あひみての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり 藤原敦忠
もやもや。
「・・・・・・言いたいことあんなら、言えよ?」
「・・・何を?」
コーラーを一口飲んで、瑞垣俊二は前に座るの表情を伺った。けれど、の方は顔色一つ変えず、ちらりと俊二を見ただけだった。
「・・・何を・・・って、何かあんだろ?」
「・・・・・・テスト前に、急にノート借りに来ないで」
「・・・・・・・・・すまん。・・・って、そういうことじゃなくて!」
ノリツッコミをしてしまった俊二を、は冷めた目で見つめるだけだ。
「俊二は、私に何、訊いてほしいんよ?」
「・・・何って・・・・・・何もねぇのかよ・・・?」
「・・・・・・別段、特には」
そう言って幼馴染の彼女は、手元のジンジャーエールをストローで啜る。
相変わらず淡白なやつだ、と俊二は腫れた頬を膨らませた。ひりり、と鋭い痛みが走って、俊二は思わず眉を顰めた。
痛かった。
昨日、秀吾に思いっきり殴られた頬は今、見事に腫れあがっている。
この酷い顔を見ても、は何も思わないらしい 淡白すぎるだろう・・・?
それでも、こうやって俊二から呼び出せば、はやってくる まるで、デートのようじゃないか・・・?
と思っているのは、俊二だけのようで、こうして二人でお茶をしても、その関係は昔と変わらない。
これで、ここに秀吾がいれば、幼馴染トリオの完成だ・・・・・・と考えていたら、また腫れた頬が鋭く痛んだ。今の痛みは、きっと秀吾のことを考えたからに違いない。
ちっ、と思わず俊二は舌打ちをした。
「・・・・・・そんなに痛むんなら、コーラーなんて刺激物、やめとけばええんよ」
が呟く。頬杖をついて、面倒そうに俊二を見つめている。
「・・・・・・・・・俺の勝手やろ・・・」
「・・・そうやって、意地張る。だから、秀吾に殴られることになるんよ」
の言葉に、俊二は飲みかけていたコーラーを噴出しそうになった・・・何とか堪えたが。
「・・・・・・な、何で、知ってん・・・?」
まさか、秀吾がに言った?いや、ありえへん!!あの野球バカが、に相談なんて、するわけない!!
じゃぁ、何でや?!何で、が知っとるんやっ!?
ま、まさかっ?!!実は、俺の知らんとこで、と秀吾が付き合っとるとか??!
いや、断じてないはずや!!あの野球バカとに限って、それは無いと信じたいっ!!!
「・・・何、焦ってんの?・・・見てて、間抜やよ、俊二」
「い、い、い、い、いや、焦ってなんか、お、お、ぉおらんよっ!!?」
俊二は何とか平静を取り戻そうと、煙草を取り出した。1本咥えて、ライターを探そうと、ポケットをあさる。
「・・・・・・煙草も、刺激物でしょうが・・・」
呆れたようなの声とともに、咥えた煙草をすっと抜かれた。
突然視界に現れたの綺麗な指から、俊二は目を外せない。
煙草をケースに戻して、は、俊二が引き寄せていた灰皿も、手が届かない場所へと動かした。それから、手元の煙草をくしゃりと握った。
「・・・・・・とりあえず、傷が治るまで・・・秀吾と仲直りするまでは、煙草はやめとき」
綺麗な指に、完全に潰された煙草が、テーブルの端に転がされる。
「・・・酷いわぁ・・・・・・一応、俺、お金出して買ってんのよ、その煙草」
何とかそれだけ言った俊二に、は軽く溜息を吐く。
「・・・わざわざ、不健康になるために、お金出す俊二の気が知れんわ」
「それを言われると、何も言い返せんわ・・・」
とりあえず笑った俊二に、は再度溜息を吐いた。
「・・・・・・そんなに悩むんなら、俊二も秀吾のこと、一発叩き返せば良かったんよ」
の言葉に、今度こそ、俊二は飲みかけていたコーラーを噴出した。
「・・・・・・な、な、な、な、何で・・・・・・・・・?」
これは、まさか、本当に、秀吾とは付き合っとるんかっ!!?
あの野球バカとがっ!!?
嘘じゃ!!そんなこと、信じられるかいっ?!!
断じて、断じて、俺は認めへんぞ!!と秀吾が付き合っとるなんて、断じて認めへん!!!!!
もし、それが現実なら・・・今すぐ秀吾を殴りにいかんならんっ!!!!!!!!
「・・・おもしろ・・・・・・見てて、飽きないわ、俊二」
「いや、あの、、俺、いろいろ訊きたいことが・・・あぁあぁぁぁ、でも訊きたくない・・・」
頭を抱えた俊二を興味深そうに、が眺めている。机に沈没した俊二を一通り堪能してから、おもむろにが口を開いた。
「・・・・・・別に訊かなくても分かるから、特に言いたいことはないんだけど?」
「ぁぁっぁぁぁぁ、もう、何も訊きたくない・・・・・・・・・・・・・・・ん?えっと、、俺に分かる言葉で、喋ってくれ・・・頼むから・・・・・・」
俊二は机に突っ伏したまま、目だけでに懇願の視線を送った。
ん〜〜〜と頭を捻りながら、はぐるりと視線を一周させた。それから、俊二と目線を合わせるように、机に顎を乗せた。
「・・・俊二のことだから、秀吾に軽くイラっときちゃって、秀吾がムカっとするようなこと言っちゃった。
で、殴られてはみたものの、逆にそういうふうに仕掛けちゃった俊二自身に自己嫌悪。
で、何だかもやもやして、私を呼び出してみた・・・・・・そんな感じ?」
そう言って、「アタリでしょ?」とは小首を傾げた。
門脇秀吾に対する嫉妬心を"軽くイラっと"と表現したの言い方に、俊二は思わず苦笑をもらした。
秀吾には適わない。どれだけ練習しても、俺は秀吾には適わない。
何よりも、俺は秀吾ほど、野球だけには向き合えない。
秀吾の隣で友人面をしながら、天才・門脇秀吾の傍にいながら、
俺は、誰よりも、秀吾の才能を妬んでいる .
そんな自分の小ささを、何より自分が一番憎んでいる。
それをは、なるほど、とても分かりやすい言葉で表現して見せたわけだ。
苦笑してしまった俊二を見つめて、もゆっくりと微笑んだ。
「・・・あのね、私だって、小学生の頃は、俊二や秀吾と一緒に白球を追いかけたんだからね。
多少、分かってるつもりでは、いてもいいと思うんよ?
こう見えて私、俊二と秀吾の幼馴染を自負してんだから、さ」
「・・・あぁ、よく分かってるよ」
本当に、この幼馴染様は、よく分かっていらっしゃる。俺は、本当に、頭が上がんねぇよ・・・
俊二の言葉に、は満足そうに笑った。そして、指を伸ばして、俊二の腫れた頬を突いた。
「っ痛ぇ!!!」
本日一番の痛みを感じて、俊二は声を出して飛び上がった。
「・・・いってぇ・・・・・・何すんだ、アホ!!」
「・・・アホとは酷いわ・・・・・・ここ、奢ってよね」
手元に残っていたジンジャーエールを飲み干して、は当然のことのように俊二に伝票を押し付けた。
「・・・いつまでも、しけた面した俊二と居てもツマンナイじゃん?
息抜きに、遊びに行かない?カラオケでも、ボーリングでも・・・のんびり本屋でもいいけど?」
「・・・・・・相変わらず、そういうとこ強引だよなぁ、は」
さっさと席を立ったを追って、俊二も伝票を掴んで立ち上がった。
軽く小走りにの隣に追いついてから、俊二はの耳元でぼそりと呟いた。
「・・・さっきの答え、一箇所だけ、間違ってた」
それだけ言って、の隣をすり抜けて、支払いをするためにレジへと向う。
「・・・・・・・・・本当?何、違ってた?」
心底驚いたように問い返すに、俊二は悪戯っぽく笑った。
「次、ボーリングで俺に勝てたら、教えてやるよ。もちろん、負けたほうの奢りな」
忍ぶれど 色にいでにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで 平兼盛
アトガキ
違っていたのは、もちろん、最後の部分ですw
理由なんか必要ない。ただ、君と一緒にいたい・・・・・・