正しいぜ?」
「何処がだ?」
とは反対に、眉根を寄せて不機嫌そうに月が聞き返した。
「え〜?!オレ、こう見えて結構悪いこと出来ない性質よ?」
そう言って、は口を尖らせた。
「どこが、だ。さっきの彼女への対応だって、正しいとは言えないと思うが?」
「え〜!俺は、ライトとの時間を邪魔されて、ご立腹だったんだから、悪くないもん!!」
「・・・・・・、友達少ないだろ?」
「あ、また!って呼んでって言ってんのに!!」
「午後の講義が始まる時間だな」
月は自分の腕時計に目を落とし、立ち上がった。
冷たいライトも嫌いじゃないんだけどな〜、などとほざいているには構わず、自分の荷物に手をやった。
「じゃあな、」
「まったね〜」
月は、笑って手を振るのもとを後にした。
「やばいやばい。ついつい『キラ』って呼んじまいそう」
片肘を付いて顎を支えた状態のまま、ペロッと舌を出して言ったの背に、リュークが寄りかかるようにして羽根を休めた。
「呼んでも大丈夫だろ?」
「バカ、リューク。呼んじまったら、ライトは躊躇わずにオレの名前、ノートに書いちまうだろ」
は伸びをするように背を伸ばした。リュークを見ることの出来ない人間には見えなかっただろうが、羽根を休めていたリュークはの背中から転がり落ちていた。
「あんた、名前書かれたって・・・」
体勢を整えたリュークは、今度は注意深くの隣、机の上に腰を下ろした。リュークが体勢を立て直している間に、は鞄の中に手を突っ込んで何かを漁っていた。注意深くの様子を伺っていたリュークは、が鞄から何かを取り出した瞬間、さっと体を引いたがすぐにの手元に飛びついた。
「ウホッ、林檎!!喰っていいのか?!」
嬉しそうに自分を見つめるリュークに、約束したから、と呟いて林檎を手渡し、は空いた手で煙草を咥えて火をつけた。一息吸い込んで、はにこりと笑う。女の子を虜にする極上の笑みで。
「ライトで遊べなくなったら、マジ退屈で死ぬかも、オレ」
ぼそっと呟いた一言は、リュークの耳にすら届くことなく、煙草の煙と一緒に換気扇に吸い込まれていった。
アトガキ
不思議系主人公、第二段。
笑顔の裏は、まだ見せない・・・
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