「ナナちゃ〜ん、たまご追加〜」
  「はい、さん」
  「ん。ありがと」

  差し出した椀を受け取って、笑って見せても、その目は真っ赤なウサギさん状態で。懸命に繕って見せても、泣いていたことは明白で。(そういうところが放っておけないんですけど)
  目の前で危なっかしい手つきで卵を崩しているさんは、自分より随分年上だったはずなのに、今はそんなこと感じさせない程にふくれっ面をさらしている。そんなさんを独り占めしてしまいたい衝動に駆られてしまう。(さんは気付きもしないけど)
  はこのおでんやの常連客だが、こんな深夜に来るときは大抵いつも落ち込んでいるときで。(その原因がいつも決まって、あの男のことなのが腹立たしい)
  そして、そんな夜に集まってくる客は大抵いつものメンバーで、話題はいつも同じ方向へ転がっていく。






  「で、さんは、また失恋したんですか?」
  「うっさいなぁ・・・・・・放っておいてよ、カレンの馬鹿」
  「馬鹿って・・・それはさんの方でしょ?!」

  飲んでいたビールをカウンターに置いて、カレンが呆れたように息を吐く。そうして、大げさに肩をすくめて見せる。

  「同じ相手に何度失恋したと・・・・・・さんの方が私より、間違いなく馬鹿ですから!」
  「失恋じゃないもん!恋だってしてないのに・・・・・・!!」

  ムキになって反論するは、年甲斐もないのに、どこか微笑ましい。(ちなみに、失恋は100回を超えた筈・・・)
  いくらが主張してみせても、その感情は一般的に所謂『恋』と呼ばれるものに分類されると私、紅月カレンは思うのだが(相手はいつも同じアノ男)、彼女は決して認めようとしない。(バレバレなんだけどね)

  「ちがうもん、ちがうもん・・・恋じゃないもん」

  呟きながら、手元のたまごをザクザクと崩す彼女。
  カレンは、ニヤニヤと笑いながら、楽しそうにビールのジョッキを傾けている。崩した黄身を、今度は溶かすようにグルグルと混ぜながら、がブツブツと呟く。

  「別に恋してないもん・・・・・・夢で見て胸が切なくなったり、他の女と一緒にいるの見て泣きたくなったりするだけだもん・・・・・・」
  「いや、それ、恋ですから」
  「スザク君の馬鹿〜、そんなんだから、いつまでも独り身なんだ〜!!」
  「なっ!!?それは関係ないでしょう?!」

  三倍増しで返ってきた発言に、思わず突っ込んでしまった自分の体質をちょっと後悔。(だって仕方ないじゃないか!)
  さんよりも自分が拗ねたい気持ち満々で、僕は焼酎のグラスを口に運ぶ。明らかに、彼女の今の発言は八つ当たりだろう?(それでも放っておけない自分って!!)

  「・・・・・・・・・分かりました。恋かどうかは置いておいて、今回は何があったんです?」

  僕の言葉に、さんはくすんと鼻を鳴らす。(年上でしたよね、さん?)
  さらに、髪を指にくるくると巻きつけるようにして玩びながら、さんは口を開く。(だから、年上・・・っ!?)

  「あのさ、先日バレンタインあったじゃん?」

  僕は素直に頷いた。僕も、バレンタインにさんから、ほんのりとアルコールが香る美味しいケーキを頂戴していた。(ここにいる全員がもらっていたけど・・・)
  ただし、作った本人は、好意を寄せる相手がかなりの量の本命チョコをゲットしていることに、意気消沈していたのだが。(そして、今日と同じようにここで僕らと飲んでいた・・・)

  「チョコあげてて、藤堂さんといい感じになっ、てた・・・・・・千葉って人のこと話したの、覚えてる?」
  「え〜っと、確か・・・藤堂刑事と同じ部署にいる婦警さんだったわよね?」
  「そう・・・・・・その女の人、料理、すっごく上手いんだって・・・」
  「なんだ、そんなことっ!?さんだって、カレンに比べたら充分な腕前じゃないですかっ!!」

  スザクの言葉に、私の頬が引き攣った。確かに、私は家事全般を苦手としているから、スザクの言葉に反論はできないけど、すっごく不愉快。(覚えてなさいっ!!)

  「そうよ!さんのケーキだって、すっごく美味しかったし・・・・・・私の料理とは違って」
  「そういうレベルじゃないのっ!!その人、ヒグマの三枚おろしが出来るって!!」
  「「・・・・・・・・・」」
  「あたし、どんなに頑張っても、イノシシが限界だったのに・・・!!」
  「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

  『ヒグマって・・・その女、何者?』とか、『三枚おろしって・・・競うポイントはそこ?』とか、『イノシシまでって・・・試してみたんかいっ?!』とか、そんな一同の心の声は、やはりに届く筈なく。相変わらずは鼻をくすん、とならしている。何より、そんな変わった女にばかり好意を寄せられている藤堂に、一同はちょっとばかり同情の念を覚えた。(合掌)






  「・・・・・・・・・ナナちゃん、たまご追加!!」
  「あ、はい!」

  おかわりを要求したの椀に、ナナリーが追加のたまごをよそってやる。

  「さん、今日は『たまご』ばかりですね?いつもの大根も、味染みてますよ?」

  よそいながら首を傾げるナナリーに、は小さく首を振った。

  「いいの。あたしなんか、たまご食べ過ぎでコレステロール過多で死んじゃえばいいから!!」
  「その方法では無理だ。諦めろ」

  振り返った先に不機嫌そうな顔をした人物が、両手に食材の入った荷物をどっさり抱えて立っていた。

  「あ、ルルーシュ、お帰り〜」
  「買出しお疲れ様です」
  「お前たち・・・・・・店に来るのはいいが、ツケはしっかり清算してくれ」
  「「「は〜い」」」

  生ぬるい返事をする一同を冷めた視線で一瞥して、ルルーシュは一つ溜息を吐いてカウンターの中へ荷物を運び込む。が来ているのなら、もっと早く買出しから戻ってきたかったのだが、残念なことに彼女の来店を俺に逐一教えてくれるような気の回る連中ではない。(期待などしていなかったが)

  「ね〜、ルルーシュ、何で駄目なの〜?!」

  荷物を片付ける俺に、上目遣いでが問いかけてくる。(この人は・・・もう少し自覚ということを知るべきだ・・・と思う)
  新しいたまごに、ぶすっと箸を突き刺したまま問いかけてくるは、本当にその理由が分かっていないのだろうか?(その年齢で、その表情は・・・反則だ・・・)
  そんな馬鹿ではない筈だが、俺は口を開いた。

  「・・・コレステロール過多で死ぬ為には、この店のたまご全て食べつくしても無理だ。たとえ、たまごがあったとして、死ぬ為に、どれだけたまごを食べ続けるつもりだ?」
  「ぶ〜、ルルーシュの意地悪」
  「そんな顔しても、無理なものは無理なんです。いい年なんですから、それくらい理解してください、さん」
  「い〜や〜だ〜!!理解なんてしたくない〜!死ぬなら美味しいもの食べて死にたいもの〜!!!」

  思いっきり頬を膨らませたに、俺は冷たく言い放った。
  変わらず文句を言うに俺は、唇の端を僅かにあげる。(相変わらずこの人は面白い)

  「お兄様、大根も残り少なかったんでしたわ・・・買いに行っていただけます?」
  「ナナリ、いや、店長・・・今の時期、大根の仕入先は、確か、鹿児島の・・・・・・」
  「ええ。だから、鹿児島まで行ってくださいますわよね?」

  ナナリーの後ろに、どす黒い何かが渦巻いているように見えるのは、多分俺の気のせいではないだろう。その証拠に、以外の人間が、そろって明後日の方向を向いて目線を逸らせている。(助けろ、お前たち!!)
  相変わらず頬を膨らませている(推定三十路)に、年齢に関する突込みを入れる愚か者は、残念ながら『おでん屋ナナちゃん』には自分以外に存在していなかったらしい。(後が怖すぎるからな・・・)
  見た目が若いを三十路と判断することは難しいし、彼女の歳を知っている常連客は、まさか店主であるナナリーの前でそんな爆弾発言は落とさない。






  ♪〜♪♪〜
  「ん?!」

  目が笑ってないナナリーと、明らかに劣勢なルルーシュとの、冷や汗のでるような空気の最中に、全てをぶち壊すような着メロが流れた。日曜5時半日本全国お馴染みのあのテーマだ。誰からの電話なのか、この場にいる全員が分かってしまった。
  緩慢な動作で彼女が携帯を取り出す。

  「もしも〜し玉城〜、うん、今?ななちゃんとこ。うん、来れば?」

  それだけ言って、は携帯を切った。(冷た・・・)
  ちなみに、は一人一人に違う着メロを設定するというマメなことをやっている。

  「玉城?」
  「そ。何か、来るって〜」

  面倒くさそうに、は携帯をカウンターに置いて、再びたまごと格闘している。(玉城<たまご、らしい…)

  「別にさ〜、いちいち確認しなくてもいいと思わない?」
  「「「「?」」」」

  の呟いた言葉がよく分からず、一同は首を傾げた。そんな面々をちらりと見やって、は再びたまごに視線を落とした。

  「最近ちょくちょく、玉城から電話くるんだけどさ〜、あいつ、よっぽど暇なんだね」

  「それって・・・・・・!!?」
  「馬鹿玉城っ!!」
  「許せませんわね」
  「何か対策が必要だな」

  哀れ玉城の思いは、まったくには届いていなかったようだが、他の面々にはよく理解できたわけで。(同じ穴の狢状態ですから)
  よくよく考えれば、自分たちも玉城と同じ立場なのだが、この際それはあえて思考の外に追い出して、皆心の中で呟いたのだった。(玉城、抜け駆けは許さないぞ、と)






  ♪〜
  「あっ!!!」

  独特のリズムの着メロが鳴り、玉城のときとは雲泥の差で、彼女が携帯を取り上げた。
  ディスプレイを確認することもなく、いそいそと通話ボタンを押す。

  「もしもし?うん、あ、そうなんだ・・・・・・え、もちろん、大丈夫っ!うん、5分で行くからっ!じゃ〜ね〜」

  話しているうちに、さんの顔がどんどん笑顔になっていき、通話を終えたときには満面の笑みになっていた。(・・・眩しいっ)
  器の中で、によって分解・解体された、たまごの残骸を飲み干して、ジャケットを取って立ち上がる。

  「ごめん、ななちゃん!今日の分は、ツケといてっ!?」
  「構いませんけど・・・どうされたんですの?」

  ナナリーの言葉に、彼女は、えへへ〜と心から楽しそうに笑う。(その笑顔、眩しすぎますっ・・・!!)
  すでに、体半分、店の外に滑り出している。

  「藤堂さんが『今飲んでるんだが、来るか?』って!商店街の居酒屋にいるらしいから、ちょっと行ってきますっ!!」

  勢いよく閉められた引き戸の向こうで、彼女の歓声が聞こえ、軽い足音が急速に遠ざかっていく。(転ばなきゃいいけど)

  「・・・・・・・・・今日の分も、だろう・・・」

  呆っとその扉を見つめていた私の耳に、ルルーシュの言葉が届いた。

  「さんのことだから、どうせ明日も、ここで、飲んでるわよ、きっと。誰か賭ける?」

  ビールジョッキを片手に、挑発的に肩をすくめてみせる。

  「僕も賭けるよ、明日もさんが来る方に、ね」
  「皆同じほうに賭けたら、賭けが成立しないぞ」
  「あら?だったら、ルルーシュ、来ない方に賭ければ?」
  「負けると分かっている勝負は、しない主義でね」

  私の言葉をルルーシュが鼻で笑う。相変わらずの素直じゃない言い回し。(ま、ルルーシュらしいけどね)
  カウンターの中で、ナナリーも微笑を浮かべている。

  「それにしても、あの着メロ・・・・・・」
  「『人切り狼』のテーマだったよな・・・・・・?」
  「超ウケタんだけどっ?!『愛しの藤堂さん』の着メロを何故っ?!!」

  藤堂の着メロに設定されていたのが、有名時代劇のテーマ曲だったのだ。(・・・驚いた)
  普通、好きな人の着メロなら、もっと・・・・・・何か他にあったのではないかと思うのだけれど。(理解不能だわ)

  「のセンスはよく分からないな」
  「ルルーシュは『ご隠居の人生ぶらり旅』のテーマ、ナナリーが『貫徹!仕事人』だしね、さんの携帯」
  「スザクは『夕日に吼えろ』じゃない・・・超笑えるっ!!」
  「そういうカレンだって、『喧嘩将軍』じゃないかっ?!!」
  「当てはまり過ぎていると思うがな」

  ルルーシュの言葉を、私はジョッキを傾けることで、キレイに無視してやった。(あ〜、ビールが美味しい)
  そこでふと、カウンターの中のナナリーの笑顔が、どこか黒い色を含んでいるような気がして、私は恐る恐る手元を覗き込んだ。ナナリーの手元に、大量の赤い物体・・・・・・(それって、もしかして・・・・・・?)
  さらに、用意された器には、大量の洋辛しが持ってある。(それって、やっぱり・・・・・・?!)

  「後は、玉城さんの到着を待つだけですわ」

  ナナリーはにっこりと、花もほころぶような笑顔を浮かべた。











     ムーンストラック











 アトガキ
  CD聴いて、発作的に書き出しましたが・・・・・・何を書きたかったのか、自分でも分からなくなってしまった!!
  好きとか愛とか・・・そういうの抜きにして、一緒にいるのが幸せなんです

Photo by  Microbiz

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