窓から射し込む光が暖かい。
  窓の外は木枯らしが吹き荒れているけれど、部屋の中は程好く暖かい。差し込む光も、只々暖かく、外の寒さを感じさせない。
  膝の上にある彼の頭。そこから聞こえる微かな寝息。
  窓辺にあるソファーに腰掛けて、私は読みかけの本を閉じた。
  そのまま、彼の肩におでこを寄せる。
  感じるぬくもりが幸せすぎて、私はそっと瞳を閉じた。
  遠くでサイレンの音が微かに聞こえる。
  サイレンの音が聞こえると不安になる。
  だって、あなたはみんなのヒーローだから。











   心の過剰負担











  久しぶりのお休み。
  すっかり熟睡している彼を起こさないように、そっとベットを抜け出して、ポットのスイッチを押す。
  沸騰する蒸気の音を聞きながら、インスタントの珈琲をカップに入れる。
  濃い目に入れた珈琲に牛乳を少し。
  まだぼんやりとする意識をそのまま、彼の方に視線をむける。
  もう少し、このまま寝かせておいてあげたい     .
  そう思った私嘲笑うように、枕元に置かれた彼の携帯が呼び出し音を鳴らした。
  嫌な予感を感じながらも、私は震える携帯を見ていることしか出来なくて。
  三度目のコールで、彼の手だけが布団から伸び、携帯を掴むと、そのまま布団の中へと腕が戻っていった。そして、まだ眠たそうな彼の声が、徐々に緊張感を帯びたものになっていき、私は嫌な予感が当たったことを知る。
  溜息を一つ吐いて、彼のために、マグに少しだけ珈琲を入れ多めの牛乳を注ぐ。猫舌の彼でもすぐに飲んでしまえるように。
  「悪い、。呼び出しなんだ」
  「・・・うん。士郎くん、分かってるから」
  電話を終え、着替えながら言っているのだろう、彼の言葉を背中で聞く。
  顔は上げられない。たぶん、まだ、彼を笑って送り出せるほど、心が納得できていないから。
  マグカップのぬくもりを確かめるように両手で包み込んで、もう一度、大きく息を吐く。
       大丈夫、もう笑って送り出せる。
  「はい。士郎くんの分の珈琲、ぬるめに入れておいたから」
  振り返って、本当にすまなそうな表情の彼に笑ってマグを差し出す。
  「本当に、悪ぃ」
  受け取って、一息で飲み干した彼は、すでに私の"士郎くん"ではなくて。
  飲み終えたマグをテーブルにおいて、彼は上着を羽織る。そのまま、私の前を通り過ぎ、玄関へと向かう。
  その表情は、もう千国市消防局ハイパーレスキュー隊のエース、"甘粕士郎"の顔で。
  彼は玄関の扉を開け、朝の眩しい日差しの中へと走り出していく。その姿は、光の中へ翔けていくようで。
  バタンと大きな音を立てて扉が閉まり、私は暗くなった廊下に取り残される。
  何故か悲しくなるのはこんなとき。現場へ行ってしまう彼の背中を見送る、こんなとき。
  士郎くんのことが心配で、もう戻ってこないんじゃないかって思って、それで悲しくなるわけじゃない、少し違う。
  それもないとは言い切れない、ケド・・・・・・違う。
  彼を、士郎くんを必要としているのは、とても多くの命の危機に瀕した人たちで。上手く表現できないけど、私よりも士郎くんを必要としている人たちのような気がしてしまう・・・・・・そして、いつか士郎くんも、私よりも、その多くの人たちを選んでしまうような気がする。彼は光の中へ、私はいつまで経ってもここに、この暗い場所に置いていかれてしまうような錯覚を覚えてしまう。
  士郎くんにこの不安を話したことはない。些細なことだと思うから。
  言えば、彼は笑いはしないだろう、きっと。
  言えば、真剣に私の不安を取り除こうとしてくれるだろう。
  だから、言わない。言えない。
  彼の負担にはなりたくないから。これ以上、負担になりたくないから。
       せっかくの休日に、これ以上ブルーになってどうするのよ。
  三度めの溜息を吐きそうになったのを意識的に堪えて、軽く頭を振った。
  まだ暗い廊下に立ったままだった自分自身にそう言い聞かせて、私は踵を返した。再び温度調節のされた暖かい室内に戻ってくると、何だかほっとした。やっぱり、寒さは人をマイナス思考にするらしい。
  それでも、さっきまで士郎くんがいた場所に、今はもう彼はいなくって、部屋が余計に広く見えてしまう。
  また、ため息をつきそうになる自分自身を叱って、部屋の中を片づけるべく行動を起こすことにした。
  彼が置いていったままのマグを取り上げると、まだ何となく温かい気がして、私はその温もりが感じられなくなるまで、なかなかマグを手放すことが出来なかった。











  「ただいま」
  「おかえり」
  士郎くんが帰ってきたときには、すでに日は高く昇っていて。洗濯も掃除も、全て片づけ終わっていて。
  疲れた顔で帰ってきた士郎くんは、そのままソファーに背中を預けるようにして座った。そして、大きく息を吐いた。
  「・・・何か飲む?」
  「あぁ・・・・・・いや・・・やっぱり、いいや」
  ソファーに背と頭を預けたまま答える士郎くんの座るソファーの端っこ、肘掛の部分に腰を下ろしてみる。そのまま、何をするでもなく、何となく、そこにいる。
  思い返せば、今日は久しぶりの士郎くんとの休暇だった。レスキュー隊で忙しく活躍する彼の休日に合わせてとった、本当に久しぶりの二人の休日だった。
  やりたいことが沢山あった。行きたい場所も沢山あった。
  それも今の時間からではどれも難しい。
  「・・・・・・、ここ、座れよ」
  士郎くんが、隣を指し示した。フレームだけの眼鏡の奥から、疲れた彼の目がこちらを見つめていた。その顔が本当に疲れていて・・・・・・それは随分昔に見た、あの時の、彼の瞳に似ていて・・・・・・
       オレが本音で付き合える相手はと、もう一人しかいねーんだから。
  私は素直に士郎くんの隣に腰を下ろした。少し固めのソファーは、私の体重を受けて僅かに沈む。
  何か考えるより早く、士郎くんの体が傾いてきた。そのまま頭が膝の上に落ちる。
  「・・・・・・え、っとぉ・・・・・・・・・」
  「ちょっとだけ、な?」
  所謂、膝枕状態になってしまって、焦っている私に構わず、士郎くんは呟き、眠そうに欠伸を一つ。
  そのまま私の膝の上に居座る。
  窓際に置かれたソファーには、午後の陽射しが柔らかく差し込んでいて、眠たくなるような暖かさで。
  動く様子のない士郎くんの頭。
  日差しは本当に暖かくて、気を抜けば眠ってしまいそうで。
  「・・・・・・ねぇ、士郎くん、今     
  「ん?」
  「・・・うぅん、何でもない」
       今、幸せ?
  そう訊こうとして、やっぱり訊けなかった。答えを訊くのが怖かった。
  「・・・こうしてると、もう春みたいだよな。すげぇ・・・眠ってしまいそうだ・・・・・・」
  「うん、本当に」
  「、オレが戦っていられるのは、ここにがいてくれるから、だから」
  「えっ・・・」
  「こんな姿、他のやつなんかに見せられないからな・・・」
  「うん。」











  暖かい陽光。
  膝の上から聞こえる微かな寝息。確かな重み。確かなぬくもり。
  ここにいる、存在する、確かな理由。
  不安がないとは言わないけれど。
  もう少し、今はこのままで。
  あなただから、この不安も抱えていけるんだと思う。
  願わくば、あなたの安らぎを何も邪魔しませんように。夢の中で安らげますように。
  目が覚めれば、あなたはまた行ってしまうから。
  今だけは、もう少しだけ、私だけのヒーローでいて。











 アトガキ
  め組の大吾・甘粕夢・・・・・・唯一好きなメガネ男子w
  君がいるから俺は跳べる・・・・・・


Photo by 水没少女

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