セットポジションから振りかぶった腕、上げられた左足、右腕を後ろに引いて .
踏み出された左足、大きくしなる右腕、そして .
ゆっくりとした動作。なのに、そこから放たれる白い球は、とても速くて。
風を切る音と、ボールがミットに叩きつけられる、かわいた音が響いた。
意外性
「ねぇ、もしかして、、原田巧のこと、好きなん?」
「へっ?」
「だって、最近、用事もないのに、よくうちのクラス来るじゃねぇ?」
「それは・・・・・・ノートとか、忘れちゃった辞書とか借りるためじゃけん・・・」
「ふ〜ん。じゃぁ、そういうことにしといちゃる」
いきなりの直球に、思わず焦ってしまった。
・・・・・・・・・そんなにバレバレな態度を取っているつもりはなかったんだけど。
「でもさ、意外じゃない?って、ああゆう取っ付き難そうなタイプ、苦手じゃなかったけ?」
「・・・そうだっけ?」
・・・・・・・・・やっぱり、さっきの言い訳じゃ、信憑性が低かったらしい。
「そうじゃよ!小学校の頃から、どっちか言うと、人当たりのいい優しいタイプの方が好きだったじゃろ?」
「う〜ん・・・・・・そうだっけ?でも、本当に、原田君のことは何とも思ってないから、ね?」
「ふ〜ん・・・まぁ、ええわ。とにかく、原田君は競争率高いから、頑張らなアカンよ?」
「だから、違うってば〜!!!」
そんな会話を友達としたのはいつのことだったか。まだ、長袖の袖を捲くっていた頃だ、確か。
雲の間を縫って、一筋の光が差し込んでいる。
日差しは暖かく感じられても、風が吹けばそんなもの、一瞬で消えてしまう。校舎の日陰になる部分には、融け忘れてガチガチに固まった雪が、まだ残っている。
まだマフラーと手袋は外せない。まだまだ寒さを感じるこの時期、冬の晴れ間に校庭を駆ける野球部員たちを眺めている。
視線は自然に彼へ マウンドに上がっている一人の少年へと惹きつけられてしまう。
身長だって、そんなに大きいとは思えない彼。
体格だって、確かに筋肉は付いてるとは思うけど、そんなにがっしりとした印象はない彼。
バッテリーを組む永倉君と並べば、どうしても細く見えてしまう彼。
「・・・・・・ストライク。」
小さく呟いてみて、ちょっと可笑しくて笑ってしまう。
彼に会う前は野球なんて興味なかった。むしろ、楽しみにしているドラマの時間帯をずらしてしまう、憎らしいモノだったのに。
今では、彼の放つボールの軌跡を目で追ってしまう。
「別に、意外じゃないんだけどなぁ・・・・・・」
そう呟いて、去年の春のことを思い出した。
入学して、小学校からの友達とクラスも離れてしまって、なんだか居場所を見つけられなかったあの頃。
なんとなく、教室で一人、お弁当を食べるのが嫌で 本当に独りぼっちな様な気がして、あの日、教室を後にした。
春の陽気が暖かくて、校庭の桜も綺麗に散り始めていて、その下でお弁当を広げているグループもいくつかあったけど、何だか人にあまり会いたくなくて、隠れるように校舎の陰へ。
そこで、一本の桜を見つけた。ひょろっとした、不恰好な枝。
日当たりが悪いせいで、まだ蕾だったその木が、何だか独りぼっちの自分と重なる気がして、その枝の下でお弁当を広げてみた。
仲間意識っていうか、何だか親しみが湧いて、それからちょくちょくその桜に会いに行った。
教室に友達が出来て、一緒にお弁当を食べるようになっても、それは変わらなかった。
ようやく花が綻び始めた頃、他の桜の木たちはとっくに葉桜になっていたけれど。
いつものように、桜に会ってから帰ろうと思い、校舎の陰を覗くと、先客がいた。
原田巧 女の子の間じゃ、ちょっとした有名人だった。
二組にカッコイイ男の子がいるよ、って。
中学校からの転校生なんじゃって、って。
私も遠目には見たことあったけど、クールな感じの子だなって思ってた。
その、原田巧がいた。あの桜の木に右手を付いて、ちょっと上を向いて、花を眺めているようだ。
・・・・・・嫌じゃな、原田巧って、苦ってぽいのに・・・・・・今日は桜に会って帰るのやめようかな・・・・・・でも、せっかく綺麗に咲いてるのに・・・・・・・・・
「ちゃんと咲けるんだな、お前も。すごいよ」
そう聞こえた。ちょっと耳を疑った。
だって、その声は、何だか、すごく優しげだったから。
こっそり覗いたら、原田巧が微かに笑っていた。見間違えだったとは思っていない。確かに微笑んでいた。
ちゃんと咲けるんだな、お前も。すごいよ .
頑張ったとは言わなかった。頑張れとも。
何だかそれがすごく嬉しかった。
私に言ってくれたわけでもないのに。
頑張れなんて、言う方も言われる方も無責任だと思うから。
それを言わない彼は、とても優しい人なんじゃないかな、と思う。
本当はとても優しくて、強くて、輝ける人だと思うから。
「なぁ、さっきから練習見とるあの子、やっぱり、俺のファンだよな〜」
「あ?間違えても吉貞のファンじゃないと思うけど。」
「うわ〜ヒガシ冷たい!!あ、僻んでるんだろ?自分にはファンおらんから」
「アホなこと言わんと、さっさと投げろ!」
「何やってんだ、お前ら?」
いつものように不毛な言い争いが始まろうとしていた、その時。そんな二人に気付いた豪が、キャッチャーマスクを上げて近寄った。必然的に、豪に球を投げるはずだった巧みの手も止まる。
「あ、豪!吉貞が変なこと言うから、練習にならんのじゃ!」
「変なこと?」
「うん、あのフェンスのとこから、いつも練習見とる女の子おるじゃろ?あの子が自分のファンじゃ言うんじゃ」
「・・・・・・は吉貞のファンじゃないぞ」
マウンドから少し離れて、手の中でボールを弄んでいた巧が呟いた。吉貞たちの話を聴いていたらしい。
「なんじゃ原田?!俺のファンじゃなかったら、誰のファンじゃ?!!」
「さぁ・・・・・・野球のファンだろ?」
当然聞き返した吉貞に、そう言って巧みが笑った。そして、視線をボールから豪へと移す。
「次も本気でいくぞ、豪」
「ああ、来い、巧」
答えて、豪が再びマスクを被る。
再びマウンドにあがる巧は、一度、フェンスの方に目をやって、そして、豪のミットへ視線をやる。
一つ息を吐いて、肩の力を抜く。
視線は豪のミットに。
今は、野球に、豪のミットに、手の中のボールに、この瞬間に集中して。
セットポジションに構えて、ボールの感触を確かめる。
そして、振りかぶって .
アトガキ
巧みたいな中学生、いたらマジでファンクラブが出来ると思う。
視線の先にあなたがいてくれる限り・・・・・・
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