2月14日、セント・バレンタイン・デー。
世間一般では女の子が大好きな彼に、憧れの人に、お世話になってる人に、催促された人に、チョコレートを渡す一大イベント。
今年のバレンタインは月曜日。
今年も、新田東中学校にバレンタインはやって来ない。
瞬きするその瞬間に
冬晴れの朝。風が冷たくて、マフラーに顔を埋めるようにして学校へ。
「うわっ、今年も風紀委員、立っとるわ」
「毎年毎年、ようやるわぁ」
校門の前には人の列が出来ていた。
校舎の前に、折り畳み机が幾つか置かれ、そこへ生徒が順番待ちの長い列を作っている。
週に一度行われる服装検査なら、こんな列は出来ない。いつもの服装検査なら風紀委員が並んでいる間を通り抜けていくだけだが、今日は違う。
今日は2月14日。
今日行われている検査は『持ち物検査』だ。
探しているのはチョコレートなどの御菓子類。
校舎に入る前に、一人一人の鞄を空けてチェックされるのだ。新田東中学の生徒として、『ふさわしくないもの』を所持していないかどうかを。
よくやるもんやわ、まったく。
私は近くの列に並んだ。まだ寒い朝の時間帯、早く校舎に入ってしまいたい。
去年一度経験しているので、注意されるようなものは、何も持ってきていない。
新田東中では、恒例の行事になっているのだ。
だから、バレンタインにチョコを渡したい恋人同士は、学校が終わった放課後とかに待ち合わせをしたり、日をずらしたりして、チョコを手渡しているらしい。バレンタインの意味ないじゃん、と思ってもみるのだが、結局バレンタイン自体お菓子業界の戦略なのだから、もともと意味なんてないのか?とも思う。
「クラスと名前は?」
私の並んでいる列の前の方から、女の子の啜り泣きとともに聞こえてきた、風紀委員の厭味な声。
可哀相に。きっと一年生で、持ち物検査があることなんて知らなかったんだろう。
憧れの先輩にでも渡すつもりだったのか・・・・・・例えば、野球部のエース・原田巧くんとか。
一年のときよりも、ぐ〜んと身長が伸びて、かっこよくなった原田くんは、同級生はもちろん、後輩や、さらには先輩にもファンがいる。
私は・・・と言うと、二年生になって、原田君と同じクラスになれたものの、相変わらず、フェンスの向こうから練習風景を眺めているだけで。バレンタインにチョコを渡すだけの勇気もないし、風紀委員に没収されることを知りながらチョコを持って来られるほど気楽でもなく。
今年もただ、過ぎていくだけのバレンタインなんだろうな・・・・・・
「今年もやってるのか。風紀委員も暇なんだな」
「あ・・・原田くん、おはよ」
「ぅっはよ」
いつの間にか後ろに並んでいたらしい、原田くんに声をかけられて、ぼんやりと彼のことを考えていた私は、かなり慌ててしまった。こんな風に、簡単な挨拶くらいはするようになったけど、大して親しいわけじゃないし。
「この持ち物検査のせいで、俺が受け取るはずだったチョコの幾つかは没収されてるんだろうな」
「もとから吉貞の分のチョコなんてないやろ・・・誰も義理チョコのために危険冒したりせん」
「うわぁ!僻み!!?もてない男の僻みはみっともないよ、東谷くん」
「うるせぇ、サダに言われたかない!」
一緒に来たのか、偶然一緒になったのか・・・・・・同じ野球部の東谷啓太くんと吉貞伸弘くんが、列の後ろの方で何か騒いでいるのが聞こえてきた。ちょっと、背伸びをして目をやると、まだ眠たそうに欠伸をしている、沢口文人くんの姿も見えた。
相変わらず仲がいいなぁと思いながら、なんだか微笑ましくて、思わず笑ってしまう。
「あ。」
突然、すぐ後ろで声がした。
ちょっと焦ったような、困ったような、諦めたような、あんまり原田くんから聞いたことのないような声だったから、思わず振り向いた。そこには、いつもの表情より、少しだけ、人間味のある顔をした原田くんがいた。
「どうしたの?」
「、お前、甘いもの、好きか?」
「え、嫌いじゃないけど・・・・・・?」
唐突な質問。
質問の意味も分からないまま、そう答える。
「口、開けて」
「はいぃ??」
「いいから、さっさと口、開けて」
もう一度言って、原田くんが、ぐっと近づいてきた。
原田くんの迫力に押されて、私は口を開いた。
さらに近づく原田くんの顔。
原田くんが近づいた分だけ、後ずさりしそうになって、私は固まった 昨日見たドラマのキスシーンみたいだったから。
ドラマの中でも、こうやって二人の顔が近づいてキスして・・・って、キス!!?何で、どうして、そんなことにっ!!?ありえないでしょ!!?確かに、ドラマと違って、私、口開けてるけど・・・
近づいてくる原田くんの顔に思わず瞬きをした瞬間、甘い香りがした。続いて、口の中に広がる甘い味 .
「・・・・・・チョコレート?」
「バカッ、風紀委員に聞こえるだろっ!!」
「あ・・・ゴメン」
慌てて周りを伺うが、風紀委員は気付いていないようだ。原田くんと二人で、安堵の息を吐く。
「・・・・・・どうしたの、コレ」
口をもごもごさせながら小声で訊ねると、原田くんはいつもの調子に戻って答えた。
「今朝、青波から 弟から貰ったのが、そのままポケットに入ってた」
「・・・・・・って、何で私が?」
「風紀委員に没収されるのも悔しいから」
「・・・よく分からんけど・・・・・・ごちそうさまでした」
「いや・・・こっちこそ、証拠隠滅してもらって、さんきゅー」
ごっくん、と口の中のものを完全に飲み込んで、ぺこりと頭を下げると、原田くんも軽く頷いた。
しばらく、口の中に残った甘さを味わっているうちに、ちょっと納得いかなくなってきて、私は原田くんに話しかけた。
「・・・ねぇ、バレンタインって、女の子が男の子にチョコ、あげる日じゃない?」
「・・・・・・・・・男も女も関係ないだろ」
原田くんは、しれっとした顔で言い切る。
「?!それって、どういう 」 「原田!!昨日貸した地理のノート、返せ!!今日の1限、いるんじゃ!!」
背後から響いた吉貞くんの声に、私の言葉はかき消されてしまった。
「・・・・・・分かった。今、返す」
そう言うと、原田くんは列を抜け出して、吉貞くんたち野球部が集まっている方へ向かっていった。
「あ、あの、原田くん!」
私は原田くんを呼び止めてしまった。
このまま彼が行ってしまったら、ずっと何も変わらない気がしたから。
「・・・・・・甘いものは嫌いじゃない?」
「別に」
彼の言葉に、私は焦る心臓を抑えるのに必死だった。
「じゃぁ、じゃぁ、3月14日にっ!!」
「?」
「だって・・・・・・『男も女も関係ない』でしょ?!」
多分、私は耳まで真っ赤になってた、と思う。 もちろん、慣れないことをしたからってのもあるけど・・・・・・・・・だって、原田君がとても素敵に笑ったから。瞬きする一瞬ぐらいの、ほんの短い瞬間だったけど。
そんな笑顔、ズルイよ。
そんな顔されたら、3月14日に絶対お返し準備しちゃうじゃん!!?
アトガキ
中学は厳しかった・・・バレンタイン、大変だったなぁ・・・・・・
偶にはチョコレート業界の策略にものせられてみようか・・・・・・