※イ護のイの字が偉になっています。ご了承ください。
「逃げてもいい」
「太公望よぉ、マジで行っちまうのか?」
殷が滅亡し、周の時代が始まった。
周の武王が朝歌の禁城に入場してから数日、太公望が仙道とともに人間界を去ることを決定した。朝歌の城門前で仙道を見送る姫発が口を開いた。
「ここにいてくれよ、今までだってうまくやってきたじゃねぇか」
姫発の言葉に太公望は首を振った。
「それはだめだ。これからは邑姜と周公旦がおぬしの力となってくれよう。わしらはわしらでやる事もあるからのう」
はじめから引き止めることは無理だと分かっていた。それでも僅かな望みにかけた言葉だったが、太公望の強い意志のこもったその言葉に、姫発は自分の心にある希望に蓋をした。仙道が仙界に戻るのに、だけが人間界に残るなんて都合のいい望みが現実になることは、もうない。
「そうか・・・・・・でもよ!これが今生の別れってわけでもねぇよな!?」
「うむ!」
差し出した姫発の手を太公望が強く握り返した。
殷を滅ぼし、周を建てるまでは様々な苦労があり年月があった。
その長い年月の分だけ、万感の思いを込めた硬い握手だった。
「うっ!!」
突然呻いた偉護に、蝉玉が気付いた。
「あら、どーしたの偉護?」
「な、何かが・・・恐ろしい何かが、来る!」
「何っ!?」
偉護の言葉に太公望に緊張が走る。
「太公望さまーっ!!!」
ラン、ラーララランランラン、ラン、ラーラララン
某有名アニメ映画のテーマ曲をバックに、巨大な塊 ビーナスが突っ込んできた。
不幸にも下敷きにされた仙道たちが悲鳴を上げている。
「な、何事だ、ビーナス・・・・・・」
太公望もビーナスに圧縮されてしまっていたが、何とか体を起こして訊ねた。
「あなたのために飛んできましたの!!」
可愛い台詞を口に乗せ、ポーズも決めていたビーナスだったが、残念なことに心を動かされるものは誰一人いなかった。
どうやら金鰲島の落下地点から重要なデータが回収されたらしく、太公望や楊ゼンたちはビーナスたちの話を興味深く聞き入っている。
ビーナスの襲来から逃れていた姫発は、太公望たちから離れて金巾力士に腰を下ろしていたに近寄った。
崑崙山2へ向かう金巾力士の上に腰かけ、空を見上げていたは、姫発に気付いて視線を下げた。
の長い髪が風になびく。
姫発との視線が絡む。
姫発が邑姜との距離を確認するかのように、背後をちらっと振り返った。その距離が十分なことを確認して、姫発が口を開いた。
「!俺は、おまえが仙道なことに感謝してる!!が仙道でなきゃ、俺はおまえと会えなかったかも知れねぇんだ。だから 」
姫発の言葉にがやさしい笑みを浮かべた。そして、姫発の言葉を遮るようにが口を開いた。
「ありがとう、姫発・・・・・・邑姜ちゃんと幸せにね」
姫発は何も言えなくなってしまった。
本当なら引き止めたい、ずっと傍にいて欲しい・・・けれど、それは .
姫発が迷っているうちに、ビーナスとの会話を終えた太公望が四不象に跨り、声をあげた。
「皆、準備が出来次第落下地点まで来てくれ!!」
太公望に邑姜が歩み寄る。
「太公望さん」
「邑姜・・・」
「最後の戦いですね」
邑姜が太公望の頬に触れてから、手を差し出した。
「私は、あなたをとても誇りに思う」
邑姜の言葉に太公望が微笑んだ。
「行こう、スープー!!」
「はいっス!」
「スープーちゃん、ちょくちょく遊びに来て下さいね!」
「来るっス来るっス、絶対来るっスよー!!!」
別れの言葉を終え、それぞれが崑崙山2に向けて飛び立っていく。
姫発は何も言えなかった。
機動音を響かせながら、ゆっくりと上昇を始める金巾力士の上から、が最後の言葉を投げかける。
「じゃあね、姫発・・・・・・うぅん、もう武王様って呼ばなきゃダメか」
「またな、また会おう・・・!!」
「バイバイ」
徐々に金巾力士が遠ざかっていくのを姫発は青い空に見送った。
その影が見えなくなるまで、ずっと・・・・・・・・・
姫発たち見送りの人影が蟻より小さくなってから、偉護は、まだ遠い人影を目に焼き付けるようにしているに声をかけた。
「逃げてもいいんだぜ?」
「ん〜?」
「だから、が望むなら、人間界に残っても・・・・・・」
偉護の言葉に、が振り返った。
「もういいんだ」
腕を上に伸ばして伸びをして、が目を細めた。
「もう、会わないよ」
「何で?」
と姫発のことは知っているつもりだった。だから、のその言葉は、少し納得できたけど、少し意外な気もした。
「見守るけど、会わない。それが、私のケジメかな」
「いいんか?」
「うん」
が頷いた。
きっぱりとしたその表情と声。
いろいろな思いが偉護の頭の中を過ぎった。
けれど、それは言葉にするには、あまりにも曖昧としていて、そして残酷な気がして、偉護は空に目を向けた。
空は青くて、そして広くて。何もかもを見守り、抱き締めてくれているように思えた。
できることなら、にとって、そんな存在になりたい。そこにいることが当たり前のような、そんな存在に .
その思いを決意に変えて、今、言える言葉でに伝えたい。
「また、飲み会やろう」
偉護の言葉はある意味唐突だったのだが、は微かに笑って頷いた。
「お酒の量、半分になっちゃったけどね」
偉護はぼそぼそと頭を掻いた。
「いや・・・・・・減らさなくていいんじゃない?その分、俺が全部飲むし」
「何それ〜?偉護、お酒弱いじゃん」
悪戯っぽく笑ったに、偉護は真面目な顔をして頷いた。
「いや、飲む」
「ホントに〜?」
覗き込むように自分を見るに、偉護はちょっと顎を引いて、から視線を一旦逸らした。
「ん・・・楊ゼンとか太公望とか、その辺の誰か呼べば・・・・・・」
「あははは、やっぱりね〜」
笑って、は偉護に背を向けて空を見上げた。
長い髪がさらさらとなびく。
「・・・・・・やさしいね、偉護は」
風にのって、耳に微かに届いたその声を、自分は一生忘れないと偉護は思った。
長い髪に隠れて、の顔は偉護には見えなかったけれど .
が泣いているように思えたのは何故だったのだろう・・・・・・。
アトガキ
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