目障りなほど近く
「な〜な〜、おれ暇なんじゃけど?」
「な〜〜?」
「おれの相手して〜?」
「ちゃん〜聞こえてる〜??」
「、くん、ちゃん〜おれ、暇なんじゃ〜!」
「うるせぇ」
オレは読んでいた本から顔を上げずに言った。最近ハマッたミステリー小説は、クライマックスに突入しようとしていて、その本から顔を上げるなんて、今のオレには無理だ。
「え〜冷たい〜酷い〜」
「クラス中に言いふらすぞ〜?が意地悪だって」
「〜?」
「な〜のあることないこと言いふらすぞ〜?」
「うるせぇ、サダ。今いいとこなんだから、邪魔すんな」
本に夢中のオレには、吉貞に構ってる余裕はない。
昼休みの教室。あちらこちらにグループができ、それぞれがフザケあったり、笑いあったりしている。そんなに暇なら、わざわざ読書中のオレなんかに構ってないで、他のところへ行けばいいものを、何故か吉貞はオレの前の席に陣取って、しつこく話しかけて俺の読書の邪魔をしている。オレの冷たい態度に懲りもせずに、メゲもせずに話し続けている。
「・・・・・・・・・〜じゃぁ、いろいろ言いふらしちゃうもんね」
「ああ」
適当に相槌を打ってやる。今、それどころじゃない。犯人は、多分・・・・・・
「じゃぁ、実はが蜘蛛が苦手ってこと、言いふらしちゃうもんね」
「ああ」
これでアリバイが崩れれば・・・・・・
「じゃぁ、じゃぁ、小学生のとき田んぼに嵌って泣いたことも、言いふらしちゃうもんね」
「ああ」
そんな昔のことなんて、どうだっていい。それより、動機があるのは・・・・・・
「じゃぁ、じゃぁ、じゃぁ、実はが矢島繭のこと好きだってことも、言いふらしちゃうもんね」
「・・・・・・何の話だ、サダ」
吉貞の言葉にオレは、やっと文庫本から顔を上げた。おそらく、オレは真剣な顔をしていることだろう。今までのくだらない与太話と同じように、流すわけにはいかなかった。顔を上げたオレに吉貞は嬉しそうに笑った。
「そうそう、人の話はちゃんと相手の顔見て聞くものですよ〜くん」
「それより、今、何つった?」
「あ〜あ〜やだねぇ。この歳でもう耳が遠くなったんですか〜?」
「おい、ふざけんな、サダ」
「イヤ〜ン、こんなことで怒るなんて、くん怖い〜」
「ヨシサダ」
オレの質問をのらりくらりとかわす吉貞に、徐々にオレも苛立ってきた。そんなオレの様子に気付いた吉貞は、腰掛けている椅子を前後に揺らしながら、口を尖らせた。
「そんな怒ることないじゃん。心の狭い男は嫌われますよ〜」
オレは頭痛がするような気がして、こめかみの辺りを軽く押さえながら、しかめっ面のまま訊ねた。
「・・・で、何で、お前の口から矢島の名前が出てくる?」
「そりゃ、有名人じゃん矢島繭。風紀委員会に革命を起こす!って」
「ふざけるなよ・・・・・・そうじゃなくて、オレが彼女のことを好きだってのは、何を根拠にした話だ?」
矢島繭 二組の風紀委員。そして、恒例の持ち物検査を自己申告制にするという快挙を成し遂げた女の子。太い眉の下の大きな目が印象的な・・・・・・
吉貞は口を尖らせる。
「そんなの、お前見てたら誰でも分かるんじゃないの〜?」
「バレるような態度を取った覚えもないし、誰かに話した覚えもないが?」
「え〜?でも、俺にはわかっちゃったもんね〜」
「・・・・・・・・・誰にも言うなよ」
「どうしよっかな〜わかんないなぁ、さらっと言っちゃうかも??」
「・・・・・・・・・」
オレは開いたままの本に目を落とした。
先へ読み進もうとして、結局オレは本を閉じた。集中できない。
やっぱり、吉貞に口止めの確認をしておいたほうがいいだろう。そう結論付けたオレは、吉貞に声をかけようとした。
「・・・・・・おい、・・・」 「吉貞〜?」
吉貞の名前を呼ぶ声がして、オレは口をつぐんだ。後ろのドアから男子生徒が二人、入ってくる。確か、あれは吉貞と同じ野球部の・・・・・・
「は〜い、ヒガシにサワじゃん?どしたの?」
「いや、何か偶然通りかかったから」 「うん」
「ふふふ。ついに、おれのカリスマ性が君たちにも分かるようになったんだな!」
「アホ!そうじゃなか・・・今日の練習メニュー、見たか?」
そこから野球部同士の会話が始まってしまい、オレは居心地悪げに視線を机に落とした。
言葉を発するタイミングも見失ってしまった。再び本を開こうかとも思ったが、周りが五月蝿くて(・・・五月蝿いのはサダだけなんだけど・・・)、集中できそうにない。席を立つこともチラリと考えたけれど、他に行き場もないし、途中で立つのは気まずいような気がした。結局、オレは動くことが出来ず、何となく窓の外に目をやった。
「・・・・・・さて。ヒガシもサワも、そろそろ退散してくんない?」
「は?」 「何、いきなり?」 「サダ、何言って?」
いきなりな吉貞の発言に、オレを含めて野球部の二人も、驚いた顔をした。
そんなオレたちを鼻で笑って、吉貞が大袈裟に肩をすくめた。
「はぁ〜。ヒガシもサワも気がきかんねぇ?だから、モテんのや」
「はぁ?」 「意味わからんわ・・・」
野球部二人の反応は当然だ。
( 吉貞は何を言ってるんだ?)
同様に疑問を浮かべていたオレの肩を、いきなり吉貞が掴んだ。そのまま、体重をかけてくる 重い。
「ほら!お前らの登場で、おれの親友が妬いちゃってんだよね〜?人気者は大変なわけよ?」
「 !!?誰が、妬いてる、って!!!?」
「は意地っ張りだかんなぁ・・・流行のツンデレってやつ?!」
「意味分からんわ!!どけ、サダ!!重いんじゃっ!!!!」
「ホンマには素直やないなぁ〜」
「アホ!!気色悪いんじゃ〜!!!!!!」
押しのけても押しのけても、へばりついてこようとする吉貞を、力づくで引っぺがしてみれば、すでに野球部の二人は入ってきたドアまで退避している。
「・・・・・・アホがうつるから、俺たち戻るわ」
「・・・じゃぁな、サダ。また部活でな」
「バイバ〜イ」
「・・・・・・・・・・・・・・・おい」
野球部員の背中を見送りながら、サダが手を振る。
「・・・おい。サダのせいで、変な噂でも広がって、矢島繭にフラレたら、どうしてくれるんじゃ?」
「ん〜?そん時は、おれが責任持って、を慰めてやる!」
「・・・・・・・・・あほ」
「何か言った?」
「・・・・・・いや。気のせいだ」
「あ、そ。・・・・・・でも、矢島って色黒いよなぁ、地黒なんかな?な、は色黒い方が好みなんか?」
「・・・・・・オレ、サダがすごいんかどうなんか、分からんくなったわ・・・」
「酷いな〜。おれってすごいんですよ〜なんてったって、次期キャプテン候補ですから」
「・・・自分で言ってたら、世話ないよ・・・」
「るるるんるん、おれってすごいのよ〜」
「・・・調子に乗るな!」
相変わらず、吉貞は煩く喋り続けている。オレの手の中には、山場を向えた小説が一冊。
けれど、今日は続きを読まずに、このまま、吉貞の話を聞いてやってもいいかな、と思った。
煩わしいと感じられるほどの距離が、オレと吉貞のちょうどイイ距離なのかも知れない、と思った。
アトガキ
吉貞、好きなんです。
君は空気よりも濃い存在なんだ・・・・・・